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そもそもどうして、こんな事情になったのか。話せばすこし長くなる。
あたし、三藤ふたばは高校二年。青春まっさかりの十七歳だ。
そもそもの原因を堀り返せば、どこまでさかのぼればいいのかわからなくなるが、目に見えるはっきりとした時期なら覚えてる。
そのころは梅雨入りまえの六月だった。
晴れていても湿度が高く、不快な季節。じめじめした空気。
毎朝の髪の広がりよりも、そのころあたしの頭を悩ませていたのは異性関係。思春期ならば誰でも経験するであろう、生活上でのよけいな悩みだ。
それはたとえばこんなぐあい。
「おっはよー。ふったあばちゃん」
三時間目の授業が終わった直後。先生が立ち去ったあとの教室。あたしが席に座っていると、うしろから男に声をかけられた。
「はあ……」
あたしは内心うんざりした。振り向かなくても誰だかわかる。
おなじクラスの角田光雄だ。
ミツオはひとことでいえば、わかりやすいヤンキー。金髪のボウズ頭に、つりあがったおおきなぎょろ目。顔に貼りついているのは、これ以上ないってくらいのふきげんな表情。身長は百七十センチ台前半とあまり高くはない。体型はやせ型だけれど筋肉質。学校の制服を着くずしているっていうか、そもそももう、こいつの服は制服じゃない。ワイシャツみたいな白いカジュアルシャツのボタンを全開にして着用し、なかには派手な和柄のタンクトップをあわせてる。この男、ヤンキーなりにおしゃれに気をつかっているのだろうか。毎日違った柄を着て登校してくるが、どこのヤンキーショップで購入したのかわからないような全面プリントで色数が多いタイプが好みらしい。
ちなみにボトムスというか、パンツはまあ、極太だけれどぎりぎり制服ではある。そんないでたちの問題児。
自分でいうのもなんだけど、ヤンキーミツオはあたしのことが好きらしい。決してうぬぼれてるわけではない。これだけ毎日しつこくされていたら、にぶいあたしにだってさすがにわかる。
ミツオの日課は登校後、まずあたしのいる席にやってくること。それでただただ、いらぬ話を一方的にしてくるのだ。
その日もそんなぐあいであった。
「ねえねえ、ふたばちゃん」
ミツオはあたしの真横にまわり、無視を決めこむあたしの顔をのぞいてくる。こめかみあたりに吐息がかかりこそばゆい。
この男、ヤンキーだけあって、やたらと顔を近づけて話すのだ。いきなりキスをされちゃうんじゃないかってくらいの至近距離。そんなこんなで毎日あたしはひやひやものだ。
「ねえねえ、ふたばちゃん。ここ枝毛になってるよお」
あたしの髪をじっと見つめてミツオがいう。あたしはとうぜん無視を続ける。
「ねえねえ、ふたばちゃん。なんで朝から無視するのお?」
この男、登校したてで、きんきんうるさい。まるで動物園のサルみたい。そのうえヤンキーのプライドなんかないみたいに、甘えたような声でしゃべる。だいいち今は三時間目が終わったあとの休み時間だ。とっくに朝なんかじゃない。
「ねえねえ、ふたばちゃん。おれ、今日は早起きしたんだよお」
それならちゃんとホームルームから学校にこい。あたしは褒めずに、心のなかでつっこみを入れた。
「ねえねえ、それからあ……」
次から次へとめげずに話しかけてくる。こんなミツオをあたしがどうやってやりすごしているか。
こたえは簡単。
しつこいミツオを駆除してくれる友人がいる。
彼女の名前は深谷志保。中学からのくされ縁の親友だ。
シホはまあ、面倒見がいいというか、なにかにつけてあたしのことを気にかけてくれる。朝っぱらからヤンキーにからまれているあたしを見かねて、最前列の自分の席から最後尾のあたしの席にやってきてくれた。
「ほら、ふたば。おしっこしにトイレいこ」
「ああん?」
今まで甘ったるい声を出していたミツオは、やってきたシホをにらみつけるなり、不機嫌きわまりなく吠えた。
だが、こんなものでびっくりしちゃいけない。こっちがこいつの本性なのだ。二重人格ヤンキーにだいじな友人を殴らせるわけにはいかない。シホの代わりにあたしはミツオをにらみつけた。
「あ。ふたばちゃあん」
とたんにミツオの顔から怒りが消える。あたしの目のまえで、ぱあっと笑顔が花開く。口をあけて、つりあがった目もとをゆるめる。
わかりやすいやつ。