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魔法騎士学科棟

ローランド伯爵令嬢と、トールマン伯爵令嬢では、序列が全く違うのかもしれない。


「いいですこと?あんな暇人の時間潰しに付き合ってはいけませんわ。用事もないのに、うろついているのですから」

私とシリルは「はい」しか言えない。


事務局内はいつもの通りだったけど、ベルツ教授がいた。

「今年は2人が代表だ。珍しい事に今年は補佐としてマドロス嬢も選ばれた。マドロス嬢にはこれを」

私は首から下げるカードを渡された。

「首から下げたら事務局窓口で話を聞きなさい。学生2人は備品室で必要な物を渡すのでついてきなさい」

と言って、ベルツ教授とシリルとローランド伯爵令嬢は奥の部屋へと入っていった。

私は事務局窓口に行く。


「クリスティーナ・マドロスさん。今から魔法騎士学科ピアース研究室に向かってください」

グレイヘアのいつもツンとした女性事務員が、懐疑的な目で見ながら『依頼書』と書かれた紙を渡してきた。

「かしこまりました」

依頼書に目を通しすと魔法薬研究棟代表の補佐に任命されたと書かれていたが、注意書きが気になった。動きやすい服で来るようにと書かれているけれど、そんなの持っていない。


「首から下げるカードはここ以外の建物に入るための入館証です。返却が必要になりますから紛失しないでください。それから、この鞄は補佐に選ばれた職員の備品です。消耗品以外は返却が必要です」

学校の紋章が入った肩掛け鞄だった。


鞄の中身の説明を聞くと、要は学生の食事や仮眠などに使う道具を雑用係が持ち運ばなければいけない。

でも、ここ数年は雑用係は代表の補佐に指名されず、補佐なしだったらしい。

そこに小さな腰につける鞄を持ったシリル達が戻ってきた。


「ローランド伯爵令嬢アンナ様、ハリントン子爵令息シリル様、お二人は今年の魔法薬研究棟代表に選ばれました。おめでとうございます。魔法騎士学科棟で今から会議があります。魔法騎士学科講義棟にすぐに向かってください」

2人の補佐になるのは悪くないわ。


三人で魔法騎士学科棟に向かう。

ローランド伯爵令嬢はいつもの通りだけど、シリルは神妙な面持ちだ。

「選ばれるのは僕じゃなくてワーグマン侯爵令息の方がいいと思うのだけど」


独り言のように呟いた言葉を聞いて、ローランド伯爵令嬢がシリルを見た。

「本来ならワーグマン侯爵令息が選ばれるべきところでしょうけど、代表に選ばれるのは爵位ではなく実力が全てなのです。ここは喜ぶべきところですわ」

「はい」


「ワーグマン侯爵令息を差し置いての大抜擢なのですから、堂々としてくださいませ」

「はい」

暗い声のシリルを、ローランド伯爵令嬢は睨む。


「暗い声はおよしなさい」

「はい」

少し明るい声の返事になった。


「はい、しか言えませんの?」

「はい…ってあの!」

「もういいですわ。呆れてしまいます」

2人のやり取りを後ろから見ていて笑いそうになる。

「マドロス嬢?笑っている場合ではありませんわ」

きつく言われて思わず「はい」と返事をしてしまった自分に苦笑いをする。

2人の後ろをついて歩いていたけれど、よく考えたらドアを開けるのは平民である私の仕事なので2人の前に出る。


ここから魔法騎士学科棟は遠いのかしら?

いまいち学園の敷地の位置関係がわからないからシリルに道案内してもらおうと考えながら研究棟から外に出るドアのノブを触った時だった。

首から下げる入館証のような物の魔法が発動して気がつくと大きなドーム状の広場に立っていた。


牛を何十頭も飼育している牧場より広い広場だ。

ここなら100頭の牛を放し飼いにしても全然余裕そうだけど、ここはどこ?

誰もいない…。

全方位を見回してみるけれど、本当に人がいない。


ローランド伯爵令嬢とシリルも辺りを見回している。

講義棟に向えって言われたはずなのに。

ここどこだろう?


パニックの私に対してローランド伯爵令嬢がため息を吐く。

「クリスティーナ、貴女道案内を間違えましたわね」

間違えた?

この場所がどこかわかっていないのに?

「魔法騎士学科講義棟が正しい行き先ですのに。ここはどこかしら?」

呆れたように言って、出入り口を探す。

しかし、この建物の出入り口が見つからない。

大きなドーム状の出入り口のない建物に迷い込んだようだ。


「ここで合っているよ」

大きな声がして、上空から人が沢山降りてきた。

沢山の学生が整列する中で降りてきたのは背が高くがっしりした肩幅の30代くらいの男性だった。


「魔法騎士学科で教授をしているピアースだ。驚いたかな?講義室はこの建物の上の方にあるんだよ」

ピアース教授は話しながら上を向く。

その視線の先を見ると、講義室があった。

4階建の建物に匹敵するくらいの高さの所に講義室が並んでいるけど、階段がない。

あそこまで飛ぶのね。

魔力量が少ないと大変だ、と思ったら廊下に数本のロープが垂れ下がっている。

飛べない人はロープを使って登るのか。

並大抵では魔法騎士学科に所属できないわね。


「他校との交流戦は実戦方式の激しい戦いだ。それに開催場所も野生動物や魔物が出る上に野宿もしなければならない。学生の2人に聞くけど、武術の経験はあるかな?」


「ローランド伯爵家セーラでございます。わたくしは、残念ながら武術の経験はございませんわ。自分で薬草採取も行っておりますが、護衛を連れて山に入っております。しかしながら、魔法薬での攻撃は得意ですわ」

「いいね!力強い助っ人だ」

ピアース教授は、次にシリルを見た。


「ハリントン子爵家シリルです。私は剣術を習っていた経験があります。魔法薬の調合のスピードや正確さでは負けません」


「いいね!貴族男子でも武術未経験者はそれなりにいるからね。それから、雑用係の君」

私の方を向いたのでカーテシーをする。

私以外は全員貴族だから平民としては当然のマナーだ。

「はい。クリスティーナ・マドロスと申します」

「夏季大会の弓の腕前を見たよ!君、すごいね。あの一回で実力はわからないから、これから弓の実力を見せて貰いたい。全員ついてきて」

そう言って歩き出した。

向かったのは南側の壁の方。


出入り口のない壁を教授が触ったら、大きな出入り口が出現した。

幅は4メートルくらい、高さは3メートくらいの通路で、その先は外につながっているようだ。

奥が明るい。

教授の先導で通路を進むと、芝生の小さなスペースに出た。

訓練場のようだ。

長い机があり、剣や弓、槍など大きさの違う沢山の武器が並んでいる。芝生の奥は森になっていて、色々な場所に的が設置されていた。


「それでは、全員のテストをしよう。まず、デモンストレーションがてら、最年少のジョゼフ君に短剣で20メートル先にある的をいてもらおう」

指名されたジョゼフさんは一歩前に出て、右手の指を全部揃えて肩の高さまで手を上げると、一度手を握り、また開いた時には短剣を握っていた。

そして流れるような動作で投げる。

シュッ

トスン

的のど真ん中に短剣が刺さる。

流れるような動作に驚かずにはいられない。


「次は雑用係の君、弓で的を狙ってみて」

「はい」

一番使いやすそうな弓の前に立つ。

普段使っている弓とサイズは同じくらいなのに、少し重い。

一度置いて、小さめの弓を手に取る。


「一番奥の的を狙って」

「はい」

一番奥って事は、草むらの影に隠すように置かれた的のことよね。

呼吸を整えて、的を狙い弓矢を放つ。

的のど真ん中には命中しなかったが、なんとか端に当たった。


「合格!」

ピアース教授の声で安堵する。

「学生諸君。魔法薬学科からやってきた助っ人が、このように武器を扱えるんだ。剣と魔法攻撃だけが有効手段ではない」

後ろ手に組んで胸を張った教授は、挑戦的な視線を学生達に向ける。

「次は、ハリントン子爵令息。剣が使えるんだよね?」

「はい。でも、形までしかやっていません」

「正直でよろしい。それでは覚えている形をやってみてくれたまえ」

「はい」

いつになく低い声で返事をしたシリルは1メートルくらいの剣を選んだ。

鞘に入った剣を横に持ち、目を瞑って立つと、肩で深呼吸を一つ。

そして目を開けると、勢いよく鞘から剣を抜き、複数の形を披露しはじめる。


いつものシリルとは違う、素早く勢いのある動きと鋭い目に、私もローランド伯爵令嬢も息を飲む。

気迫を纏ったシリルは別人みたいだ。

魔法騎士学科の学生達も無言でじっと食い入るよに見ている。

シリルが剣を鞘に戻すと、ピアース教授が手を叩く。

「素晴らしい!異国の流れを汲むサンクトペルド流の剣術だ。魔法騎士学科にはこの剣を使う学生はいないから、全員刺激を受けただろう」

「ありがとうございます」

いつものシリルに戻ったように柔らかい笑顔で笑う。


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