想曲・肆~咎~
遠ざかっていくその姿を、舟の上で少年は黙って見送った。その魂が此岸の岸辺へと辿り着いたのを確認し、櫂を動かそうとしたその動きが、不意に止まった。
「…何用だ」
振り返りもせず、彼は不機嫌丸出しでそう背後に問いかける。
「別に。規則を破ったお前に、罰を与えにきただけだ」
ゆっくりと背後を顧みた少年の深緑の瞳と、舟の上に優雅に腰掛けている青年の金色の瞳とが交錯した。
「現世との縁を強く残す魂を彼岸へ連れて行けば、他の魂が引きずられる。僕は、君が最も嫌う混乱を避けただけだ」
処罰される謂れは無いと主張する彼に、足を組み替えた青年は薄く笑う。金の双眸が、試すように少年を見上げた。
「同情でもしたか?」
馬鹿馬鹿しいと、青年の問いかけを彼はにべも無く笑い飛ばす。慣れた手つきで櫂を操り、広大な冥府の川を彼岸の岸へと向かって舟を動かし始めた。
「…まあ、いい。確かに、あれだけ強い想いを残した魂は少々厄介だ。二次被害を考慮に入れれば、魂の一つや二つ現世に戻る事など些細な事に過ぎない」
淡々とした声が、現状を分析する。
二つの物事を秤にかけ、どちらがより重いのかを彼は量っている。
「――今回のお前の行動には目を瞑ろう。だが…」
思案気に伏せられていた瞼が上がる。
深緑と金の双眸が、絡み合う。
「あの魂には、それなりの咎を負ってもらう」
青年の言葉に、すっと深緑の双眸が細められる。だが、それだけだった。少年は何も言わず、ただ、櫂を操り続ける。
相変わらずの彼にその口端を吊り上げ、青年は瞬き一つのうちに姿を消した。
青年が去り、軽く息をついた彼は舟の速度を少し上げる。別に重量があるわけではなかったが、一人いるのといないのとでは心なしか舵の重さが違うように思えた。
「冥府の王が…」
理を司る彼が認めたのならば、あの魂はちゃんとこちらに戻ってくるだろう。だが、果たしてその先に待つのは、希望か、絶望か。
何はともあれ、面倒事に関わってしまったと、彼は深い溜め息をついた。
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