2.
私はナイフとフォークを手に取った。料理皿からは良い匂いが漂ってくる。
ふわふわと妖精の光が周りを舞った。
“でも何だか豪華だね。何かのお祝い?”
「そうかもしれないわね。――何のお祝いか知らないけれど」
私は苦笑するとお肉を切り分けけた。
確かにいつもよりお料理が豪華な気がする。何かあったのかしら。
それさえ、私は知らない。だって、家族と最後に会話をしたのはいつだっけ?
そんなことを考えていたらお皿の周りに光の粒が集まってきて、フォークを取り囲んだ。
……な、何……?
妖精も――お腹減ってるの……?
今までこんなことなかったのに……。
光はどんどん数が増えて、お皿全体を取り囲んだ。
ひそひそひそと私がよくわからない言葉で囁き声が交わされる。
それから、彼らは一斉に私に向かって騒ぎ立てた。
“食べちゃダメ”
“これは良くないよ”
“悪いもの!”
「何々……? お腹減ってるんだけど……」
ぐぅーとお腹が鳴ったので、私はナイフを動かしてお肉を切って、フォークに刺した。
すると――フォークが手から離れて空中に浮かんでしまった。
光の粒がフォークに群がっている。
「――ちょっと?」
私が手を伸ばすと、彼らはその手から離すようにフォークを遠ざけた。
“ダメだよ、食べちゃ”
耳元でザワザワと同じ言葉を繰り返し囁かれて、私は気味が悪くなった。
――食べちゃダメって、どういうこと?
“これはボクたちが隠すよ”
お皿からお肉や他のお料理が光の粒に包まれて、ふわりと浮かび上がってベッドの下へと運ばれて行った。妖精たちが運んでしまったのだ。
「そんなところに持って行ったら汚いわよー……」
彼らは同じように他の料理もベッド下に運んで行き、スープにいたっては中身を花瓶の中へ流し込んでしまった。
「あぁぁ――お花が――」
私の呟きなんか無視して、彼らは耳元で騒ぎ立てる。
“メリルはソファーで寝たふり!”
“じっとしてて”
“そしたらわかる”
「ソファーで寝たふりをすればいいの……?」
心臓がドキドキしだす。妖精たちは――私の味方だ。
――彼らがこんな風に言うなんて、どういうこと――?
考えたくない言葉が頭に浮かぶ。
――食べ物に、何か、入っていた――?
私はソファーにうつ伏せに横になって、クッションに額を押し付けた。
どうして、なんで、食べ物に何が?
お父様が? お母様が? 誰が? どうして?
疑問符が頭の中をぐるぐる回る。
耳元で妖精たちが囁いた。
“大丈夫、私たちはメリルの味方”
***
しばらくそうやってソファでうつ伏せになっていたら、キィィィと扉が開く音がした。
思わず顔を上げようとしたら、耳元で妖精が“動かないで”と鋭い声で止めた。
こつこつと足音がいくつか、私の方に近づいてきた。
「まぁ、きれいに全部食べてるわね。食い意地の張ってること」
――お母様の声だ。
「本当に大丈夫だろうか――こんなことをして。――私たちが呪われるようなことはないよな」
――お父様の声。怖がっているように、震えている。
「全く情けないわね。大丈夫よ、全部食べ切って、死んでいるわ」
――死んでいる? どういうこと?
私は思わずびくっと身体を動かした。
「ひっ」
お父様が悲鳴を上げた。
私はゆっくりと起き上がった。耳元で妖精たちが騒ぎ立てる。
“やっぱりだ”
“メリル、あいつら、メリルに毒を食べさせようとしたんだよ”
“ひどい”
“ひどい”
“ひどい”
今――私の顔は真っ青だと思う。
「ひどい」
妖精たちが耳元で繰り返す言葉と同じ言葉を呟いた。
――どうして? 何で?
私はただ、この屋敷の中で大人しく暮らして――ただお母様たちと一緒に同じ食卓に呼んでもらいたかっただけなのに。