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逆流者の旗 ~勇者じゃないけど、理不尽には逆らいます!~  作者: 秋月 爽良


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第1話 俺の名前は「ミウマ」じゃない

「うわぁっ――!」


 俺が叫んで飛び起きると同時に、鳥たちが一斉に飛び立った。


「はぁっ、はぁっ……ゲホッゲホッ! 死んだと思った……あれ?」

 

 そこは見たこともない草原だった。


「え? どこだ、ここ……天国か?」


 まるで絵に描いたような風景に、しばし呆然とする。

 たしか、飛び出してきた子どもをかばってトラックに――。


「……俺、死んだのか?」


 でも……あの子が無事だったならそれでいいや。

 そう思いながら立ち上がって、尻についた葉っぱを払った。


「こんにちは」

「えっ! あ、はい。こんにちは……?」


 誰だ、このお爺さん……ローブ着て、いかにも神様ですって感じだけど。

 急に現れたよな……?


「あーコホン。んー……」


 老人は俺の様子なんて気にしてないようだった。


「あの……どうかしましたか? ていうか、ここどこなんです?」


 ……なんで無視なんだよ。

 すると老人はいきなり杖を高々と天に掲げた。


「ようこそ、我が造りし世界へ! 選ばれし者よ!」

「いや、ちょっと!? 俺の話、聞こえてますかーっ!?」

 

「ん……何を言っておるのじゃ、お主」


 老人は片手を耳に当てる。

 1mも離れてないのに……聞こえてないのか?


「では次じゃ。特別なスキルを授けてやるから少し待っておれ。準備が必要なんでな」

「あ、はい……分かりました。ところで、あなたは誰なんですか?」


 やっぱり無視された……。

 

 老人は鼻歌を歌いながら、ローブの袖からルーレット盤を出してくる。

 ……どこに入ってたんだ、それ。


「お主の名前は……ミウマじゃな? よし、『ミウマ』と刻んでおこう」

「いや違いますよ!? ミウマって誰ですか!?」


 ミウマって何だよ……じゃあ俺も、この爺さんのことはローブ神(しん)って呼んでやる。


「うむ、これでよし。お主、回すのじゃ」

「え? は、はい」


 ルーレット盤を勢いよく回すと、ローブ神がちいさな白いボールを放り込んだ。


「グルグル回れ~、どんどん回れ~。ホイっと」


 何だよその歌……リズムおかしいだろ。

 でも、歌に合わせて高速で回転し始めたぞ?


「あの、このままだとボールが外に飛び出るんじゃ……」

「よしよし、もっと回したいんじゃな?」


 ローブ神は指でくるっと、空中に円を描く。

 その瞬間、ルーレット盤の回転はさらに勢いを増した。


 これ、本当に止まるのか……っていうか、こんな近くにいて平気なのか?


「ホイっと」


 ローブ神のかけ声で、高速回転を繰り返していたルーレットはピタリと止まる。

 え……今、止めたよな?


「ほうほう、お主のスキルが決まったようじゃ」

「……!? ス、スキルですか? どんな?」


「うーむ……《逆流者の旗》と《千の言葉》じゃな」

「おおっ、なんか凄そうなネーミング……で、具体的にどう使えるんです!?」


 また無視されたくないからな……。

 そう思って声を少し大きくした。


「《逆流者の旗》……己の言葉が相手の心の隙に入りやすくなる、じゃな。まあ、詐欺師にも向いとるスキルじゃ」

「さ、詐欺師!? へ、へえぇ……なかなかいいスキルじゃないですか! それで、もうひとつの方は!?」


「お主、声が大きすぎる。耳がピリピリするわい」


 ローブ神はこっちを見て、露骨に嫌な顔をする。


「……す、すみません」


 聞こえてるのかいないのか、どっちなんだよ……。


「《千の言葉》とは、どんな状況でもそれを乗り越える言葉が閃く、というものじゃ。これも詐欺師の必須スキルじゃな」


「そのうち本当にそっちへ転がっていきそうで怖いですけど……でも、ふたつとも役立ちそうなスキルで安心しました」


「こんなもので喜んで、おかしな奴じゃ。言っておくが、このふたつのスキルは相手を欺く、いわばクズスキルじゃぞ」


 ローブ神は呆れた顔でため息を吐いた。

 

「なんですか、それ……めちゃくちゃ悪用前提じゃないですか」

「お主、くじ運が悪いのぅ」


 ローブ神は憐れむような目で俺を見つめると、ルーレットをまた袖の中に収納した。


「いや、そもそも何でこんなスキルが入ってるんですか!? どうにかしてくださいよ」

「ふぉっふぉっ……まあ、ワシに文句を言われても困るわい」

 

 ローブ神は満足そうな顔で、長いあごひげを丁寧に撫でる。


「さて、これでワシの役目は終わりじゃ。帰るとするか」

「えっ……いや、待ってください。話はまだ……」


 話きいてねぇ……なんか、透け始めてるし。


「じゃあの、ミウマくん!」

「だからユウマだって言ってるでしょ!」


 最後に片手をひらひらと振り、ローブ神は空気に溶けるように透明になって、そこには俺ひとりだけが残された。


「嘘だろ……これからどうすればいいんだ?」


 俺はヘナヘナとその場に座り込んだ。


「腹減った……それに、こんなところにいたら危なくないか?」


 空はもう、オレンジ色に染まり始めていた。

 どこか街を探さないと……。


「あれ、街か……?」


 遠くに建物が見える……よかった、運がいい。

 俺は自分の頬をパシッと軽く叩いて、気合いを入れた。


「……真っ暗になるまであと少ししか時間がない。とにかく急いで行ってみるか」


 歩きながら見つけた川で、喉の渇きを癒やした。

 水さえあれば生きられるって聞いたことがあるけど、やっぱり腹は減るんだよな。


「……お金か、これ」


 道沿いの掲示板の下に、古びた小さな硬貨が1枚落ちていた。


「四角って珍しいな……とりあえずもらっていくか」


 硬貨をポケットにそっとしまうと、なんだか胸がそわそわする。

 でも背に腹は代えられない……それに、これで何か食べられるかも。


「やっと着いた……暗くなる前で良かった。しかしデカい壁だな……」

「おい、そこの男、止まれ!」


 門を通り抜けようとすると、槍を構えた門番に大声で呼び止められた。


「あ……俺のことでしょうか?」

「そうだ。身分証か、ギルドの登録証を持っているか?」


 ……やばい、これ詰んだか?


「た、助けてくださいっ! さっき盗賊に襲われて、身ぐるみはがされたんです……!」


 その言葉は俺が考えるより先に、勝手に口をついて出てしまった。


「何だって!? また盗賊が出たのか!」 

「あ、あの……そうなんです! 俺……荷物も全部奪われてしまって、ひどい目に……うぅ」


 おいおいおい……俺の口、一体どうしたって言うんだよ!?

 怖くなって、思わず口元を手で押さえつけた。


「そうか、大変だったな……おい、彼を通してやってくれ。ほら、泣くな」


 ヤバい……余計にまずかったか?

 人の良さそうなその門番は、俺の背中をぐいぐい押す。


「ここは俺たちが使ってる休憩室だ。少し休んでいくといい」


 門のすぐそばにある、小さな掘っ立て小屋まで連れて行ってくれた。

 完全に誤解されてる……でも今さら訂正しても、もっとややこしいことになるよな。


「お前、名前は?」

「ユ、ユウマです……」


 苗字は……言わない方がいいか?


「俺はリントだ、見ての通り門番をしてる。それで、どこから来たんだ?」


 彼は人懐っこい笑みを浮かべながら、ノートへさらさらと書きつけていく。

 

 これ以上何も言えねぇよ……。

 俺は、口を閉ざしたままそっと首を振った。


「まあ、無理に話さなくていい」


 そう言って、彼はポケットから飴玉をひとつ取り出して、俺の手にそっと握らせた。


「リント、盗賊が出たって聞いたぞ?」

「ああ、こいつが被害に遭ったらしい」


 交代の時間なのか、どかどかと大きな足音が響いて、数人の門番たちが中を覗き込んできた。

 これ以上、深く突っ込まれるのはマズいな……。


「この前の奴と同じかもなぁ」


 この前の奴……それって、この辺りで盗賊が出てるってことだよな?


 門番のひとりが椅子を引き寄せ、俺たちのそばへ座る。

 少し伸びかけた髭を無造作に撫でながら、眉をひそめた。


「最近、街道で盗賊の被害が増えててな。商人や旅人が襲われて、おちおち出歩けもしねぇ」


 俺の口から出た嘘と同じ……これは偶然か?


「この前も、道具を全部持っていかれたとか言ってたな。いや、それどころか下着まで――」

「……こら、もうやめとけ」


 リントさんが口を挟んで、俺の肩をぽんと叩いた。

 なんだか、すごく申し訳ない。


「街の大きな通りに教会があるから、困ったら行ってみろ。あそこは旅人にも親切だからな」

「……はい」


 うつむく俺に、リントさんはまた飴玉をひとつくれた。

 この人には、嘘をつきたくなかったな……。


「気を付けて行けよ」


 手続きを済ませて小屋を出ると、さらに分厚い門が目の前に立ちはだかる。


「あの……これ」

「ん? ああ、通っていいよ」


 ……こんなに簡単でいいのか?

 少し拍子抜けしながら、俺は門をくぐった。

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