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「で、これはいったいどういうことなの?」


「どういうこととは?」


 私は今多摩川の河川敷に立っている。そして私の目の前にはやはり平太郎が立っていた。

 約束通りに。

 でも、あきらかに何かがおかしかった。


「ねえ平太郎?」


「なんだ、撫子」


「私達なんで長そで長ズボンなわけ?」


「夕方の川沿いはやぶ蚊がいるからな、その対策だ」


「ふーん。じゃあさ、なんで長靴穿いてるわけ?」


「草藪に入るからな、用心のためだ」


「……で、最後の質問なんだけど、なんで二人で虫取り網を持っているのよ」


「バッタを捕まえるからにきまっているだろう? バカなのかお前は!!」


 と、涼しい顔で言ってくる平太郎。


「きーーーーーっ! そんなことは分かるわよ!! だからなんで河川敷で二人でバッタを捕まえなきゃならないのかって聞いてるの!!」


 そういきり立って行ってみれば、やはり彼は即答した。


「小遣い稼ぎだ」


「小遣い稼ぎってなによ!!」


 即答に質問で返すと、彼は少し面倒そうに口を開いた。


「俺は一人暮らしをしていて収入もすくないからな、出来ることはなんでもやって稼いでいるわけなんだが、今ウチのアパートの大家がイグアナを飼っていてな、ショウリョウバッタが大好物ってことでこうして捕まえに来ているってわけだ。お前、なんでも俺の言う事聞くって言ってたしな、それに捕まえるのはむしろお前の方が専門だろう」


「人をハンターみたいに言わないでよ!! プロなわけないでしょ!!」


「なんで怒ってるんだよ? 俺はこれに誘えばお前が喜ぶんじゃないかとは思ったんだよ」


「ええ、ええ。嬉しいわよ! とってもね! もう、本気でデートだと思ったのに!!」


「おお!? やるなあ、一振りで3匹も捕まえたのか!! 流石だ。……ん、なにか言ったか?」


「何にも言ってないわよ!!」


 こうして私たちは日が暮れるまで河川敷でバッタを捕まえていたのだった。

 もう、本当に何をしているのよ、私ってば!!


「あ、一番大きいのはお前にやるよ、撫子」


「言われなくて貰うわよ!! ふんっ!!」



   ×   ×   ×



『二番線に電車がまいります。黄色い線の内側に下がってお待ちください』


 現代人はとかく『忙しい』。


 それは繰り返される今日とて同じことであり、週末を終え月曜を迎えたこの駅のホームには、また先週と同じ多忙を極めた者達の喧騒が戻ってきていた。

 そのホームで彼らはふたたび彼女に出会った。

 長い黒髪を風に揺らめかせ、憂い気な眼差しで木蓮の梢を見つめるその姿を。

 彼らはその可憐な姿にホッと安堵し、そして今日も確かに癒しを得ていたのだ。


「おはよう撫子」


「おはよう平太郎。昨日はどうも」


「おいおい、朝から愛想悪すぎだろ? 機嫌直せよめちゃくちゃデカいショウリョウバッタ捕まえて昨日はハイテンションだったじゃないかよ」


「それとこれとは話は別よ。乙女の心は繊細なの」


 そうぷいっと顔を背けて見れば、わたしの目の前に綺麗な黄金色が飛び込んできた。


「あ、『キアゲハ』!!」


「こりゃ珍しいぞ!! 左右の模様が違う、これは『異常型』か?」


 うん、確かに左右の模様が少し違う。左側が黄色っぽくて、右が黒っぽくてまるで『ナミアゲハ』みたいだもの。そっか、この子か……この前木蓮の木に逃がしてあげたあの子。まだ元気に飛んでいたんだね。

 そう分かってそれが本当に嬉しくて、思わず微笑んでしまったのだけど、そんな私にその子は近寄ってきてくれた。

 だからこの前みたいにそっと手を持ち上げてみれば、やはりこの前と同じように私の人差し指に留まる。

 うわぁ、本当に可愛い。可愛すぎだよ。


「ああ、飼っちゃおうかな……」


 と、呟きかけた瞬間、脇からしゅっと手が伸びて来て、チョウを包むように掴んだ瞬間、もう片方の手の人差し指でその子のお腹を押して。


「よし!!」


 と言ったのは当然平太郎。満足げにぐったりしてしまったそのキアゲハを見つめているし。


「って、何がよしよ!! あんた今なにしたの!?」


「何って……心臓を指で圧迫して仮死状態にしただけだが……」


「仮死状態にしたってバカなの!? いきなり仮死状態にしてそんなすぐに標本にしてどうすんのよ!!」


「バカはお前だ。こんなに珍しい模様なんだぞ? 籠で飼って傷ついたらもったいないじゃないか!!」


「傷なんかつきませんー!! 私はそんなに下手じゃありませんー!! だいたいすぐ殺そうってのがおかしいのよ!! もっと愛でて可愛がって楽しんでからでしょ、標本にするのは!!」


「それが無駄だって言ってるんだよ。最終的に標本にするんだから、さっさと息の根を止めて飾った方が良いにきまってるだろ?」


「私は勿体ないって言ってるの!! その子が生きてられるのはどうせ後ちょっとなんだから、ぎりぎりまで生かしておいた方がおもし……」


 プァアアアアアン

 ヒュウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥン

 プルルルルルルルルルルルルル

『二番線の電車が発車しまーす。締まるドアーにご注意ください』

 ピィイイイイイイイ……

 プァアアアン

 ガターン、がターン、ガタン、ガタンガタンガタン……


 電車が車掌の笛を合図に走り去った後のそのホームは、先ほどの人混みがまるで嘘のように閑散とした様相が一時として広がる。そこにはもう誰もいない。


 この後反対側のホームの人々は、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車へと吸い込まれることになる。

 だが……

 そこにいた誰も彼も、今日この時ばかりは……

 滅茶苦茶心が重かった。


   

   ×   ×   ×



「ねえ北野ッチ?、今電車に乗り込んだの、なでことナンポ―だったよね? そうだよね?」


「ああ、そう見えたけど……なんか二人ともキャラ違ってなかったか? それになんだか仲良さげで……ぐぬぬ……」


「こらこら僻むな僻むな。でもほんと、めっちゃ仲良さそうだったよね。なんか昔からの友達みたいな?」


 そんなことを言いつつ電車が発車したホームに向かって降りていく二人の男女の高校生。その子達が話している内容を聞いて思わず笑みがこぼれてしまう。

 そんな私を見上げるようにその二人が顔を向けてきたのだけれど、私はそれににこりと微笑んで返したら、二人とも真っ赤になっちゃって本当に可愛かった。

 うん、この子達が、友達なら心配ないかな? もっとも、『平くん』が一緒だからもう何も不安はないのだけれど。


 その子達がひそひそと『今の人誰だろ? めっちゃ美人なんだけど、モデルさんかな?』『ひょ、ひょっとしたら芸能人かもしれないぞ』とかひそひそ話しているのを聞いて思わずまた笑ってしまった。

 お二人とも残念。私の正体はそうではないのだよ。


 そんなことをこころで呟きながら、私は鞄からスマホを取り出して、保存しておいた昔の写真を呼び出した。

 それはもう何代も前のまだガラケーだった頃に写した写メ。それをキャリアを替えるたびに移し替えている大事な写真。そこにはまだ小学5年生だった頃の私と、1年生だった妹、それに妹が『大好き』だった近所の同い年の男の子の三人が写っている。

 私はそれを見ながら、あの秋のお別れの日のことを思い出す。

 その男の子は私に言ったんだ。


『ぼく……なでしこちゃんに会ったらきっと泣いちゃうから……だからこのまま行きます。その……なでしこちゃんにごめんって言っておいてください』


 でも、そんなこと私だって言いたくはなかった。私だって寂しかったんだから。

 だからいじわるでもなんでも、私はその子に言ったんだ。

 さよならは言わなくていいから、なでしこには会ってあげてって。

 

 そして彼はあの思い出のクヌギ林に行って、妹に会った。そして言った。


『なでしこ。ボクは将来絶対に昆虫学者になる。ファーブルみたいな凄い人になってみせるよ』


 真っ赤な顔で、もう真剣そのもので、見ていて私も恥ずかしいくらいの……それは『愛の告白』だった。なでしこにとって一番大事なもの……そういう存在になりたいってあの時の彼は言ったんだもの。

 彼はなでしこにファーブルがどんなひとで、どんなことをしたのか一生懸命に説明していた。でもその時の撫子は良く分かっていなかったのかな……にこにこしてうんうん頷いていたっけ。

 それで居た堪れなくなった彼は効いたんだよね。

 なでしこはなんになるの? って。

 そうしたらなでしこは……


『じゃあ、なでしこはファーブルのお嫁さんになる!!』


『ええっ!?』


 もう彼は真っ赤だったな。今でもその時の光景を鮮明に思い出せるよ。あんな幼い時の他愛もないただの口約束。でも……ひょっとしたら二人はその約束があったからこうやって再会できたのかもしれない……


 これからだよ、撫子! お姉ちゃんいつでも応援してるからね!!

 素敵な恋をするんだよ。 

 先ほどの仲の良さそうな二人のことを思い出しつつ私はまた一人微笑んだ。


「さてと、私も今日から新しい職場で頑張って授業をしますかねっと!!」


 そう呟きつつ、妹達の乗った次の電車を私は待った。


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