第3話弐 真夏の夜の夢
「仲間同士で話しているところに口を挟んですまない。ディオというのは何者だろうか。何度か、会話に出てきた名前だが」
生徒会長が言った。
当時の教皇です、と六花が答える。
「サンクブルム神聖国には教会があったことは以前にもお話ししましたよね。あの国はちょっと特殊で、国王以外にも教皇という主もいたんです。教会も強い力を持っていて……でも、当時はディオという幼い少年が教皇の座に就いており、実態は傀儡――大神官が教会の実質的な支配者でした」
「たしかに、そんな話を聞いたな」
「そんな教皇でしたが、彼はエンデニル傭兵団に好意的だったんです。それが、かえって大神官の私たちに対する警戒心を強めてしまったのでしょうけど……」
国王は良くも悪くも凡庸な男で、エンデニル傭兵団のおかげでエルドラド王国の侵略が阻まれ、サンクブルムが安泰であることを素直に喜んでいた。
エルドラド王国を完全に退けた時、エンデニル傭兵団の存在が自分たちにとって非常に脅威になるかもしれない……なんて先のことを見通すこともできず、傭兵団が自分を裏切るかもしれないなんて可能性を微塵も考えていなかった。
エンデニル傭兵団など、所詮は貧しい生まれの人間の集まり。そのような存在が王権を脅かすなんて、あり得るはずがないという思い込みもあったことだろう。傲慢な考えが、本人も無自覚なうちに身についてしまっているような王だった……。
「警戒心が強まり過ぎた大神官は、ついに本来の敵と手を組んでまで、私たちを排除する選択をしました。教皇ディオを、裏で手を組んだエルドラド王国に引き渡し、それを表立ってはエルドラド王単独の仕業として、エンデニル傭兵団に救出に向かわせた――エルドラド本国に乗り込まなくてはならないということで、私とロベラが先に潜入することになったんです」
「そうして二人が傭兵団を離れたタイミングでカルネをサンクブルム王城に呼び出し、難癖をつけて彼を罪人に仕立て上げた。当然、処刑されるカルネを助けるために傭兵団は動きました――王命に背いた反逆者の汚名を着ることになるのも覚悟の上で」
ラズが説明を継ぎ、そういうことか、と生徒会長がため息を吐く。
「そうして君たちは反逆者として全滅にまで追い詰められたということか……」
「しかし、そうなるとどうしても解せないことがある」
副会長が口を挟み、ぬいぐるみたちが一斉に副会長を見た。
考えながら、副会長が言った。
「つまり一万年前の時代では、おまえたちは教会の敵となってしまったわけだ。しかし、なぜか教会の敵となったはずのおまえたちは全員が賢人として祀り上げられ、ルチルなどルチル教における至上……聖母扱いだ。後世に語られる歴史というものは本来、勝者が作り出すもの。特に、教会がその語り部になっていることが多い」
それもそうだよね、と大河が相槌を打つ。
「ワダツミでも、勝った側の人間が素晴らしい人扱いで、負けた人は悪者のように史書に書かれるのが普通だ」
「そう。それにも関わらず、敗者のはずの彼らが素晴らしい人間として後の世で讃えられている。この矛盾はいったい何を意味するのか」
うーん、と勇仁が唸り、思いついたことを口にする。
「誰か……エンデニル傭兵団側の生き残りがいて、その人が汚名返上してくれた……とか?」
「その場合、その人物はかなりの力を持っていることになるな。教会は敵扱いした者をボロクソに書き立てただろうから……その悪評を打ち消せるだけの人間だったことになる」
会長が首をかしげながら言った。
六花もぬいぐるみたちも考え込み、心当たりはない、と全員が同意見であった。
みんなで考え込んで、誰もしばらくの間、口を開かなかったが、開けっ放しになった窓からにぎやかな声が聞こえてきて、六花が窓を振り返り立ち上がった。
「はなちゃんたちが帰ってきたわ。私、三人を出迎えてくる」
よく冷えたスイカを持ったシルバーと、その前を歩く二人の女の子たち――軽く別荘の外を探検して、はなとマリーは十分楽しい時間を過ごしてきたらしい。
離れたところで竜の襲撃があったことなど、何も気付いていなさそうだ……。
三人を出迎えるために六花が小走りで部屋を出ていくのを見送ると、カワウソのぬいぐるみが風花を見た。
「……さて。あなたの話を聞かせていただきましょうか。エルドラド王国のアッシュ王子殿下」
先ほどよりも低い声で、嫌味ったらしくラズが言った。風花はラズの分かりやすい挑発に乗ることもなく、無表情のままでぬいぐるみを見下ろす。
「ロベラが戻るとほぼ同時に、ルチルの死が私たちのもとにも届きました。その報告によると……ルチルは父王を裏切って出奔したあなたに巻き込まれ、命を落としたとのことですが」
「はあ?」
「んだと、このクソ王子!」
ラズの告白に、スヴェンはぽかんとし、アミルは激高した。風花は表情を変えず、じっとラズを見ている。
「考えてみれば、前世の弟くんの死因は聞いてなかったね。詮索するようなことじゃないから、俺たちが振るような話題でもないけど」
勇仁が言った。
一気に険悪な雰囲気になってしまったのを緩和しようとして口を挟んだのだろう、と大河たちは勇仁の口出しの理由を察した。
スヴェンはそれほどだが、ラズとアミルは風花に対して激しい敵意をむき出しにしている。
「その伝聞は間違いじゃない……が、俺にも言い分はある。先に俺を攻撃してきたのは親父のほうだった」
風花は感情的になることもなく、淡々と答えた。
表情の変わらないカワウソのぬいぐるみの顔が、眉をひそめたように見えた。
「父王があなたを排除しようとしたから、やむなくあなたは裏切った、と?」
「さあな。あいつが何を考えていたか、俺にはまったく分からねえ。記憶にある限り、あいつとは俺に命令を下す時にしか顔を合わせたこともないし、俺の育ちはかなり特殊だ――生まれ変わって、ミクモ家のバカみたいにお人好しな連中と暮らすようになって分かった。物心ついた時からアッシュは厳重な監視と洗脳の下で育っていて、戦場に出る以外で外に出ることもなく、自室として与えられた塔で幽閉されていた」
なんてことのないようにさらりと語る姿が、前世の育ちの異常さをかえって際立たせている。
風花の話をラズは黙って聞いていたが、彼が嘘をついている、と断定する様子はない。
「そんなバカな、と一蹴できない不気味さが、あの男にはありました。我が子にでもそんなことをしそうな狂人っぷりは、戦場でしか対峙したことのない私たちにも伝わっていましたよ」
「まあな。息子の片方を赤ん坊のうちに捨てて、戦場で再会してからも顔や能力から自分の子だって可能性はとっくに気付いてただろうに、その他大勢の赤の他人と扱いを変えずに平然と殺そうとしてたぐらいだしなぁ、あの男」
スヴェンもうんうんと同意する。
風花の言い分を信じたというより、そんなことをしかねない男だ、という説得力で納得したらしい。
前世の風花の父親というのは、それぐらい異常な男だった……ということだろうか。
「親父に突然攻撃されて、俺は致命傷を負った。あの男が自分の治療のためにルチルを捕らえていたことは知っていたから、それを横取りして逃げ出した。だが即死を免れただけで、俺の状態はすでにルチルでも治せないほどのもので……それで、最期は親父が放った追っ手に追い詰められて死んだ。たぶん」
余計な一言を付け加える風花に、しらばっくれるな、とアミルがまた怒り、スヴェンがなだめていた。
しらばっくれてるわけじゃない、と風花が反論する。
「覚えていないんだ。本当に。俺も虫の息だったんだぞ。しぶとく逃げ回っていたが、正直、自分でも何をどう逃げるかも考えられないほどに頭も鈍りまくってたし、そんな時の記憶なんか覚えていられるかよ」
「それは……我々にも覚えのある経験なので、否定することはできませんね」
風花に対して敵意を示していたラズも、初めて風花に同調した。アミルも身に覚えがあるので、腹を立てながらもさっきのように風花に怒鳴ったりはしなかった。
「殺されるのは俺だけだろうと思ってたら、ルチルまで巻き添え食らうような攻撃してきやがった……というショックを受けたことだけは覚えてる。だから、おまえらに届いた報告とやらはおおむね正しい……と思う。ルチルは俺の巻き添えで死んだ。恐らくその通りだ」
重苦しい空気が部屋を包み、またしばらくの間、誰も口を開くことができなかった。
一万年前の、あまりにも悲惨な結末。ぬいぐるみの彼らも互いの悲劇を初めて知った部分が多く、その衝撃に何も言えずにいる。
おずおずと、生徒会長が口を挟んだ。
「また口を挟んでしまってすまない……。そのエルドラド王国の国王……ゴットフリートだったか――彼は、なぜミクモ……ルチルに執着していたんだ?話を聞く限りでは好戦的で情け知らずの男のようだが、捕らえたルチルをすぐに殺さない程度には彼女を必要としていたと、先ほどミクモ自身が話していた」
「ルチルの治癒能力ですよ」
ラズが答える。
「エルドラド王ゴットフリートはとてつもなく強く、恐ろしい男だったのですが、何度目かの戦場で対峙した際、カルネが彼に深手を負わせましてね――ルチルの兄で、エンデニル傭兵団のリーダーだった男です。この説明は、あなたがたは聞いていますね?」
会長たちが頷くのを確認して、ラズは話を続けた。
「その時の傷があまりにも深かったために完治には至らず、その後も戦いの場において、その傷が盛大に彼の足を引っ張っていたのです。傷を完全に癒す唯一の手段が、ルチルの治癒能力だったのではないかと言われていまして」
「つまり、自分の古傷を治すためにはルチルの力がどうしても必要だった」
「それがゴットフリートの執着の理由だろうと私たちは考えています」
もっとも、とラズが付け加える。
「我々も、戦場で刃を交わす時にしか顔を合わせたことのない男でしたから。本当に私たちのこの推測が正しいかったのか、正解は永久に分かりません。何を考えていたのか……」
接点があったはずの王子は父親とろくに話をしたこともないと言うし、ゴットフリートという男の真意は、永遠に歴史の闇の中だ。
一万年も時が過ぎてしまって、もはやエルドラド国王のことなど、名前もろくに伝わっていない。




