第19話 後継者の覚醒
佳乃が顔を伏せたまま、そのお嬢様仮面の裏で邪悪にせせら笑っているのを、私は隣で直感的に察知した。
そうなのだ。佳乃は実の両親にすら内緒で、本家のおじい様に大人たちのゲスな計画をすべてリークしていた。それだけでなく、「お兄さんを助ける代わりに、将来私をお兄さんの許嫁にしてください」と、ちゃっかり自分に有利な条件でおじい様と交渉していたのだ。
何が清楚なお嬢様よ。この腹黒い狐め。
けれど、そんな真相は、今はお兄ちゃんに教える必要はない。
「お兄さんを追い出して、わたしたちのどちらかに跡取りの婿を取らせようとしたのは、私のお父さんなの」
佳乃のその言葉で、お兄ちゃんはようやく大人たちが自分をどう扱おうとしていたのかに気づいた。
ゲス極まりない本性を突きつけられ、お兄ちゃんの無表情だった顔に、明確な怒りの色がじわじわと浮かび上がっていく。
「想像以上にゲスだね、叔父さんは」
お兄ちゃんは少し大げさに言いながら、呆れ果てたような冷ややかな口調で続けた。
「ごめんなさい……」
佳乃は健気に、実の父親の罪を代わりに背負う悲劇のヒロインを完璧に演じてみせた。
「佳乃ちゃんが謝ることじゃないよ」
お兄ちゃんはまんまとその殊勝な態度に騙され、声を柔らかくした。
「それにしても、よくそんなことまで知ってるね」
「お父さん、私には優しいから……」
そう、水瀬の叔父様は自分の娘である佳乃を盲愛していた。だからこそ、自分の悪巧みも、私のママとの過去の過ちも、すべてを佳乃に話してしまっていたのだ。佳乃はその情報を、今ここで、お兄ちゃんの同情を買うために最高のタイミングで使った。
「それに引き換え、ぼくは何でそこまで叔父さんに嫌われているの?」
お兄ちゃんは心底不思議そうに、けれどどこか寂しげに呟いた。ただ自室で静かに過ごしたいだけなのに、なぜこれほどまでに大人たちに謀略を巡らされ、排除されようとしなければならないのか。
「お兄さんは優秀過ぎるのよ。それに、すぐに家出するくらい行動力があるから怖いの。放っておいたら、将来自分たちが織原グループから追い出されるんじゃないかって」
佳乃のその分析は、悔しいけれど完璧に的を射ていた。
お兄ちゃんは、一見すると省エネ主義の怠け者に見えるが、本気を出せば誰も追いつけないほどの秀才だ。大人たちは、自分たちの無能さを見透かされ、将来すべてを奪われるのではないかと、本能的に恐怖していた。
「ああ、間違いなく追い出すよ。こんな話を聞かされたら」
お兄ちゃんの目が、冷たく、そして明確な敵意を宿して据わった。あのいつも気だるげな省エネ秀才が、ついに本気で大人たちを「排除」する、次期後継者としての顔を見せた。
「やっぱりそうなのね」
「ああ、ちょっと許せない気持ちになってきた」
お兄ちゃんの怒りが最高潮に達したのを、私は見逃さなかった。今よ。
「お兄ちゃん、私たちがお願いしているのよ。聞いてくれたら、私がいつも側にいて、一生尽くしてあげるから!」
私は掴んでいた徹の右腕をさらに自分の胸へと強く引き寄せ、上目遣いに、その瞳をまっすぐに見つめた。もう実の妹ではない。これから一生、あなたの隣を歩む一人の女としての、事実上の宣戦布告だった。
「これから何があっても、私が法律的にも精神的にもお兄さんの味方になると約束します。だから、どうかお願いします」
佳乃も背後から頭を下げ、徹の身体を包み込むようにして、絶対的な忠誠と逃がさないという執着を耳元で囁いた。
左右と背後から、二人の「従妹(確信犯)」たちの熱量と、愛という名の逃げ場のないプレッシャーを浴びせられ、お兄ちゃんはついに、大きくため息をついて肩の力を抜いた。
「わかったよ……」
「仕方ない」
お兄ちゃんは、ついに全面降伏を宣言した。
大人たちのゲスな陰謀を本気で叩き潰すため、そしてこの目の前の、一筋縄ではいかない二人の自称・婚約者たちの執念から逃れることは物理的にも不可能だと、ようやく理解したのだ。
私と佳乃は、お兄ちゃんの体をがっちりとホールドしたまま、彼の頭越しにお互いの視線を交差させ、静かに勝利の笑みを交わした。お兄ちゃんを巡る、私たち従妹同士の略奪戦はまだ始まったばかり。
まずは、私たちの未来を邪魔するあの無能な大人たちを、これから向かうおじい様の本家で、完璧に叩き潰してあげるわ。
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