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【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。  作者: 夏芽みかん
2.そのあとの話

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37.訪問者2

 メリルはしばらく家の中で庭にしとしとと降る雨を眺めながら、紅茶を飲んで一息ついた。


「――誰が迷い込んだのかしらねえ……」


 呟いて、傍らにいるジャックの背中を撫でて、笑った。


「あなた、モップみたいになってるじゃない」


 白い犬は天気が悪くなったことで気分が沈んでしまったのか、顎まで全部床にくっつけてぺったりと寝そべっている。メリルは棚に置かれたスケッチブックとペンを手に取ると、シュッシュッ……とペン先を走らせた。あっという間に、白かった紙面に寝そべった犬が描かれていく。


「そのまま動かないでね。……描き終わるころには、止むわよ、きっと」


 紙面の上のジャックが完成する頃、外を見ると、日の光が戻っていた。


「――ほら、止んだわよ」


 庭につながる扉を開けてやると、ジャックは一声吠えて、嬉しそうに庭に飛び出して行った。メリルも後を追うように部屋を出て、少し濡れているデッキを拭いて座ると、ぱらぱらとスケッチブックをめくった。


 このスケッチブックは街で買ったものだ。ページの中には、この家で暮らしてきた日々の何気ない場面――本を読むアルヴィンの姿や、窓辺で丸まる黒猫のサニーの姿、庭を走るジャックの姿などがびっしりと描き込まれている。どれを見ても、その描いた時の気持ちを思い出せる。いつも、楽しくて幸せな気分だった。――もちろん今も。


 ――ここで暮らすうち、もうすっかり妖精たちはメリルの周りから姿を消してしまっていた。メリルは庭を駆け回るジャックの姿を見ながら目を細めて微笑んだ。心の中で今はどこにいるかわからない妖精たちに呼びかける。


 ――安心してね。私は楽しくやってるわ。


 その時、がさり――と庭のずっと奥の方、森の茂みが揺れる音が聞こえた。ジャックがぴたりと動きを止め、音のした方を睨んで、唸り声を上げた。


 メリルは身体を強張らせる。

 ――ジャックのこの反応、アルヴィンじゃない?


 がさがさと草が揺れて、その奥から人影が二つ現れる。

 栗色の髪の、線の細い優し気な印象の青年と――そして、小柄な少女。

 金色の華やかな髪をした彼女は、メリルと似た丸い形の青い瞳を大きく見開いている。


「アネッサ……?」


 メリルは声を震わせて、少女の――妹の名前を呼んだ。

 彼女は頷くと、ようやく絞り出したというように、かすれた声を出した。


「……お姉さま、なんですね」


 メリルは大きく息を吐くと、頷いた。


「――ええ、そうよ」

  

 じっと妹の姿を見る。最後に見た時よりも、少し痩せているようだ。時折、庭で見かける姿は『花の妖精』の異名のとおり、いつも笑顔だったのに、今は随分疲れているように見える。


 ――それは、そうよね。

 彼女の笑顔を支えていた両親は、あんな姿になってしまったんだもの。

 妖精たちが、私を守るために、お父さまとお母さまをバラバラにしたんだわ。

 あの人たちが私を殺そうとしたから――。


 そこでメリルは自分がとても冷静にあの出来事を振り返っていることに気がついた。

 以前は、少しでも振り返って考えようとすると、辛さと罪悪感とで心臓が串刺しにされるような気持ちだったのに。


 メリルは妹に向かって微笑んだ。


「とりあえず――久しぶりね、アネッサ。――どうして、ここへ?」


「――ヒューゴ様に連れてきて頂きました。お姉さまが、この森にいるのではないかと――」


 ヒューゴ様。その名前で、メリルは彼女の隣にいる青年が妹と婚約の決まったアジュール王国の王子だということを知った。


 どうして、ヒューゴ様がこの場所を?

 メリルは眉をひそめて、青年に向き直った。

 ヒューゴは頭を下げて礼をした。

 

「――初めまして、メリル。貴女がここにいると、思っていました。――――迷いの森の魔女――イブリン様のお弟子のアルヴィン様は、いらっしゃいますか?」


 そのとき、黒いローブの男が森の中から猛然と駆け出してきて、メリルと訪問者2人の間を遮るように立ちはだかると、手のひらを真っ直ぐと相手に伸ばした。


「アルヴィンは俺だが、お前たち――メリルと俺に、何の用だ?」


 メリルが聞いたことがないような低い声で、アルヴィンが2人を睨みつける。

 「ひ」と息を呑んだアネッサを背中に隠して、ヒューゴはアルヴィンに深く礼をした。


「アルヴィン様、僕はアジュール王国第一王子、ヒューゴと申します。ケイレブの曾孫です。――貴方にケイレブが預かっていた――イブリン様からの手紙をお持ちしました」


「――手紙? 師匠から――俺への?」


 アルヴィンは手を降ろすと、訝し気に呟いてから、ヒューゴをつま先から頭までじっくりと眺めた。


「ケイレブに――よく似ているな――」


「……よく言われます」


 ヒューゴは軽く笑うと上着から一通の封筒を出した。赤い蝋で固められた封は開いている。


「――開封してしまっているのは、ご容赦をお願いいたします」


「見せろ」


 アルヴィンは警戒するようにゆっくりヒューゴに近寄ると、彼の手から封筒を奪い取った。それからじっと、封に書かれた宛名を眺めた。


「――師匠の字に、間違いない」


 呟いてから、さらにヒューゴを睨みつける。


「なぜ、今さらこれをお前がここに持って来た? 何が目的だ?」


「――僕は、貴方に確認したいことがあり、来ました。お話をさせて頂けますか?」


「――話?」


 アルヴィンは相手の言葉の意図を考えるように黙り込んだ。

メリルは二人を見比べると、アルヴィンの背中をさすった。

ヒューゴに悪意があるようには感じられなかったし、後ろにいるアネッサは疲労感のたまったような表情をしていて、このままずっと立っていると倒れそうに見えた。


「――とりあえず、立ち話もなんだから――、家にあがってもらう? それから、横にいるのは私の妹よ」


「君の、妹」


 アルヴィンは復唱して、アネッサを眺めると頷いた。

 

「――いいだろう、話は聞こう。――ついてこい」



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