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とある本にまつわる話

 まずは周りの壁を私達は調べる事にした。

 本棚の様な物が埋め込まれる様にして存在しており、そこには本が並べられている。

 どうやら危険な本を封印する特定の場所というのではなさそうだ。


 そう思いながら私は壁に近づく。

 灰色の石で作られた壁には、様々な彫刻が施されている。

 抽象化された人間や怪物、それらとの戦いがまるで綺麗に機械で削ったか、薬品で溶かし出したかというかのように、表面が滑らかに作りあげられている。


 その表面の滑らかさは、灯りの中で白くつやつやと輝くレベルで、どことなく巨大なショッピングモールのような不釣合い感を感じさせる。

 とても人工的で新しく作られた物の様。

 でもここが荒らされた形跡があまりない。


 そんなものを感じさせる一方で、この世界のものとは異なった感性で描かれた様な生物が彫り出されており、新しく身近にあるものように見えるのに“違う”という不気味さが不安を煽る。

 そんな彫刻に挟まれた場所に、壁にはめ込まれるようにされた本棚がある。

 周りにはその本棚以外に妙なものはない。


 特に罠などはなさそうだ。

 本自体もこういった遺跡では貴重品なためか、周りに罠が仕掛けられていたりする。

 それが貴重品であれば、特に強力で触れただけで蒸発するようなものも存在している。

 だが、大抵の場合はその本棚の持ち主がちょっと怖い思いをしたり、近づけなくなる程度のものしか貼られていないので、そこまで心配する必要はない。


 現にこの本棚には何も罠は仕込まれていないようだ。

 それでも警戒するには越したことはないので、本棚の周りを見渡してから、私達はその本棚の前に立っていた。

 ……ここの本棚は大きく広がっている。

 

 しかもこの場所はとても広い。

 なので私は眉を寄せながらうめいて、


「住居というよりは大勢が集まって何かをする場所のようだけれど、うーん」


 住居であったならもっと小さくてもいい、けれどここには数十といえる個人部屋が、廊下を挟んだとしても作れるような広さだ。

 これが個人の住宅であるのなら、異世界の人間はよほど大所帯なのだろう。


 それとも背が高く体が大きいので、こうなっているのか。

 考えていてもわからない疑問ばかりが増えるので、私は目の前の本に集中することにした。


「ここからえっと……」


 指で一冊づつさしながら、背表紙に書かれている題名を一通り見て、私は溜息をついた。

 題名からして、役に立ちそうにない。

 それでもシオリ達にはこの背表紙に描かれた文字は読めないかも、そして私ですらも書いてある文字の所々が読めるだけなのでそれを訳そうとした私だが、そこでシオリが背表紙をじっと見て、


「お手軽五分クッキング、めーめーのお肉を軟らかく煮る方法、どうして俺には彼女が出来ないのか、私の恋人作り・初級」


 幾つかの本のタイトルをシオリはスラスラと読み上げる。

 迷いのないシオリの様子と、私が読めた範囲の内容が一致していたので私は驚いて、



「シオリ、何で読めるの?」

「私もよく分らないけれど、この文字自体は見たことがないのに意味が分るんです」


 困ったように告げるシオリだが、その理由を探るよりも私は理想主義者というよりは合理主義者だったので、


「よくやったシオリ、というわけであの剣のヒントになりそうな本、探して!」


 題名を翻訳解読するお仕事は、全てシオリにお任せすることにした。

 この言語自体をシオリが知っているようなので、読み上げてもらってそこから探っていったほうが私には都合がいい。

 これぞ時短テクニック、と私が思っているとシオリが困ったように、


「え? フィーネちゃん、読めるんじゃないの?」

「一部がよく分らない文字で、題名すらも断片的だから見繕ってもらえると助かるわ、よろしく、シオリ」

「はい! わかりました」


 そうお願いすると、シオリは自分が必要だと言われた気がして、嬉しそうに本を探し始めたのだった。








 そこに並べられた本を指差しながらシオリは読んで行く。


「悠久の砂漠の眠り姫、男性向け髪形&服カタログ、剣には剣の理由がある、愛の詩を語る吟遊詩人の企み、異世界に住居を求める方法……! これ!」

「んー、異世界に住居といえば異世界転移に関係があるか……それはシオリの役に立ちそうだからとりあえず一つ回収しておきましょうか」

「そうします!」


 シオリが取り出した本は、青い背表紙に銀色の線で模様の書かれた本だった。

 その模様は幾つも四角い建物が重なり、個性のない、長方形の積み木が重ねられたような形をしていた。

 それをシオリは大事そうにリュックに詰めていく。


 一応突然本を引っ張り出した瞬間に何かの魔法が発動しないとも限らないので、そのチェックは私がやっていた。

 とはいえ、それで完全にその危険がないかどうかは分らないので、


「シオリ、取り出すときはもう少し注意して引っ張り出してね?」

「あ、はい、つい嬉しくなっちゃって……あ、次は、金色男のゆううつ、リンゴは何処で食べられていたか、犯人のいない密室、俺の人生経験黙示録……これは、印字ではなく筆跡が手書きのようなので、日記か覚書かもしれません。どうでしょうかフィーネちゃん」

「そうね……覚書みたい。ちょっと調べてみるから、それを渡してもらえるかしら。ここにいた人の手記かも」

「はい……えっと」

「大丈夫みたい。引っ張っていいよ」

「はい!」


 シオリが嬉しそうに本を引っ張りだすのを見ながら私は、近くで楽しそうに様子を見ていた手伝いもししないミトに、


「ミト、それっぽい本をシオリと一緒に見繕ってもらえるかしら」

「シオリとの共同作業ですね!」


 嬉しそうなミト。

 シオリと一緒にいればもう少し働くかと私は思ったが……。

 ミトはシオリとの会話を楽しむだけに近づいて、シオリから本を渡してもらうだけ。


 背表紙すらも確認していないミト。

 そんなミトを私は半眼で見ているとそれに気づいたミトがにっこり私に笑うので、それよりも手伝えよと目配せするとミトはさらに微笑み、


「何の用かな、私」

「もう少しお手伝いを」


 その私の言葉に無粋だねとミトは嘆息しながら、


「僕が年上で先輩なので、大変な事は全部年下に押し付ける事にしているんだ」


 黒いことをのたまうミト。

 それにいらっときた私は、そちらがそういうつもりならこっちにも考えがありますよということで、


「……わざわざこうしますよー、なんて事前に言わないで私は黙ってやりますよ?」

「つまりどういう意味だい?」

「シオリを連れて行く水族館、もしかしたなら別の日になってしまうかも」

「ははは、君は自分が何を言っているのか分っているのかね」

「もちろんですとも。ただ、もう少しお手伝いしていただければ、こちらも色々融通できますよ?」


 暗に、真面目に手伝えばお膳立てをしてやるとミトに脅しをかけると、ミトは相変わらずの笑顔で、


「ははは、面白いな、本当に君は」

「お褒めに預かりまして光栄ですわ」

「褒めていないんだけれどねー」

「社交辞令ですねー」


 にこにこと、私もミトも笑顔だ。

 なのに、漂う気配は重い。

 そんな私達にシオリがおろおろしていると、私の背中をカイが軽く叩いた。


「フィーネ、早く剣を」


 相変わらず、剣のことにしか頭がないようだ。

 とりあえずはもう少し様子を見ようと思う。

 剣から現在の場所までは少し距離があるので影響は小さいし、その間に今のままでも正気に戻るかもしれない。

 だが、この見ているようで何も見ていないカイの様子に私は、


「カイ……何ていうか、本当に魔法耐性低いね」


 でもここまで操られるなら、常人であれば即急に何か措置を講じなければならない事項になるが、相手はカイだ。

 彼の実力なら私が一番良く知っている。

 

「……まあいっか。本人にその気がないかもしれないし」

「フィーネ、早く……」

「はいはい、じゃあとりあえずヒントになりそうな、俺の人生経験黙示録、という本を読んでいきましょうか」


 そう言ってシオリ達の邪魔にならないように、私はカイの服の端を引っ張って、傍の壁際にやってきて座る。

 そのまま壁にもたれかかろうとして、そこががこっと内側に沈み、


「何これ、穴?」


 中は暗く、様子がよく見えない。

 明かりを落として、中の様子を見ると同時に、この妙な穴がどの程度続いていくかを、光が見えなくなる時間を測ってその深さに大まかな目安にしようと思ったのだが、


「それよりも早く、剣を」

「……カイ。とりあえず隣のこれは、沈まないから、こっちで見ようよ」

 

 カイの手を握ってそこまで連れて行く。

 握ってみて、カイの手が私よりも大きい事に今更ながら気づく。

 昔は同じくらいで、私が連れて振り回していたのに。


 そう思うとなんだか悔しく感じるが、言い出すのも癪だったので私はカイと一緒に壁に背を向けて座り込む。

 ちなみにまたも手を握られて、カイは顔を赤くしていた。

 魅了する魔法、それ以上に悪質ともいうべき強力な魅了の魔法をフィーネに食らわさせられていたカイなので、フィーネに手を握られて大人しくしているのは当然なのだが……もちろん全くフィーネは気づいていなかったのだった。


 その話はおいておくとして。

 そこで私の肩がこつんとカイに当たる。


「うわああああああ」

「なによ、突然大声出して」

「いや、肩が……」

「? 肩が当たっただけで、何でそんなに大騒ぎするのよ」


 むっとして私がカイに告げると、カイが慌てて、


「は、早く本を」


 そう急かすと、私が更にカイに寄りかかるようにして本を開いていく。

 本自体は私達の世界の紙を束ねたものに似ている。

 結局の所、進化の過程で知能を持ってくるとそれを記す“似た”媒体を創りだすのかもしれない。


 そこでカイが早く本から剣の内容をと急かしてくる。

 本当に剣に夢中なのねと私は何処か面白くない気持ちになりながら、ページをめくっていく。

 一方カイは剣に惹きつけられながらも、くっつかれたフィーネから、何となく女の子のような匂いがして、どきどきしていた。


 さらりと顔にかかる茶色い髪が、白い肌の顔にかかって……カイはそこで考えるのを止めた。

 多分というか、絶対、フィーネはカイを意識していない。

 男としてみていない。

 仲の良い幼馴染としか、多分思っていない。


 そう考えたら、カイはなんだか悲しくなってしまったし、意識を反らせるために剣を……とそちらのことを考える。

 実はそれが更にカイがのその魅了をときにくくしている原因にもなっていたのだが、それすらもフィーネは全く気づいていなかった。

 さてそんな残念なフィーネに対してのカイの心情を、フィーネは知ることはなかったのは端においておいて。


 そこで私は本を一通り読み、溜息をついた。


「うーん、人生経験には役に立ちそうだけれど、多分関係ないわね」

「何が書いてあったんだ?」

「『良い物があった場合それを作っている人を叩いて、作る気を無くさせたり、それに付随するイメージから読む意欲を下げさせたりする。

出る杭は打たれるというものだ。

そして作らなくなれば、そこに自分が入り込み、あたかも自分が初めであるかのように振るまい、良いものを作って利益を上げられる。

もし特に瑕疵がないのに何らかの形で叩かれていたとしたら、そういった策略がひかれている可能性がある。

というかふざけんなぶつぶつ』とか、

『売れなくなったなら、売れていた頃どういうものがどういう意味で売れていたか、現状も考えて対策を立てるべし。というかそんな細かいところ消費者は気にしないんだよ! あんたは何なんだ、ぶつぶつ』とか」

「……随分と切実な話のように聞こえるんだが」

「……まあ、今の話はあれだけれど日記だし、参考になりそうだからこれをもっていくとして……シオリ、他に何かあった?」


 そう少し離れたシオリに私は問いかけると首をふり、


「それらしいものは全然ないです。日付のある日記は流石に役に立ちませんよね? 天気とかご飯ばっかりみたいだし」


 シオリが困ったようにそんなことを言い出したので私は、


「役に立つよ! それ。もしもここがどのような理由で使われていたか分れば、そこに剣を上手く取り出せる方法とか書いてあるかもしれないし」

「そんなもの書いておいたら、誰でも持っていけちゃうんじゃ……」


 そんなシオリに私は指を振り、


「普通に考えれば良いのよ、シオリ。もしも管理している人がアレを抜いたり出来なくなったとしたら困るでしょう? おそらくその管理人達のものだから」

「それは、まあ」

「そして、取り出す方法を忘れてしまうかもしれない。で、その取り出す方法をいちいち探すのも面倒くさい。そうなると、管理者の覚書のようなものに書いてある可能性が高いの」

「なんだか、随分とやる気がないですね……」

「いや、日常的にどうこうすると、身近な場所にあったほうが管理しやすいでしょう? それに今まで、(仮)古代文明"蛇の都市"の遺跡のこんな感じの場所にある本棚の日記に、大抵、重要な事が書いてあったのよね」


 だから、その日記にも書いてあるわよと私は肩をすくめたのだった。


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