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第69話 "断罪対象"エンド

 その日、世界に“宣告”が走った。


 各国の通信局が緊急報道を差し替える中、画面の中央には、ヴァチカンの紋章を背負った騎士団長の姿が映し出されていた。


『――速報です』


 アナウンサーの声が固くなる。


『今夜、ヴァチカン聖務評議会が正式に声明を発表しました。

“人類の平穏を脅かし、重大な被害をもたらす恐れのある吸血鬼”に対し――正義の名の下に、“断罪”を執行するとのことです』


 背筋を凍らせるような沈黙が、全世界の放送波に走った。


『なお、本件に伴い光滅騎士団より、上位第二級騎士1名、中位第一級騎士2名の投入が発表されました』


『……対象とされているのは、白の髪、赤い眼。吸血鬼――“エンド”』


 


 **


 カムシャン連邦・シャン湊


 埃舞う街角の屋台にて、カナオが手にしていた新聞を取り落とした。


「う、嘘だろ……エンド、まさかだよな……?」


 彼の声は震えていた。驚愕というよりも――“拒絶”に近い何かだった。


 その隣で、母親がのんびりとテレビを眺めながら笑った。


「あらエンドゥー君じゃない?あの子テレビに映るなんて、有名になったじゃない」


 鍋をかき混ぜながら言うその声は、まるで天気予報でも聞いているかのようだった。


「母さん、笑い事じゃ……」


 カナオは言いかけて、言葉を呑む。

 どうしても“本当のこと”を否定できない自分が、そこにいた。


 


 **


 日本・東京――第三区、Yume跡地


「……遠藤、お前……」


 響華は言葉を失った。

 目の前の画面では、“討伐対象”としてエンドの名が明記されていた。


「遠藤お兄ちゃん……どうして……」


 ひよりはテレビを見ながら、震える指先で口元を押さえていた。


 画面の中の彼は、赤い目をしていた。

 彼女たちが知っている“優しい祐”ではない。だが、それでも――


「……っ、バカ野郎が……!」


 響華の拳がテーブルを叩いた。茶の入ったカップが、がしゃんと音を立てて倒れた。


 その横で、玄は何も言わなかった。


 テレビの光に照らされた彼の横顔は、どこか影を帯びていた。ただ、視線だけが、まっすぐに画面を睨み続けていた。


 


 **


 日本・神代財閥本社・最高階


 革張りの椅子に深く腰掛け、眼鏡の奥から目を細める男がいた。


「……ついに来たか、この時が」


 神代は、テーブルに置かれた赤ワインをゆっくりと傾けた。


「いやぁ、エンド君。君、本当に強くなっちゃってさ……!」


 背後では、部下たちが静かにモニターを切り替えていく。世界各地の“断罪対象に対する反応”が一覧で表示されていた。


「素材としては上等だよ、君は。“選ばれた者”でもなければ、“血統の誇り”でもない……けど、君の夜は美しい。実に実り始めた、“素材”だ」


 神代の笑みは、どこまでも愉快そうで――どこまでも冷たかった。


 


 世界が、動き始めた。

 光と闇。正義と断罪。真実と欺瞞。


 すべてが交錯し、ひとつの名のもとに焦点を合わせる。


 ――エンド。


 彼の刃は、“世界”に届きはじめていた






 重厚な天蓋の下、薄暗い部屋に淡い燭光が揺れていた。


 高く積み上がった書架と、窓の外に広がる深い夜霧。人の出入りを拒むように密やかな空気が支配するその空間に、2つの気配だけが静かに存在していた。


 椅子に腰かけ、片手にグラスを傾ける男の隣に、エリシアは膝をついていた。どこか芝居がかった優雅な笑みを浮かべながら、彼女は低く囁く。


「侯爵様……やはり彼、今の“台風の目”ですね」


 その声には、わずかな愉悦と、少しの期待が混ざっていた。


 男――“侯爵”は、グラスを傾けたまま目を閉じている。赤黒い液体がグラスの縁をなぞるたび、かすかに血の香りが立ちのぼった。


「……あぁ、確かに」


 彼の声は深く、どこか死者の記憶を思わせるほど静かだった。


「お前が見つけたとは思えんな。あの力……あの目……あの孤独と咎を宿した剣筋。すでに、舞台の“中心”に立つ器だ」


 エリシアは口元を覆い、ふふっと小さく笑う。


「嬉しいわ。あんな子が世界を攪拌するなんて思ってもみなかった。私のノイも、どこかで憧れてしまったようで……」


 侯爵はグラスをテーブルに置くと、立ち上がる。

 その身に纏う漆黒のマントが音もなく揺れる。


「エリシア。“宴”の準備をしておけ。血と光と裏切りの饗宴だ」


「……この戦いのあとに?」


「そうだ。人間も、吸血鬼も、そして神の影に縋る者たちも――皆、己の“正義”を振りかざし、彼の刃に触れようとする。だが、そのすべてが、選別のための火種に過ぎん」


 エリシアの瞳が、わずかに揺れる。

 侯爵の言葉の意味を、彼女はよく理解していた。


「“夜の王座”は空いている。誰がそこに立つべきか……その“選定”は、もう始まっているのだよ」


 ゆっくりと侯爵が踵を返す。影が部屋を横切り、静かに夜の奥へと消えていった。


 残されたエリシアは、口元に手を添えたまま小さく呟く。


「……“正義”も、“悪”も、“夜”の宴では等しく酔う。だからこそ、面白い」


 そうして彼女もまた、静かに立ち上がった。

“嵐”は、すでに始まっている。


 そしてその中心で名を呼ばれるのは――ただひとり。


 ――エンド。


 その名の重さを、世界はまだ知らない。


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