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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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43/55

043 ~延徳4年(1492年)6月 凌雲寺~

挿絵(By みてみん)

関谷醸造「志野」純米吟醸 活性にごり酒

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    ~延徳4年(1492年)6月 凌雲寺~


【凌雲寺住職専如視点】


 夜明けの名残を引きずる根羽の宿は、山霧が低く垂れ込み、屋根と屋根の間を白く曖昧にしていた。しかし矢作川の音ははっきりと聞こえ、早起きの人足たちが、すでに動き始めている。


 その中を、やけに軽い足取りで、ひとりの僧侶が歩いてくる。僧衣は少し皺が寄り、袖口には旅塵が残り、派手な草鞋は真新しい。後ろに続くのは京に(のぼ)る際に山と積んだ銭が跡形もなく消えた馬を引く、疲れた顔の久兵衛。久兵衛とは対照的に、僧侶の顔色はとても艶やかだった。


 専如が凌雲寺へ戻ってきたのは、酒蔵での仕込みが三月目に入った朝のことだった。


「……ふう。やはり三河の空気は、京とは違い清々しいのう。」

 

 誰に聞かせるでもなく呟き、専如は大きく伸びをした。長逗留の疲れどころか、艶々とした顔色の専如の様子に、境内を掃いていた下僧が思わず箒を止める。専如は山門をくぐり、数歩進んだところで、ふいに足を止めた。


「……む?」


 鼻先を掠める匂い。杉の新材、蒸し上げた米の湯気、そして、かすかに甘い麹の香り。修行僧として長く本願寺に居た人間としても、覚えのある匂いだった。


「……これは……。」


 境内を見渡すと、見慣れぬ光景が広がっている。樽を運ぶ人足、桶を抱えた女たち、帳面を脇に挟んだ若者。それぞれが勝手に動いているようでいて、どこか流れが揃っている。


 さらに目につくのは、相変わらず押しつけがましく立てられた菅沼家の「六つ釘抜き」の旗の合間に、鈴木の「抱き稲」の旗が控えめながらも要所に立てられ、場を押さえている。


 根羽の宿に戻ったとき、専如はまず――思ったよりも、話が早いな、と感じていた。

 

 根羽の宿から本願寺へ発ってから、まだ半年も経っているわけではない。だが、山裾に漂う匂いが、すでに違っている。杉の新材の青い香り。蒸し米の湯気。麹の、甘く鼻の奥に残る匂い。


 (……始めおったな。)


 専如は口元を緩めた。慈円をこの地に寄越したのは、自分だ。あの真面目だけが取り柄の堅物が来れば、形だけの酒造りで終わるはずがないと踏んでいた。だから、多少は進んでいるだろうとは思っていた。


 ――だが。


 山門を抜け、境内を見渡した瞬間、専如は小さく息を呑んだ。人が多い。しかも、無秩序ではない。樽を運ぶ者、桶を洗う者、帳面を付ける者。それぞれが、己の役目を知って動いている。


 (……これは、慈円一人の手際ではないな。)


 境内のあちこちに、特に粥の炊き出しの鍋の横に立つ菅沼の旗。押しつけがましいことこの上ないが、場を支配するには十分だ。


 専如は、そのまま境内にも新設された酒蔵へ足を向けた。戸を開けた瞬間、熱と音が押し寄せる。蒸気の向こうに、人の背中が幾つも重なっている。


そして――目に入った。

 

 働く男たち。前に出て指示を出しているのは、紫乃。動きはきびきびとしており、無駄がない。決して声を荒げず、だが言葉は的確で、周囲が自然と従っている。


 その脇で、鈴木家から引き取られた女たちが、黙々と手を動かしている。京の花街で見慣れた、媚や計算の匂いはない。汗と、米と、木の香り。


 (……なるほど…鈴木重勝の娘や、その一党がこき使われておるという訳か。)


 専如は、ふっと鼻で笑った。京の傾城街とは、まるで違う。だが――これはこれで、悪くない。


 (確か紫乃だったか…重勝の娘の手際も悪くない。人使いの才は重勝の血か。顔が重勝に似なかったのは僥倖じゃな。)


 そのとき、奥から慈円が現れた。こちらを見るなり、わずかに眉を上げる。


「ようやくお戻りですか、専如殿。てっきり、京の酒壺にでも溺れておられるかと存じておりました。」


 慈円が冗談ともつかぬ、ただの悪口を言ってきた。まったく失礼な奴じゃ。


「うむ。思ったよりも進んでおるな。」


「専如殿が私を呼んだ時点で、こうなることは想定しておりました。」


 慈円の言葉に、専如は肩をすくめる。


「ならば話は早い。」


 そう言いながら、蔵の奥へ視線をやる。大きな結樽や結い桶。本願寺でも滅多に見ぬ大きさだ。


「この様な大きな樽、本願寺にもそうは無いぞ。」


「酒を造るための蔵ですから。」


 根羽の連中を指導するうちに貫録でもついたのか、慈円の奴が儂にやけに生意気な口を利く。


「はは……言うようになったな。」


慈円は小さく息を吐いた。


「樽の大きさだけで酒は出来ませぬ。だが……菅沼の人の集め方は見事です。」


 結樽の周りをゆっくりと回りながら、儂は答えた。


「集まるものじゃ。腹を満たしと役目を与えればな。」


そこでふと気配を感じ、蔵の入口へ目を向けた。


 そこに立っていたのが、大勢の鋭い眼つきの供回りに囲まれた菅沼竹千代だった。もちろんその中に――見覚えのある顔、幸田兵庫もいる。


(……なるほど。)


 儂は、さっそく京で聞き集めた噂話を、頭の中で素早く繋ぎ合わせる。花街で聞いた話。酒問屋のぼやき。町衆の間で流れる流行。まぁ…主には花街じゃが。


 ――そして、目の前のこの光景。


「竹千代殿。」


 儂は長年、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が巣食う本願寺で磨き上げた、権力者へ(おも)ねる笑みを顔に貼り付け、にこりと笑って竹千代に声を掛けた。


「竹千代殿、”拙僧が”呼んだ慈円はお役に立っておりますかな。本願寺は最後までいい顔をせなんだが、無理を言って”拙僧が”連れだしたんじゃ、慈円には精々働いて貰わないと、拙僧の立つ瀬がない。」


 竹千代が、黙って耳を傾ける。


 慈円を連れて来た儂の功績を思い出させるだけでは弱い。京の町で集めた有益な情報を供する事も忘れてはならぬ。


「京では今、甘口一辺倒は飽きられ始めております。香りの立つ酒。だが、飲み疲れせぬものが好まれる。」


 声を落とし、続ける。


「京都では、清い酒はもう寺のものではない。町のものじゃ。女も、商人も、浪人も……皆、酒の味で動く。酒を押さえるというのは、兵を養う以上の意味を持つ。」


 竹千代が静かに、はっきりと頷いた。


「……分かっている。」


 儂の言葉に、竹千代が静かに拳を握った。酒。人。富。それらが、兵と同じ重さで国を支えることを、改めて胸に刻んだようだ。


「まあ、その辺りは拙僧が居らずとも、もう考えておったようじゃな。」


 蔵の中に、再び人々の動く音が満ちる。折角、美味そうな酒が出来るのじゃ。儲ける算段を考えねばならん。儂は僧衣の袖をまくり上げ言った。


「さて。戻ったからには、次は売り先の話じゃ」


 慈円が苦笑する。


「まずは、酒を仕上げてからにしてください。」


「いや、京の連中は気が早い。」


 儂は軽く手を振って続けた。


「出来た瞬間に奪いに来る。だから先に網を張るのじゃ。量よりも、銘柄。寺や土地の名より、物語の名。」


 幸田兵庫が、わずかに目を細めた。


 儂は続ける。


「そして――銘は縁起が良くなくてはならぬ。縁起が良ければ武家が飲む。武家が好む酒は、必ず公家も商人も飲む。」


 紫乃たちの方へ、ちらりと視線を送る。


「ここには、その物語がある。そうじゃ銘は『紫乃』が良い。槍で国を亡くした鈴木が酒で天下を狙う。まさに吉祥じゃ。」


 竹千代は、短く頷いた。


「……良い話だ。」


 儂は内心で、ほう、と感心する。見てくれは幼いが……相変わらずただの餓鬼ではないな。説法はおそらく兵法と同じだ。流れを読めぬ者は必ず遅れる。


 儂は、袖を軽く払った。


「さて。戻ったからには、拙僧も手を動かそうか。」


 慈円が、小さく溜息をつく。


「ようやく、ですね。」


「何を言う。調べは済んでおる。」


 専如は、もう一度蔵を見回した。人がいて、酒があり、富が生まれる。その中心に、自分が戻ってきたことを、はっきりと感じながら。


 (――面白くなってきたわ)


 そう思い、儂はゆっくりと歩き出した。

〜舞台背景〜

専如いじりで、箸休めの回です。本当に日本酒造りは情報量が多いので表現が難しくて、丁寧に書こうとするとノンフィクションぽくなってしまい、どんどんライトノベルからかけ離れて行ってしまいました。なので専如弄って久しぶりのなろう小説ですw

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― 新着の感想 ―
この坊さんオモロいなあ。そのうち酒は儲かる!、皆欲しがる!せや、天竺のありがたい薬で阿片混ぜて売ったろ!皆、涅槃に飛ぶで!ワシは俗物王になるんや編もこないかなあ(笑)
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