こぼれ話 さくら日和はまだ先
「え。みんな、私のプレゼントを買いに町へ出てたの?」
いつもの朝。朝食を取りながら昨日の話をしていた六花は、意外な事実を聞かされていた。
相変わらず早起きが苦手な風花は食卓に突っ伏したままだったが誰も気にも留めず、六花も起こした後は大河、勇仁とお喋りしていた。
「うん。総督府での騒ぎでそれどころじゃなくなっちゃったけどね。また買いに行かなくちゃ」
「俺は買ったよ」
残念そうにしている大河の隣で、勇仁は可愛らしくラッピングされた箱を食卓に出す。
六花よりも先に大河のほうが仰天している。
「えー!?ユージン、抜け駆け!」
「俺は買うもの決まってたから」
「ありがとう、ジョーガサキくん。開けてもいい?」
授業が終わると生徒会室に集まるのもいつものこと。だが、生徒会長は生徒会室に入るなり、ぬいぐるみたちの姿を見て思わず立ち尽くしてしまった。
「えっと……可愛いな、みんな」
「そう思うだろう。結び方にもそれぞれこだわってみた」
長い自慢の髪をなびかせ、なぜか副会長が答える。オルフェ会長はぱちくりと目を瞬かせ、六花は苦笑した。
「ジョーガサキくんが買ってプレゼントしてくれたリボンなんです。私とお揃いで」
言いながら、六花は自分の机に乗るオオカミのぬいぐるみと天馬のぬいぐるみを見る。
二体とも、色違いだが六花が今日、髪を結っているリボンと同じリボンが首に結ばれていた。
アヒル、クマ、カワウソ……それぞれのぬいぐるみもそれぞれのリボンが結ばれており、アヒルのぬいぐるみはちょっと照れた様子で言った。
「ルチル様が喜んでくださっているなら……恥ずかしいですけど……」
「俺は了承してねえ!」
リボンをつけられたクマのぬいぐるみは腕組みをして憤慨している。かなり抵抗したが、勇仁と風花に寄ってたかって抑えつけられて結びつけられてしまったのだ。
「前にミクモに贈ったんだ。それで、せっかくならミクモの前世の仲間が揃ったら、揃いのリボンを贈ろうかって話になって」
「ジョーガサキくん、ちゃんと覚えててくれたのね」
六花が嬉しそうなので、ロベラも本当は少し抵抗があるのだが、大人しくリボンを付けられていた。首に結ばれたリボンは、背中でちょうちょ結びにされている。
「ユージンは意外と、細やかな気遣いができる男だ」
ローズ副会長は勇仁を称賛し、抜け駆けずるい、と大河は頬を膨らませていた。
「そうだったのか。なるほど。リッカとお揃いで……。リッカのリボンには花がついてるんだな」
「いえ。花はフーカがプレゼントしてくれたものです。本当はコサージュなんですが、リボンに付けて髪飾りにしてみました」
「フーカちゃんまで抜け駆けしてたんだよ!買えなかったのは俺だけだったなんて!」
ぷりぷりと怒る大河に、風花は面倒くさそうな表情で反論した。
「目についたもんを適当に買っただけだ」
「よく言うよ!リッカちゃんが椿の花が好きっていう自分だけの情報を使ってわざわざ買ったくせに!」
自分だけ仲間外れのようなかたちになって拗ねている大河のかたわらで、オルフェ会長が困惑したような反応をしていたことに気付いたのは、カルネだけだっただろう。
みな大河と風花のやり取りに注目していて、オルフェの動揺にはまったく気付いていない。
「ルチル様のお花の好みなんて、俺も知りませんでした」
「ワダツミで育って好きになった花だもの。ルチルだった時は花の選り好みなんて考えたこともなかったわ」
アヒルのぬいぐるみがしょぼんとした様子で言うので、六花がフォローする。
ルチルだった時は別に好きな花なんてなかった。どの花を見ても、きれいだな、と思う程度。六花に生まれ変わってから得た好みなのだから、アミルたちが知らないのも当然である。
「……俺は弟くんの買い物姿を目撃したから知ってる」
勇仁がぽつりと呟く。彼が自ら話を振るのは珍しいことだし、話の内容にも惹かれて、全員が勇仁に注目した。
「弟くんは白い椿の花だけを買おうとしたのに、ロベラに赤も買えって圧をかけられてすごく喧嘩してた」
「見られてたのか」
「見てたんならぬいぐるみを引き取っていけよ」
ロベラと風花が同時につっ込む。それで赤と白の二品が入ってたんだ、と六花は納得しながら苦笑した。
そんな話をした後は、みんなもそれぞれの仕事に取り掛かり、仕事で必要な会話以外はなくなった。
生徒会長として生徒会メンバーの誰よりも量の多い書類を片付けていきながら、オルフェは机の横――自身の足元に置かれた鞄にちらりと視線を向ける。
――リッカの好みなんて、なにも考えていなかった……。
自分が好きなワダツミの花と、その可愛らしさで選んだ品。総督府の騒ぎですっかり渡し損ねていたものだったが……先ほどの大河たちが話している時に自分も六花に渡そうと思ったのだが、風花が六花の好みに合わせたプレゼントをしたと知ったら、ますます渡せなくなってしまった……。
黙々と仕事を続ける静かな生徒会室に、下校時間を告げる鐘の音が聞こえてくる。
全員が顔を上げ、オルフェも生徒会室の大きな置時計を見た。
「――もうこんな時間か。皆、今日はこれまでにしよう。文化祭も本番が近付いてきたから、無理はせず……」
話しながら自分の鞄を取ろうと手を伸ばすオルフェの目の前で、机から飛び降りた天馬のぬいぐるみが鞄にぶつかり、立てて置いてあった鞄はどさりと床に転がる。
その弾みで、鞄の中身も転がり出た――ちゃんと口は閉めてあったはずなのに。
「ああ、すまない」
「お兄様ったら」
カルネが謝罪する傍らで、さっと近付いてきた六花が鞄の中身を集める。オルフェも屈んで自分の鞄を整理していたのだが、あら、と六花が声を上げた。
六花が目に留めたものに気付き、あ、と会長も心の中で声を上げる。
六花の目の前に、可愛らしいリボンで包装された小包が転がり出ている。昨日、オルフェが六花に贈ろうと買ったものだ。
六花はそれをオルフェに渡そうとしてくれたのだが、天馬のぬいぐるみがすかさず口を挟んだ。
「それは昨日、オルフェがルチルのために買った品だな」
「そうなんですか?」
六花に尋ねられ、苦笑いで頷きながら……はかったな、と苦々しい思いでオルフェはカルネを見た。天馬のぬいぐるみはそしらぬ顔だ。ぬいぐるみだから表情はないのだが。
「えーっ!会長さんまで抜け駆け!」
大河の非難がましい声が聞こえてくる横で、開けてもいいですか、とさらに尋ねてくる六花に向かってオルフェはまた頷いた。
包装のリボンを丁寧にほどいて中を開け、六花が顔をほころばせる。
「可愛い……。桜ですね。それもアズマザクラ」
「あずまざくら……?」
オルフェとローズが声をハモらせる。へえ、と勇仁も寄ってきて六花がもらったものを覗き込み、大河も怒るのを忘れて寄ってきた。
「花が全部薄桃色っていう、新種の桜だ。ワダツミに昔から自然生息してる桜とは別物なんで、東国を中心に植えられてるものの西国にはまだほとんど存在していない」
不思議そうにしているオルフェ、ローズたちのために風花が説明する。
「王都にも少しだけ植えられていますね。入学式の日に汽車からちらっと見えました」
桜をモチーフにしたイヤリングを手に、六花はニコニコしている。
「そういえば見えたね。本当に全部ピンクだ!って感動したよ」
大河も桜の話で機嫌を直したようだ。
「総督府にも植えてある。父がこの花が好きで、小さい頃から俺もよく見せに連れて行ってもらった――俺もこの花が好きだ」
オルフェが言った。
「次に花が咲く時には、みんなで見に行こう」
「素晴らしい提案だ」
ローズが称賛、賛同したので、オルフェの提案はあっさり通った。
楽しみ、と六花だけでなく大河、勇仁も素直に喜び、風花は呆れた様子で、でも笑っている。
オルフェも笑い……笑顔の六花と目が合った。
「ありがとうございます、オルフェ会長。大切にします」
「いや……俺のほうこそ、ありがとう」
オルフェがそう言うと、六花はきょとんとなって、何のお礼ですか?と首を傾げられてしまう。
オルフェも答えることができなくて、なんだろうな、と笑ってしまった。




