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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
毒親を捨てて
44/57

44 夢見たものは

この話には排泄に関する内容がありますので、ご注意ください。

 一日中お酒を飲み続ける父は、頻繁に粗相をするようになった。


 トイレにいくのが間に合わないのか、すでにそんな感覚もマヒしているのか。何日も履きっぱなしでシミだらけになったズボンは、すえたような耐えがたい異臭を放つ。


「お風呂わいてるよ?」


 遠回しに声をかけてみても、返ってくるのは意味のない生返事。


 それでも強引に着替えさせることはできなかった。

 父の中に踏み込んでいくことが、わたしにはどうしてもできないのだった。



 けれどハルキはそうでなかった。


 糞尿の臭いが充満した部屋で、いつものようにテレビを見ながらおもちゃで遊び、何のてらいもなくじいちゃんに話しかける。


「この部屋、なんかくさいんだ」と思うままをあっけらかんと口にし、ときおり酔ってちょかいを出してくる父に「じいちゃん、うるさいよ!」と何の遠慮もなく言い返す。


 酔っ払った父がしつこく絡むのを目にして心配すると、「? 別にオレ、何もイヤなこと言われてないよ?」と、ケロッとした顔で答える。


 たくましいのか、幼すぎるのか、それともただ鈍感なだけなのか。

 子どもながらに過酷な現実を見ないようにしているようにも思えて、申しわけなさで胸が苦しくなった。




 母の命日が近づくと、父はますます憂鬱の度合いを増していった。

 こたつでじっと横になっているだけの、廃人のようなその姿。

 頬はすっかりこけて顔色はどす黒く、落ちくぼんだ目はすべての光を吸い取っていくブラックホールのようだ。


 そんな父を見てハルキは言った。


「じいちゃんがどうしてずっと寝ているかわかるよ。ばあちゃんが死んじゃって淋しくて、体に力が入らなくて、起きれなくなっちゃったんだ」


 あるときは、投げやりな父の言葉に本気で腹を立てた。


「じいちゃん、死んだほうがいいなんて言うんだ!」



 たった4歳のハルキの優しさに、救われる思いがした。




 それでも夕方仕事を終え、ハルキを自転車の後ろにのせて、日の暮れかかった家路をたどるのは辛かった。


 家に帰ればまたあの光景が待っている。

 その中にこの子をまた連れて行かなければならない。


 胸が張り裂けそうになりながら、力をこめて自転車のペダルを踏む。


 夢に見ていたはずなのに。

 この家で、ハルキがたくさんの友達とはしゃぎながら光の中で無邪気に遊ぶのを。

 それを父が、嬉しそうに目を細めながら眺めているのを。


 幼いわたしが手に入れることのできなかった父の笑顔。

 やっと届くと思ったのに。



「死んじゃったほうがいい」


 そうつぶやく父の気持ちを、どうしてあげることもできない。


 自分には、父を幸せにすることなどできない。

 わたしと一緒にいても、父は淋しいままなのだ。


 やりきれなさが、澱のように胸の奥底に沈んでいく。

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