第6話 運命に抗う亡者の決意
かつて、魔王を討ち果たした神子は――
その長き戦いに終止符を打ち、騎士団の本部を“ヴァチカン”に据えて表舞台から姿を消した。
後を継いだのは、三人の娘たち。
“三賢者”と呼ばれ、今もヴァチカンの最高顧問として君臨している。
以来、光滅騎士団は彼女たちの直属として、ヴァチカンに常駐。
もはや彼らは、“神の代行者”とまで称される存在だ。
⸻
今日も、少女の護衛として町へ向かう。
いつも通り、フードを深く被り、少女の後ろを黙って歩く。
この姿はただの影。
表を歩ける者ではない。だから――従う。
だが――
(……今日は、やけに光が強い)
肌に刺さる太陽の熱。
焼け焦げた肉の匂いが、鼻を突いた。
視界の端で陽光が揺れ、喉が焼けるようにひりつく。
(……まるで“裁き”でも受けてるみたいだ)
その時、通行所の前で異様な集団が目に入った。
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「老師、なぜこんな辺境に?」
若い男の苛立った声。
「ヴァチカンの命令です」
応じた老人の名は――ヴィザ。
光滅騎士団の中でも、“伝説”と呼ばれる英雄だった。
老いを感じさせない立ち姿。
ただそこにいるだけで、空気が澄む錯覚。
纏う気配は、まるで太陽そのもの。
「それほどまでに、ヴァチカンは“禁忌”を警戒しています。
あの男――“トレイナ”は、頂に届こうとしている」
(……俺のことか)
言葉に出されずとも、わかる。
あいつは俺を“作品”と呼ぶが――異端だと知っているはずだ。
⸻
「でも、奴はまだ2級異端者。俺たちだけで十分では?」
「やめなさい、ライアン。私たちだけでは力不足よ」
そう制止したのは 一人の女騎士だった。
その視線が、一瞬だけ少女の背中を見やる。
彼女――セレナは、まるで風の中に立つ光の彫像のようだった。
銀色の髪をたなびかせ、周囲の会話など耳に入っていないかのように、ただ静かに空を見ていた。
(……圧が違う。あれは……“本物”の光)
「次代の英雄の育成もあるのよ」
「……セレナ、お前はいつも期待されすぎだな。
そのうち潰れるんじゃないか」
苛立ちをぶつけるように言いながらも、
その声には、不器用な優しさが滲んでいた。
「私は、私のすべきことを果たすだけ」
静かで、強い声だった。
その光は冷たく、けれど壊れやすい――静かな炎のようだった。
女戦士が、ライアンの耳元でそっと囁く。
「……セレナは、優しすぎるの。あなたが、彼女に“強さ”を教えてあげて」
⸻
(なんだ、あの連中は……!?)
遠くから見ているだけなのに、全身に悪寒が走る。
7人――だが、明らかに別格が2人いた。
ヴィザは、ただの戦士ではない。
あれは“希望”ではなく、“脅威”だ。
そして、セレナ。
(……ただの光じゃない。“核”だ)
見ているだけで、体の芯が凍る。
息をするのも忘れるほどに――圧倒的。
(あいつらに見つかれば、俺は……)
焼かれる。消される。跡形もなく。
⸻
その時、セレナがこちらに向かって言葉を投げかけてきた。
「……震えてますよ? 大丈夫ですか?」
「ッ――」
一瞬、心臓が跳ねた。
心を読まれたかのような、鋭さ。
――だが、ただの心配だった。
(……それが、一番怖い)
本物の“光”は、優しさで真実を暴く。
「だ、大丈夫です。町に入ったら、少し休みますから……」
少女――玲が、すかさず間に入って誤魔化す。
「そうですか。お気をつけて」
(……助かった)
内心、冷や汗が止まらなかった。
⸻
館に戻った僕は、物陰から会話を盗み聞く。
「なにっ!? ヴィザが来ているだと……!?
嗅ぎつかれたか……くそっ、もう少しだったのに……!」
苛立ちを露わにする老人――トレイナ。
床を踏み鳴らし、計画の崩壊に歯噛みしていた。
(……ざまぁみろ)
だが、内心の高揚とは裏腹に――恐怖は消えない。
(奴らがここに来たら、間違いなく“俺”も浄化される)
「玲、報告ご苦労。
エンド、貴様は早く進化しろ。――命令だ」
冷たい視線が突き刺さる。
俺の意志など――最初からない。
⸻
それでも。
(……進化しなければ、“俺”は――)
消される。切り捨てられる。
だから、従う“ふり”を続ける。
すべては――
(……力を手に入れるまでの我慢だ)
できるか? 本当に――俺に?
(……やるしかないんだ)
⸻
その時こそ。
僕は“エンド”じゃない。
本当の名前で生きる。
――祐として。
その名を心の中で呼ぶたび、
魂がわずかに、熱を帯びる気がした。
だから、絶対に――忘れない。
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