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第39話 春風の後ろ姿

 ラーメンを食べ終えた後、

 店を出た俺たちは――セレナとカナオと三人で、港町の夜道を並んで歩いていた。


 潮風はほんのりと塩の匂いを運び、海から吹く風が心地よく頬を撫でる。

 街灯がぽつぽつと灯り、石畳を柔らかく照らしていた。

 どこかで猫が鳴き、遠くからは屋台の片付けをするカン、カン……という音が響く。

 賑わいを終えた夜の市場は、まるで街全体が深呼吸しているかのように静かだった。


 そんな中で――


「えっ!? テンガン地方に行くのか!?」


 ラーメン屋を出て数歩、カナオが思わず大声を上げた。

 驚いたようにこちらを振り返るその顔は、いつになく真剣だった。


「ああ」


 俺が短く答えると、彼の顔から一気に笑みが消える。


「……あそこはヤバいぞ」


 いつもおどけた調子で話すカナオの声が、今は低い。

 冗談めかした軽口の代わりに、迷いと不安の混ざった警告のような言葉が続いた。


「魔物だけじゃない。信仰と呪いと、どっちともつかない連中がうようよしてるって聞いたことある。

“人じゃないもの”に遭遇したやつの話も……もう、何が真実か分からないくらいだ」


 その声には、作り物じゃない、本気の“恐れ”が滲んでいた。

 彼自身が何かを知っているのか、それとも、誰かを――失ったのか。

 口には出さなかったが、彼の目がそれを語っていた。


 セレナが、そんなカナオの言葉を静かに受け止めるように前を見据える。


「……それでも、私たちには目的がある」


 その一言は静かだった。

 でも、確かな決意を帯びていた。

 彼女の瞳は、闇の向こう――まだ見ぬ“何か”を見据えていた。


 気づけば、宿の前に辿り着いていた。

 どこか、ここで一旦物語が区切れるような、そんな空気が流れる。


「んじゃ俺は帰るわ」


 カナオがふっと笑って言った。

 いつもの軽い調子に戻ったようでいて、どこか名残惜しさを隠しきれていない。


「今日は来てくれてありがとう」


 俺が言うと、カナオは背を向け、歩き出す。

 その背中を見送ろうとしたとき――


 彼は、ふと立ち止まった。

 振り返り、手をポケットから出して、軽く片手を上げる。


「お前ら――死ぬなよ。

 じゃあな!」


 夜風に乗って、そんな言葉が届いた。


 言葉だけなら軽い。

 でも、そこにはちゃんと“祈り”があった。

 照れ隠しのような言い方をしても、彼は――間違いなく、俺たちのことを想ってくれていた。


 その背が夜の街に消えていくまで、俺たちはしばらく黙って立ち尽くしていた。


 軽い男――けれど、どこまでも優しい男だった





「テンガン地方までは遠いから、途中の町で何回か休憩を挟むつもり」


 セレナが地図を広げながら、落ち着いた声で言った。

 その指先が示すルートには、いくつもの町や村の名前が記されている。

 どれも、知らない地ばかりだ。


「……分かった」


 俺は頷きながらも、どこか胸の奥がざわついていた。

 この先に待っているのは、ただの旅じゃない。

 何かを壊し、何かを選ばなければならない、そんな“分岐点”のような気がしていた。


「でも、多分……魔物が多く出ると思うし」

 セレナは言葉を続ける。

「それに、途中の町に入っても、私たちは“外から来た者”として見られる」


 その声には淡々とした現実が含まれていた。

 歓迎される旅じゃない――それだけで十分、緊張感があった。


「町の人は警戒するはず。

 “自分たちの暮らし”を壊すかもしれない存在には、誰だって敏感になるもの」


 セレナの言葉が妙に胸に響いた。

 俺たちは、もう“日常の側”にはいないんだと、改めて実感させられた。


 そして――


「……あと」


 ふいに、彼女の声が少しだけ優しくなった。


「無理しないこと。ちゃんと、私を頼りにしなさい」


 驚いて顔を向けると、セレナはまっすぐ俺を見ていた。


「じゃないと――私も、あなたに頼れない」


 その一言は、静かだけど、芯の通った強さを持っていた。

“強くあり続けなければならない”と背負い続けてきた彼女の、ほんの小さな願い。

 それを、今――俺にだけ、見せてくれたのだ。


「……ああ。分かったよ」


 俺は静かに頷いた。

 この旅は、どちらか一方だけが背負うものじゃない。

 互いに頼って、支えて、前に進んでいく。

 きっとそれが、俺たちのやり方なのだろう


「じゃあ、行きましょ。……少し長い旅になるだけ」


 セレナがそう言って背を向けた瞬間、空気が少しだけ変わった気がした。

 冗談でもなく、気負いすぎでもなく――

 まるで“日常の延長”に見せかけながら、そこに込められた覚悟は確かなものだった。


 俺たちは、それぞれのリュックに必要最低限の荷物を詰めた。

 食料、水、地図、仮面、そして……

 人としての名残と、吸血鬼としての誇り。


「準備はいい?」


「……ああ」


 それだけを交わし、俺たちは歩き出した。

 向かう先は――“テンガン地方”。


 濃密な瘴気と、正体不明の信仰と呪いが絡みつく、未踏の地。

 地図には記されない“闇”が、そこには確かにある。


 でも、今の俺たちはもう、ただ怯えて立ちすくむだけの存在じゃない。


 足元の石畳がやがて土に変わり、木々の影が夜を濃くしていく。

 背中には不安もある。でもそれ以上に、前を向く理由がある。


 これは――俺たち二人で歩く、“夜の旅路”になるはずだった。


本気のお願いです。

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モチベーションさえあれば、この物語は必ず完結まで書き切ります。

目指すは300話、それ以上です。

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