審判員
さっきより希望が湧いてきた。
「これだけあれば、霧のようにしてこの空間を満たす事はできない?」
「できるかどうかはわからないけど、やってみよう」
ここまでの私たちの話を聞いていたブリアナ・ハリーズ伯爵令嬢が話に割って入ってきた。
「意外と広いから、この空間を満たすのは難しいわ。それに、1人ずつ薬を飲ませないと。その草を燃やした煙と灰で何かしたいみたいだけど、制服とビブスの防御力を舐めてはダメよ」
でも時間もないし、沢山の学生に薬を飲ませるのは至難の技だ。
「試してみるだけやってみよう」
アークライト侯爵令息がそう言いながら、あくび草に火をつけた。
ワインバーグ伯爵令息と2人でスカーフを持ち上げ、高く上がる。
空中で結び目を解き、中の草を竜巻で細かくして降らせると、粉雪が降るかのようなキラキラした粉が舞い降りた。
「綺麗!」
何が起きているのかわからない学生たちは、キラキラ輝く粉を掌で受け止めて、空を見上げる。
これから数分後にあくびが止まらなくなるはずだけど、そんなこと知る由もない。
みんなのあくびが止まらなくなったら、この薬をみんなに投与しないと。
その時、数人の医師と魔法薬剤師と、審判員がやってきた。
審判員が2メートル四方の大きな袋の口を開き、何か呪文を唱える。
すると、会場に撒かれたあくび草の灰と煙を一瞬で吸い込んでしまった。
何が起きているの?
会場を覆っていたあくび草の粉が、袋に全部吸い込まれてしまった。
その様子があまりにも早い動きで、呆気に取られる。
「みんなが毒に侵されていると先ほど連絡してきたのは?」
医師が質問してきた。
「私たちです」
驚いて返事ができない私に代わって、シリルが答える。
この後、蛇毒草と私たちが作った薬を確認してもらった。
「これは確かに蛇毒草と解毒剤です」
草を確認した後、先ほどシリルに飲ませた薬とキャロル達が作った薬を成分分析して薬剤師が答えた。
「治療薬はこれで間違いない。ちゃんと創薬できているから副作用も心配ないだろう」
薬剤師の鑑定は正確なので、審判員が拡声魔道具を出した。
「夏季大会は中止だ」
会場に審判員の声が響き渡った。
「全員その場を動かないでください」
医師達は救護班を移動魔法で呼び、私達が作った薬を学生達に投与していった。
赤チームと紫チームの学生も手伝ったので、多くの学生に素早く薬を配る事ができて、重症化する学生は出てこなかった。
いち早く気がついて、解毒剤を作ったところまではよかったけど、あくび草はやりすぎだったみたいで、この後こっぴどく怒られた。
でも、重症化する人が出なかった事に私は安堵する。
薬を配り終えた釜を片付けていると、キャロルと目が合った。
「重症化する人がいなくてよかったわね」
「そうね。クリスティーナが、いち早く薬を作って私達に投与してくれたおかげよ。ありがとう。今日のディナーは無理そうだから、また連絡するわ」
紫チームは、夏季大会の後、自生している毒物の勉強会をするらしい。
会場全体の混乱はまだ続いていて、体調が改善しない学生達が運ばれていく。
魔法薬研究学科の助教授達が、会場入りして、蛇毒草の回収をしているのを見て、少しずつ緊張感が溶けていくのを感じた。
会場の混乱がおさまったところで審判員は会場の中央に行き、魔道具を使って話し始めた。
「ゴールまでは辿り着けませんでしたが、危険回避の貢献度から優勝は赤チーム!準優勝は紫チーム!この2チームが協力して、参加した全チームの学生を救おうとしたので、誰も重症化しませんでした」
他チームの魔法騎士学科の学生が不服そうにゆっくりと手を叩く。
納得している拍手ではない。
何が起きているのかわからなくて、納得できないといった顔をしている人が多い。
医師の治療の前に既に薬を飲んでいた赤チームと紫チームの学生は喜んた。
ベルツ研究室のみんなが私の所に駆け寄ってきた。
「すごいわ、クリスティーナ!」
「あなた、どこで学んだの?」
「博識ね」
「爵位のない人って何も知らないと思っていたの。ごめんなさい」
今まで私の話を全く聞かなかったベルツ研究室のみんなが話しかけてくれた。
「この後、ご飯行くけど、クリスティーナも来ない?」
女子だけでご飯に行く予定だったのを、私も誘ってくれたことに驚いて、頷いた。
すごく嬉しい。
仲間だと認めてもらえたみたい。
「俺たちは誘われてないけど?」
男子学生が口を挟む。
「じゃあ私たちとクリームたっぷりのケーキが美味しいお店に行く?」
「いや、俺たちはローストチキンのうまい店に行くよ」
大きな笑いが起きた。
みんなが初めて対等に話しかけてくれる事に戸惑いを覚えながらも一緒に笑う。
「明日、魔法騎士学科はパブを貸し切るんだ。君たちも来ない?」
クライド・ワインバーグ伯爵令息が全員に声をかけた。
みんなが歓喜する。
「君も来るでしょ?主役は君だから」
ブライアン・アークライト侯爵令息は私の手を取り、手紙を掌に乗せた。
「当然だよね?ブライアンに誘われて断れる人はいないよ」
クライド・ワインバーグ伯爵令息が、私の肩に優しく手を置く。
「あっ、えっと。はい」
距離が近すぎて戸惑ってしまう。
貴族って女性に優しくしないといけないってルールでもあるのかしら?
勘違いしちゃダメ。
ベルツ研究室の学生達は、招待状をもらっていたので、やっぱり私だけが特別じゃないみたい。
舞い上がった態度を取らなくてよかった。
周りを見ていると、ワインバーグ子爵令息から招待状を受け取った女子学生達は、顔が赤くなって普通に立っているのがやっとという感じだった。
その日の夜は、ベルツ魔法薬研究室の女の子達とスイーツパーラーに行った。
「クリスティーナはどんな経緯で雑用係になったの?」
「近くの大きな公園で、草とにらめっこするシリル様に出会ったんです。探している草を見つけて掘り起こすのを手伝いました」
「あぁ!知ってるわ。あの根っこが大暴れした草ね」
1人が言う。
「あの草を見つけたのはクリスティーナだったのね。あの草といい、今回の毒草といい、不思議な草をいっぱい知ってても誰も驚かないわ」
「私達じゃ見つけられないもの」
みんなが好意的で嬉しくなる。
「クリスティーナって、シリル様とよく話しているけど仲良しなの?」
「わからない事を教えてくれる…兄…じゃなかった。姉…でもなくて…。雇い主みたいな人!です」
貴族に対して、兄とか姉は失礼なので、しどろもどろになって言葉を選んで答えた。
「シリル様って優しいわよね。誰にでも親切だし」
「恋人もいないらしいわ」
「色々な女の子が猛アタックしてるけど。鈍感だから気がつかなそうよね」
キャロルと同じ事を言っていて吹き出しそうになる。
「シリル様も素敵だけど、魔法騎士学科の人ってみんなかっこよかったわね」
「ブライアン・アークライト侯爵令息は、学園で一番モテるもの。あのコバルト色の瞳と、サラサラの金髪!」
「魔法騎士学科では成績トップで、お金持ちの侯爵家の生まれだもの」
「憧れよね」
「クライド・ワインバーグ伯爵令息も素敵よね」
「金色の瞳と、綺麗なチョコレート色のきめ細かい肌!エキゾチックよね」
「夏季大会の翌日は、休校だからパーティーの準備がゆっくりできるわね。合同パーティー何着る?」
ここからオシャレの話になった。
やばいわ。
貴族のパーティーに行くのに、リメイクした庶民テイストのドレスしか持っていない。




