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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
毒親を捨てて
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37 親孝行

 病気の父を振り切るようにして、彼と一緒になった6年前。父を捨て彼との未来を選んだのは、死ぬほど勇気のいる決断だった。

 なのに母親になった今でさえ、心のどこかでいつも父の厳しいまなざしに怯える自分がいる。


 内在化され自分を支配し続ける母を「インナーマザー」と呼ぶという。わたしの場合そのイメージは、母以上に父と強く結びついていた。


 心に深く刻み付けられた厳格でストイックな父は、厳しい暮らしに耐えられず逃げ出したわたしを根性なしと責め立てる。自由になれた解放感と同時に抱える、得も言われぬうしろめたさ。


 しかしそれはわたしの心の中に頑強に作り上げられた父のイメージで、現実の父とはまったくの別物だった。


「冬子たちがこっちに帰ってくるって聞いてから、父さんすっごい上機嫌でさ」


 何気ない兄のことばで、そのことに気づかされる。


 そういえば以前、孫っていうのはこんなにも可愛いものかとつぶやいていた。姉のところの末っ子が目に障害を持っていると知ったときには、自分の目をあげられたらと泣いたという。おそろしく不器用だけれどもこのうえなく愛情深いひとなのだ。

 もしかしたらそんな父にとってハルキと一緒に暮らすことは、わたしが想像している以上に幸せなことなのかもしれない。だとしたら、これでやっとわたしにも親孝行ができるのではないか――そんな期待に胸はふくらむ。



 引っ越し荷物が片付くと、わたしはハルキの預け先と仕事を探し始めた。

 とにかく働いて借金を返していかねばならない。それだけが前に進む唯一の方法に思えた。しかし無理のきかない体の父に、ハルキを毎日みてくれとはとても言えない。


 それに何よりハルキには、同年代の友達が必要だった。


 近所の公園に連れて行っても、小奇麗な服をきた親子のグループが完全に出来上がっていて、よれよれのTシャツに汚いサンダルをはいたわたしとハルキは明らかに浮いていた。


 砂場で遊ぼうとするわが子を、


「やだ、服が汚れるからダメ!」


 と咎める母親たち。


「ねえ、何して遊んでるの?」


 思い切って声をかけてみても、よそよそしい態度でさりげなく離れていく子供たち。


 結局はハルキとふたり、公園の隅っこで葉っぱを拾ったり、空いている遊具を見つけてささっと遊んだりするのがせいぜいだった。


 もともと子供と向き合って遊ぶのがひどく苦手なわたしにとって、一日中ふたりっきりで過ごさなくてはならないのはひどく苦痛なことだった。ハルキがお友達と遊べなくなってしまった2歳のころを、否が応でも思い出す。


 わたしが煮詰まっていくにつれ、ハルキの顔からも日に日に表情が失われていく。


 大人の都合で友達から引き離したくせに、わが子を笑顔にできるだけのバイタリティーもない、なんてダメな母親だろう。

 生気のなくなったハルキの目を見るたびに、ますます自責の念と焦りばかりがつのっていく。


 しかし7月のはじめという中途半端な時期の入園を受け入れてくれる園など、そうそう見つかりはしない。どこにいっても門前払いばかり食らい続け、わたしはほとほと疲れ果てていた。


 追い詰められたわたしはとうとう藁にもすがる思いで、悪評高いある幼稚園に足を向けたのだった。

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