第3話 白百合のギルド
翌日、ログイン直後。
中央広場の石畳に降り立った僕の前に、純白のエフェクトが咲いた。
そこに現れたのは、昨日フレンド申請をくれた人物――《白百合の剣姫》。
「来てくれたんだね。蓮」
彼女は穏やかな微笑を浮かべていた。けれど背中の大剣は、ただそこに在るだけで周囲のプレイヤーを威圧する。
広場を行き交う者たちがひそひそと囁く。「あれが剣姫のパーティか」「新入り?」。
視線が突き刺さる。僕の胸は緊張で高鳴った。
「昨日の話、考えてくれた?」
「……ギルドに入れ、ってやつ?」
「ええ。《白百合騎士団》。私が率いる小規模ギルドよ。正直に言うと、上位ギルドに比べればまだ力は弱い。でも――君が必要」
必要。その言葉に、胸が熱くなる。
ギルド《スターバイト》では、僕は不要とされていた。見学、足手まとい、凡人。
けれど、彼女の瞳は違う。まっすぐに、僕を選んでいた。
「……どうして、僕なんだ? 剣姫なら、もっと強いプレイヤーを勧誘できるはずだ」
「“違う強さ”を持っている人を探していたの。君は、昨日見せたでしょ?」
昨日。〈Hidden Parameter Pane〉を操作したときの動き。
剣姫は“何か”に気づいていた。だが追及はしない。ただ、その存在を前提に僕を必要としている。
それが、逆に怖かった。
「……わかった。入る」
「ありがとう。歓迎するわ」
通知が表示される。
《ギルド加入:白百合騎士団》
◇
ギルドハウスは、街の北端にある石造りの館だった。
重厚な扉を抜けると、そこには十数人のプレイヤーが集まっていた。剣士、魔導士、弓手、そして支援職。いずれも、一定以上の実力者だ。
その視線が一斉に僕へと注がれる。居心地の悪さに、思わず肩をすくめた。
「剣姫、新入りは誰だ?」
「補助士か……大丈夫か?」
「前のギルドを追放されたって聞いたが?」
ざわめき。疑念。
だが白百合は堂々と告げた。
「彼は蓮。凡人じゃない。私が保証する」
短い言葉に、場が静まった。
誰も剣姫の言葉を否定できない。それほどまでに、彼女は絶対的な信頼を得ていた。
その背に守られる感覚に、胸の奥が震える。
「……よろしくお願いします」
頭を下げる。
その瞬間、視界の片隅に〈Hidden Parameter Pane〉が点滅した。
Favorability(白百合騎士団・全体):+0.0 → +0.1
ギルド全体からの“信頼値”が、微かに上がったのだ。
つまりこのPaneは、個人だけでなく集団単位にも作用している。
僕は、知らぬ間に“関係性”そのものを数値で測られていた。
◇
夜、ギルド会議。
剣姫がテーブルの前に立ち、地図を広げる。
「次の標的は〈赤牙ギルド〉。彼らはランキング上位を独占するために、不正に近い方法で初心者狩りをしている。放置すれば、ゲーム全体が腐る。私たちが止める」
〈赤牙ギルド〉――聞いたことのある名前だ。
黒い噂ばかり流れているが、誰も正面から敵対できずにいる巨大組織。
その名を聞いた瞬間、視界の端に、あの赤い楔形がちらついた。
〈System Whisper〉:対象“赤牙”に接触を検出。
背筋が凍る。
Paneの奥から、誰かの視線が這い寄ってくるようだった。
――“管理者権限の影”。
それは、僕が選んだ道の先に、確実に待っている。
◇
「蓮」
会議の後、剣姫がそっと近づいた。
「あなたの力は秘密にしておいた方がいい。味方にも」
「……信じてるんじゃないのか?」
「信じてる。でも、誰にでも明かすべきじゃない。力は狙われる。特に、赤牙に」
彼女の瞳が真剣だった。
その言葉が、逆に確信をくれる。
僕の力は、本当に存在している。凡人ではない、と。
「……わかった。気をつける」
「ありがとう。君の未来は、凡人のままじゃ終わらない」
剣姫は笑った。
その背後で、PaneのLuckがわずかに震えた。
僕の“運命”が、静かに方向を変えていく。




