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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
修復不可能
35/57

35 親をあきらめる

「……この家を出よう」


 義母が亡くなって4か月が過ぎたとき、とうとう夫が切り出した。



 長いこと夫の思い詰めたようすを見てきたわたしには、それがどんな気持ちで下された決断であるかが痛いほどにわかった。


 夫はずっと待っていたのだ。

 義父が変わってくれることを。


 どんなにひどい親でも、捨てたりなどしたくなかったはずだ。


 だから義母が病気になったときも、とうとう逝ってしまった時も、これでようやくわかってくれるんじゃないかと心の隅でかすかな期待を抱き続けていたのだ。

 苦労だけさせて死なせてしまった、もっと大事にしてやればよかったと、悔いて悔いて心を入れ替えてくれるんじゃないかと。



 けれど、何ひとつ変わらなかった。



 借金はどこまでも追いかけてくる。

 このままいったら、最後は夜逃げするしかなくなってしまう。

 住民票も移せずに、ただ逃げ回る生活。

 ハルキを小学校にもいかせてやれなくなる。


 そんな崖っぷちに追い詰められても義父の暮らしぶりは少しも変わらず、家を手放すことも断固拒否し続けていた。



 義父はハルキを可愛がり、欲しがるものはなんでも買い与えようとした。

 けれど孫よりももっと、自分が大事な人だった。



 夫は、自分たち親子も崖から落ちそうな、そんなギリギリのところで待ち続けていた。

 今度こそはと何度も信じてはあっさりと裏切られ、傷つき、またかすかな望みにすがりつき――そして、このままではいよいよハルキを守れなくなると確信したとき、ようやく義父を捨てる決断をしたのだった。



 何年も経ってようやく普通にそのころのことが話せるようになったとき、夫はぽつりと言った。


「俺、あのままずっと一緒にいたら、親父を殺してたかもしれない」


 そんな限界状況で、彼は戦っていたのだった。





 家を出ると決めた夫は、今までさんざん手こずらされた父親の性格を逆手にとって、スムーズにことを運ぶための計画を立てた。


 夫はまず、東京の知り合いから仕事の話がきていると嘘をついた。

 これはまたとないチャンスだから、ぜひやってみたい、と。


 見栄っ張りな義父は、息子の将来に対して鷹揚な態度をとろうとするだろう。

 が、内心はこの先の返済が気になって仕方がないはずだ。


 最悪、家を売ればどうにかなる額ではある。

 でも、今すぐそこに追い込むのは得策ではなかった。

 義父には、気に障ることがあると何をしだすかわからない怖さがあった。


 そこで夫は提案する。

 借金は、じぶんたちができるだけ持っていくから、と。


 義父名義の住宅ローンと事業資金だけなら、今まで通り働けばひとりでも返済を続けられるだろう。


 それ以外に夫名義で借りていたお金が数百万と、わたしの実家に用立ててもらった1千万。それらをわたしたちが返していくことで、義父はすんなり納得してくれた。



 何をしたわけでもないのに、若くして背負うことになった合計1400万円の借金。


 けれどそれだけの金額を払ってでも、わたしたちは義父と縁を切りたかった。どこにも進むことのできない、いつ足元が崩れるかもわからないような生活は、とっくに限界に来ていた。

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