番外編 天使と王子
少年は太陽が好きだった。
水色の空に、白い光が飛び散って世界を明るく照らし出す。
多分、この空の中を泳ぐように飛べば気持ちが良いのだろうと思った。
だからこの世界が大好きだった。
そして今日から自分の主となる“おうじさま”のその明るい髪も一目で気に入った。
「…きみが?」
輝くばかりの綺麗な髪は、丁寧に一つに編まれて肩にぶらさがっている。
見た目は自分より大きいその“おうじさま”は、空のような青くて澄んだ瞳を細めて少年に言った。
「名前は?」
教えられた“おうじさま”の“ねんれい”というものは確か13だったはず。
なにかの廻りを13回迎えたという意味だと聞いた。
少年は“おうじさま”が呟いた「ナマエハ」という言葉の意味を一生懸命考えた。
「ナマエ、ハ…?」
「名前。…ああ、もしかして無いの、名前」
「ナマエ…っていうのは持ってない、です」
持って来なくてはいけなかったのだろうかと、少年は首を傾げた。
目の前の“おうじさま”はとっても綺麗な顔をしているのに、とっても怖い顔をしている。
目を細めて必要以上に動かない顔は生きているようには見えないし、感情の籠らない瞳は光の介入も受け付けないように思える。
彼と目が合うたびに何故かビクリと身体が震える。
今まで誰かの瞳や言葉がこんなに気になる事なんて無かった…これが“一族の人が言っていたコトか”と少年は納得した。
「ふーん」
“おうじさま”は興味無さげに呟いてそのまま飽きたように少年から視線をはずした。
どうすればいいのかわからくなった少年は、ただ立ちつくして主の次の反応を待つしか無い。
じ、と見ていても飽きない容姿の“おうじさま”
この“おうじさま”はこの大きな建物のほとんどの人達に傅かれている。
それはきっとこの輝く容姿のせいだろうかと、少年はぼんやり考えた。
ああ、でも、とってもタイクツそう。
ツマラナイとか、タイクツとか、そういう言葉がぴたりと少年の頭の中で囁いた。
“おうじさま”はタイクツそうで、それから少し“悲しそう”だと思った。
「おうじさま」
気がつけば自分は膝を床につけて“おうじさま”の姿が見えなくなるくらい頭を床に向かって下げていた。
どうしてかそうしなくてはならないような気がしたのだ。
「おうじさま。おうじさま、ぼくといっしょに遊びましょう。ぼく、まだ言葉も世界も何も分からないです。だから教えてくださいおうじさま」
“おうじさま”は何も言わずに、ピクリとも動かず、相変わらず視線も何処か宙を見ている。
「…教えてほしい?王子であるこの僕に?」
それは全然優しい言葉では無い事を少年は理解していた。
だけどそれでも少年は再び頭をさげる。
「ぼくはおうじさまの側を離れません。おうじさま以外のいうことは聞きません。だからおうじさま、教えてください。ぼくはどうすれば、おうじさまを喜ばせる事ができるんですか?」
少年がただ思った事を言った。
“おうじさま”は今は窓の外の世界を見つめている。
少年が少しだけ顔をあげると、“おうじさま”は立ち上がって紅いカーテンを開いて、更に窓も開けた。
空を飛ぶ風が少年の元に辿り着き、髪を遊ばせる。
「…僕の言う事はゼッタイってこと?」
「ぜったいききます」
「僕が…王子じゃなくても?」
少年は“おうじさま”の言っている意味がよくわからなかった。
それでも少年は当然という風に頷いた。
「おうじ、じゃなくても。あなたがあなたなら絶対に聞きます」
「父上…王様の言う事に逆らっても」
「おうさまの言う事は聞きません。ぼくは“おうじさま”の言う事を聞くんです」
“おうじさま”は相変わらず青くて綺麗な空を見ている。
髪がさらさらと風に流されて、太陽の光を更に美しく見せる。
「じゃあ…誰にも知られないように僕を一度このお城から抜け出させてって言ったらどうする?」
「そんなの簡単ですよ、おうじさま」
少年がそう言ってのけると、“おうじさま”はやっとこっちを振り返った。
その瞳は今までと違って少しだけキラリと光を宿しているように見えた。
「…僕の名前はシルヴァンっていうんだ。母さまからもらった大切な名前。だからこれから僕の事は“シルヴァン”と呼んでくれ。あ、でも様はつけてね。シルヴァン様。シルヴァン王子様。なんでも良いから名前を呼んでくれ」
「シルヴァンおうじさま。わかりました!」
少年は“おうじさま”からの最初の命令がとても嬉しかった。
だから少年はとびきりの笑顔で答え、“おうじさま”も少しだけ表情が変わったような気がした。
「じゃあ行こうか。帰ってきたら…君にも名前をあげるよ」
「はいっがんばります!」
そしてその後少年は、天使…“アンジュ”と言う名を主からもらった。
了
補足なのか蛇足なのかよくわからないオマケでした(笑)
でも書いたのはこっちの方がだいぶ先だったりもします。
そして本編は別にあったりもします←
ともかく此処まで読んでくださり有り難うございました!