5-4
部屋の外にいるオーナーは、中から聞こえてくる物音に大層満足そうだった。中から聞こえてくる音と言えば、鷹が壁に叩きつけられる音、倒れる音、呻き声。
自分に手を出した人間が、逆に袋叩きにあっている。その事実が、彼の脳を快感で満たした。
「お、終わったか?」
音が止んだ。オーナーはウキウキとした心持で、部屋のドアを勢いよく開けた。そこで彼が目にしたものは―血まみれになってなお、倒れた男達の真ん中に凛と立つ鷹の姿だった。
「なっ!」
「オーナー、テメーは……許さねぇ!」
蛇でさえ動けなくなるくらいの眼力で睨まれたオーナーは、そこから動けなくなってしまった。がくがくと体中が震え、奥歯はカチカチと音を立て、上下に揺れる膝が彼を笑っているかのようだった。
「ぜ、全員呼んで来いっ!見張りも全部だ!こいつを殺せぇっ」
オーナーの捨て台詞を拾った従業員の一人が、従業員を集めに走った。残りのオーナーについている六人の屈強な男達は、それぞれ鷹を睨み返した。
「やれるもんなら、やってみろおっ!」
吼えた鷹の気迫に圧倒され、男達の足が止まる。その瞬間をついて、鷹の拳が迫る。
「舐めるなガキがぁっ!」
誰彼構わず拳を振るう鷹に、一人の男が後ろから鈍器で彼を殴った。
「あ……」
鷹は前のめりに倒れて膝をつき、動けなくなった。動けない鷹の丸まった背中に、木刀が振り下ろされる。
「ぐ……あぁっ!」
それでも足に力を入れて立ち、振り向きながら裏拳を食らわせる。そして、まだまだ目の前に立ちはだかる男達を睨む。
「ひっ……」
その圧倒的な強さと鋭い眼光に、男達は後ずさった。数では十分勝っているのだが、それを感じさせない圧迫感がひしひしと伝わってくる。
「オーナー、連れてきました!」
そんな男達に喝を入れるように、一人の男が叫んだ。見ると、さっき全従業員を呼びに行った男だ。彼の背後には、二十人余りの男達が控えていた。
「は、はは。これでお前は終わりだぁぶごっ!?」
「カンケーねーよ……。全員まとめて、相手にしてやらぁっ!」
オーナーの顔面に正拳突きを突き刺した鷹は、再び迫りくる男達に向かって拳を振るった。だがやはり、先ほどまでのダメージは計り知れない。拳を振りかぶれば、木刀にやられた背中が軋み、散々修羅場をくぐってきたその拳は最早握るのすら辛い状況だ。
手を休めても、そうでなくても、ダメージは確実に蓄積されていく。誰かを相手にしていればその横からまだ誰かがやってくる。かといって目の前の全員を相手にしていれば、後ろから殴られる。
「がっ……」
ついに鷹は、男達の中心で膝をついた。今度はそう簡単に立ち上がれない。もう足が震えて、膝をついているので精一杯だ。
「今だ、やっちまえ!」
一人が、そう叫んだ。周りの男達はおおっと勢いよく返事をして、鷹を囲う円を縮めた。そして、鷲と同じように鉄パイプが頭上まで迫る。
「オラァッ!……へ?」
鉄パイプを構えた男は、混乱で一瞬頭が回らなかった。鉄パイプが飛ばされ、自分の手首があらぬ方向を向いている。
「あっ……がぁぁあぁ!」
蹴りで鉄パイプが自分の骨ごと飛ばされたと気付いた時には、彼の目の前には、見覚えのある顔が並んでいた。
「だーれも見張りいねーんだもん、ラッキーだったぜ」
「会長、無茶するなら一言言っていただけますか?」
「あら会長、血も滴るイイ男、を狙ってるんですか?」
聞き慣れた声だ。安心する、この声は―
「みんな」
「鷹、鷲、助けに来たぜ」
剣斗がいつもの笑顔で鷹を見る。翔が呆れた顔で鷹を見る。愛依がまるでヤンチャな子供を見守るような顔で、鷹を見る。
「さーて、テメーら。よくも鷹と鷲をこんな目に遭わせやがったな、コラ?覚悟、できてんだろーなぁ?」
剣斗が振り返って楽しそうに顔を歪める。ぎゅうと握りこんだ拳は今にも眼前に飛び出してきそうだ。
「会長がいないと生徒会が回らないんですよ。つまり、これは生徒会に対する挑戦と受け取っていいんですね?」
翔が眼鏡を外して胸のポケットにしまう。彼がひゅっと軽く腕を振ると、目の前にいた男の瞼が切れてそこから血が流れ出した。
「う、うわぁっ!」
「ただの雑魚とは違うのでご注意を……」
顔が恐怖で引き攣る男達の目は、自然と女である愛依に集まる。この女を人質に取れば生徒会側の動きは止まるはず……だったのだが。
「あ、皆さん安心してください~。私、手は出しませんので」
ほっ、と一息ついた次の瞬間には、彼女の蹴りで鼻が潰れた。
「足しか出しませんから~」
「……!」
それを見ていた剣斗が爆笑する。翔も珍しく笑いを堪えきれずにいる。
「ほんっと、愛依ちゃんサイコー」
「三田さん、それは反則ですよ」
その和やかな雰囲気に呑まれつつあるカジノ側の従業員は、それを打開すべく愛依の頭めがけて木刀を横に凪いだ。
しかし、それは横から出てきた剣斗の手に捕まれている。完璧に軌道を読まれ、木刀は彼の手の中だ。
「おっぱじめるんだな?オイ」
剣斗が掴んでいるその木刀をグイッと引っ張る。すると、男はそれに引き寄せられて、前のめりになった。そこを、剣斗の肘打ちが迎えた。
「最後の一人まで相手してやんよ!」
その剣斗の言葉を皮切りに、男達は剣斗達に殴り掛かった。剣斗達に加勢をしようと、鷹は何とか立ち上がった。
「う……」
その時、この暴動の中では小さな呻き声が、彼の耳に届いた。
「鷲!」
鷹がその声を聞き逃すはずがない。それは、今まで意識を失くしていた鷲のものだったからだ。
「おい、大丈夫か?」
鷹はすぐさま鷲に駆け寄って、彼の肩に手をかけた。
「鷲、大丈夫か?」
「あ、兄貴……?」
そっと目を開けた鷲が、兄の存在を認めてほっと一息つく。
「良かった、無事だったんだね……」
「それはこっちの台詞だ。鷲、まだ痛むか?」
「うん。頭がガンガンするよ。よっ、と」
立ち上がろうとする鷲に鷹は手と肩を貸した。鷲は痛みに呻きつつも、何とか立ち上がり、今の状況を見た。
「どうしたの……これ?」
「お前が連れて行かれて、オレの所にオーナーから電話が入って、一人で来いって言われたんだ。言われた通りにしたらオレはこの様さ。お前と同じようにオレもやられそうになってた所に、剣斗達が来てくれた。今は全員で、抗ってるよ」
「兄貴、みんな……」
「みんなに感謝しないとな」
「うん」
鷲は笑顔で頷いて、未だ混乱のさなかにある部屋の中を見た。
「がっ!」
鷲の傍まで、剣斗が転がってくる。その口の端には血も滲んでいる。
「剣斗!」
「おう、鷲、目ぇ覚めたか。アイツ結構強くてよー」
剣斗の視線の先には、身長が二メートルに届きそうな大男。しかも、二人。
「兄ー、人質目が覚めちゃったみたいだぜ?」
「そうか、弟よ。けどまぁ、一人増えた所でおれら双子の敵じゃねぇな」
「そうだなー」
「所詮、不良と外人なんてこんなもんだろ」
「「あ?」」
鷹と鷲、二人の声が重なった。
「だぁれが……『ガイジン』だ?」
「だぁれが……『フリョー』だ?」
ゆら、と二人はその双子の大男に向かって歩いて行った。鷹が一際大きい兄の方に向けて歩を進めていると、兄が自分から突っ込んできた。
鷹は唸る拳をひょいと避けて、兄の鳩尾に強烈なボディーブローを打ち込んだ。
「兄ー!」
「余所見してる場合かよ?」
はっと鷲に視線を戻した弟は、横面を鷲に殴り飛ばされた。
それでも双子は倒れる寸前で踏ん張り、再び鷹と鷲に向かって行った。
「これで」
「終わりだ!」
鷲が言い終わると、右のハイキックを弟に食らわせた。そしてそれと同時に、鷹が左のハイキックを兄の側頭部に食らわせた。
双子は仲良く横に倒れた。そして兄と弟、それぞれの頭がゴツンと当たって、無残にもそこに散った。白目を剥いて、完全に意識を失くしている。
「鷲」
「兄貴」
こちらの双子は、右手と左手でハイタッチを交わした。




