19話 否む言葉は必要なく
「え、あ、うん?」
穣司の声は困惑の底から吐き出されたものだった。殆ど言葉になっておらず、どうにか聞き返せた程度だ。
聞き違いでなければ「愛しています」と言われた筈だ。「好きです」ではなくて「愛しています」である。どんな言葉を投げ掛けられるのかと身構えていたら、ずいぶんと明後日な方向の言葉だった。脳内は疑問で埋まる。
人の心は分からないし、いつ人を好きになったなんて事は、他者には分かりようがない。長い時間を掛けて人を好きになる事もあれば、些細な事が切っ掛けで恋に落ちる事もあるだろう。一目惚れなんて言葉だってあるのだ。だからこそ、いつから好きになったの?なんて野暮な事は聞かない。人の心なんてものは、きっとそういうものなのだ。
だから心の機微を描く恋愛物の創作物は、どの時代でも一定の人気があるんだろうなと、その程度にしか考えていなかった。そのせいか穣司自身も女性の心の機微に疎い。
そんな穣司ではあったが、アンジェリカから好かれているかも知れないと、薄々は感じていた。
客観的に見てしまえば、自分は彼女達の命の恩人である。そしてこの世界の神とも勘違いされているのだろう。加えて彼女達の心は疲弊しているのだ。だから敬愛にも似た感情が湧いているのではないかと感じていた。
しかし、この世界の神ではないと、知ってもらえた後に、突然の告白である。それも「愛しています」なんて重い言葉で、告白されるとは思ってもみなかったのだ。
張り付いた苦笑いのまま、穣司はぐるぐると思考を巡らせていた。何でいきなり告白?そんな考えが頭の中で駆け巡る。
しかし鼻息が荒いままのアンジェリカは、更に追い討ちをかける。
「ジョージ様は複数の妻を持つ人の事をどう思われますか!?」
「え、うん?そ、それって一夫多妻制の事……かな?」
「はい!どうなんでしょうか!?」
「い、いやまあ、そういう文化もあるだろうし、そういう人を否定するつもりもないけど……俺は一人だけを愛する方がいいかな」
「あぁ、やっぱりそうでしたか。残念ですけど仕方がないですね。でも、答えは得られました。ありがとうごさいます!それでも私は……いえ、なんでもないです!」
「うん?そ、そっか」
アンジェリカは何かを成し遂げたかのような、とても晴れやかな顔していた。その姿は美しくも感じられた。
しかし穣司には彼女が何を言いたかったのか、さっぱり分からなかった。勝手に納得されて、話は終わってしまったのだ。
突然の告白の後に何の脈絡もなく一夫多妻制の是非を問われても、困惑するしかなかった。これほど頭を悩ませる愛の告白は滅多にあるものではない。それに告白に返答した訳でもないのに、アンジェリカは満足そうな表情をしていた。肯定も否定もしていないのに、いったい何の答えが得られたのろうか。謎は益々深まる。
人から好意を寄せられるのは、気持ちとしては有難い事ではある。が、今の半分神様の状態では、その好意を素直に受け取る事も出来なかった。神の力を発揮したからこそ、結果的に好意を寄せられたのであって、本来の一般人である自分だったのなら、こういう展開にはならなかったのではないかと、考えてしまう。
ふぅと息を吐き、アンジェリカを見つめる。
あどけなさが感じられる朗らかな笑みを浮かべている。もちろん返答を待っている様子もなかった。
告白ってこんな雰囲気だっけ?と遠い過去の記憶を掘り起こそうにも、該当する記憶とは一致しなかった。もう少し重苦しさがあった気がした。
しかし勿体ないなと、穣司はつくづく思う。
未成年だとは思うが、外見だけで言えば、扇情さも感じられる美少女だ。自分の年齢を考えれば、そこはかとなく危険な香りはするが、こんな美少女から愛の告白を受ける事なんて、元の世界ではおそらくない。いや、絶対にないと断言も出来る。あるとすれば美人局ぐらいなものだろう。
それにいずれ元の世界には帰るのだ。帰ってしまえば、もう二度と会う事はないだろう。飛行機でも辿り着けない遠い世界だ。
加えて彼女の境遇を知ってしまっては、そういう間柄になるのは、難しくもある。例えば彼女が安宿の看板娘であるとか、そういった形で、出会っていたとしたら、違っていただろう。しかし今は庇護欲にも似た感情は湧いても情欲は湧ない。そもそも今は不能でもある。
さてどうするべきかと、穣司は顎を手を当てて考える。
本来なら曖昧にせずに、言葉にして断るべきなのだろう。しかしながら答えは得たと、アンジェリカも言っている。そんな彼女に、答えるべき言葉が見つからない。
それにしても一夫多妻制の何が答えなのだろうか。まさか彼女達全員の夫になる気があるのかと試されていたのか。それとも水面下で、正妻戦争でも繰り広げられているのかと、考えたところで、頭を横に振り、浅はかな思考を追い出す。いくらなんでも自惚れ過ぎだ。
ヒントを求めて周りに目をやると、ティア達もあんぐりと口を開けて、呆けたまま固まっていた。
困惑しているのは、自分だけではないのだなと、胸を撫で下ろす。仲間意識にも似た感情が芽生えた。
そこでようやくティアは声を上げる。
「あ、あの、ちょっと早いですが、朝食の用意がすぐに出来そうなんですけど……どうしましょう?」
「ジョージ様はお腹空きましたか!?」
「え、あー、うん。空いた……かも」
状況を打開するようにティアは提案した。おそらく何の意図もないアンジェリカは提案に乗っかる。穣司は苦笑いのまま、とりあえず頷いた。
どうやらアンジェリカは告白しただけで、本当に満足したのかも知れない。その表情からは憂いがなく、清々しいまでに、すっきりとしていた。
アンジェリカの件で戸惑いを感じながらも、一同は食堂に向かった。途中で「若いっていいなぁ」とティアが呟いたが聞き流した。そういう言葉は三十路を過ぎてからだ。
食堂に入るとアンジェリカは、当たり前の事であるかのように、ごく自然に穣司の左隣に座った。いつの間にかやって来たテネブラは、機嫌良さそうに右隣に座った。
食事を済ませた後も、アンジェリカとテネブラは、終始ご機嫌な様子だった。
何か良いことでもあったの?とテネブラに聞くと「幸せな気分で寝れて、良い夢も見れた」と言った。
なるほど。確かに独りぼっちじゃなくなったテネブラは、幸せな気分で眠りにつけただろう。幼い少女が感じる、ささやかな幸福が、微笑ましく感じて、つい頭を撫でてしまう。
するとアンジェリカは目をくわっと見開き「私もお願いします!」と言った。
「えっ?撫でられたいの?」
戸惑いながら聞き返す穣司に、
「はい!撫でられたいです!」
とアンジェリカは元気良く答える。
たじろぎながらも、穣司はアンジェリカの頭を及び腰で撫でる。
彼女は満足そうに、子供のような笑みを浮かべた。良いのか悪いのか、昨日までの彼女からすると、随分と吹っ切れている。下手に畏まられるよりは親しみを感じるが、先程の告白の件もあり、つい訝しんでしまう。それでも彼女は全く尾を引いていない様子であった為、穣司は気にしない事にした。なるようにしか、ならないのかも知れない。
アンジェリカのおねだりが切っ掛けになり、他の子供達にも頭を撫でてほしいと、おねだりされる。仕方がないので穣司は順に撫でていった。
撫でながら名前を聞くと、寝癖のような髪の少年はチコというらしい。片割れのように傍らにいる、長い髪だが前髪は短い少女はニーニャという名であった。ティアを含む大人勢が物欲しそうに、こちらを見ていたが見なかった事にした。流石に大人の女性の頭を撫でる訳にはいかない。
食事の片付けをするティア達を横目に、穣司は子供達の頭を撫で終える。一段落ついたところで穣司は言った。
「俺は島の様子を見てくるけど、皆はどうする?昨日は色々とあっただろうし、今日一日はゆっくり休んでる?」
「おとーさんと、一緒にいく」
「私は元気なのでジョージ様と行きたいです!」
テネブラとアンジェリカが、殆ど即答に近い形で言う。他の人達も「僕も」「私も」と続けた。
「じゃあ皆で行こうか」
そう言って穣司は外に出る。建物に何人か居残りしたが、多くの人は一緒に外に出て、階段をゆっくりと下りた。
太陽の位置は幾分か高くなっていた。まだ朝の時間ではあるが、肌寒くもなく、過ごしやすい気温だ。そよ風が頬を撫で、小鳥の囀ずりが聞こえてくる。
彼女達も穏やかさを享受しているのか、表情は平和そのものだった。長閑な気分になり、歩みは緩やかになる。
危険は感じられないかと穣司が尋ねると、彼女達は口を揃えて問題ないと答える。その中でもティアが最も感知能力に長けているようで、「今のこの島に驚異となる存在を感じられません」と誇らしげに言っていた。
穣司が「凄いね」と褒めると、体をくねらせながら照れていた。その際に偶然、肌に触れてしまったが、昨日のような艶かしい声を上げる事はなかった。
一瞬、穣司は焦りを覚えたが、何事もなかったようで、ほっと一息つく。些細な事にでも照れる彼女は、もしかすると男にあまり免疫がないのかも知れない。穣司は昨日の件を忘れる事にした。
テネブラとアンジェリカはその様子を、満足そうに眺めていた。
穣司が二人に目をやると、目を細めて笑みを浮かべる。二人の行動はまるで姉妹だなと思った。上下関係は逆ではあるが、血の繋がりがあるような仲の良さを感じる。
そうして他愛のない話に花を咲かせながら、しばらく道なりに進んでゆくと、透き通った川と平行するように道は続いた。陽光をキラキラと反射させている川は、時折魚が跳び跳ねる。
そのまま進んでゆくと、川はやがて海へと流れ出る。
穣司達は断崖絶壁で囲まれている島で、人が歩いて行ける唯一の海辺に辿り着いた。
砂浜はなく、ゴツゴツとした岩場ばかりだった。大型船の接岸を拒むように、ターコイズブルーの浅瀬からは、いくつもの突起した岩が顔を覗かせている。海辺は小さな湾になっていた。波はなく鏡面のように穏やかだ。
初めてこの世界に来た時に俯瞰した景色とは様変わりしている。工業用水のように変色した川が、海を汚染している事はなかった。おそらく島全体を癒した影響なのだろう。海面からでも海底の様子がはっきりと見える程に透視度が高い。こんな海で潜るなら、さぞかし楽しいだろうなと、穣司が思っていると、一本マストの小型帆船が目に入る。船は磯に寄り添うように、停泊していた。
「おお、帆船だ」
元の世界では見られなくなった、木造の帆船を見て、穣司は目を輝かせる。
「私達はこれに乗って来たんです!」
アンジェリカは即座に穣司の呟きを拾った。
嬉しそうに帆船を指差す彼女はどこか誇らしげだった。
「へぇ、そりゃ凄い。この船であんなに広い海を渡ってきたんだ。アンジェリカは航海の知識もあるんだね」
「いえ、私達は森に住んでいたので、海の知識はないんです。ですが、あの短剣を持って、この船に乗れば問題ないと、ある女性に言われたので」
「あー、この島の行き方を教えてくれたっていう人?」
「はい、その方です。短剣が小さな光を放って、行き先を示してくれたお陰で、こうして辿り着けました!」
「へぇ、便利なもんだ。だとしても凄い旅をしてきたんだね。いや……本当に凄いな」
あの短剣は救難信号機能付きだけではなく、ナビゲーション機能もあるらしい。
しかしそんな便利な機能があったとしても、この小型帆船で大海原で航海するには、相当な勇気が必要な筈だ。戦火を逃れて、安息の地を求めていた彼女達には、乗るしかない必死の船旅だったのだろう。
それでも船旅に冒険心や浪漫を感じる穣司は、彼女達が成し遂げた旅に大いに感銘を受けた。拍手喝采を送りたい気分だった。
「あの船を見させてもらってもいい?」
あの帆船が歴戦の勇者に思えて、直に触れてみたくなった穣司は、アンジェリカに尋ねた。
「もちろんです!ジョージ様、行きましょう」
アンジェリカは、はにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
穣司はアンジェリカに連れられて岩場を歩いた。他の人も異論はなかったようで、穣司のすぐ後ろをついていった。まるでカルガモの子供のようで、思わず笑みがこぼれる。
そうして一行は帆船に向かって歩いた。船の下に着くと、帆船の状態が目に見えて分かるようになり、穣司は感動を覚える。
使い込まれているが、傷んだ様子もない。張られた白い帆はところどころ、くすんだ色に変色しているが、綻んではいなかった。まさに熟練の風格だ。
そう思っていたところで、ふと違和感を覚えた。
張られたままの複数の帆は、穏やかにはためいている。しかし船は係留ロープで固定されておらず、錨も下ろされていなかった。それでも帆船は潮流や風で流される事なく佇んでいた。
なぜ流されないのか気になった穣司は、帆船を確認してみたくなる。
「ちょっと乗ってもいい?」
「どうぞ!」
アンジェリカの許可を得て、穣司は船に乗り込む。
帆船の知識はなくとも、どうやって流されずに停泊しているのか、興味津々だった。それに元の世界では帆船に乗る機会などなかったのだ。そのせいもあって、例え仕組みが分からなくても、船に乗るだけで楽しめる気がした。
しかし、乗船してすぐに、別の物に目を奪われる。
「あれ、これって」
甲板には無造作に転がっているライフル銃があった。
その銃は木製のストレートグリップで、ボルトアクション方式のようにも見える。台尻にはカードの差し込み口のような穴があった。
無骨で簡素な印象を受ける銃だ。銃器に詳しくない穣司でも、古さが感じられる。現代ではおそらく骨董品の類いになるだろう。それでも命を奪うのには十分な程に冷酷な兵器だと思わされる。
手に取って、床に立て掛けてみると、銃の先は胸元まで達し、全長の長さが際立った。銃口を覗くと、螺旋状の緩やかな五本の溝が彫られてあった。
この世界においても古式銃なのか、それとも最新式なのか分からない。が、少なくともそれなりに発展をしているのだなと感じられた。
「随分と古めかしい銃だけど、これはアンジェリカの?」
「えっ!?ジョージ様はこの武器の事を知っているんですか?」
「詳しくはないけど、知っている事になるのかな。って、その口ぶりからすると、アンジェリカの銃ではないんだね」
「はい!これは人間達から最後に襲撃された時に、相手から奪った物なんです。私達ダークエルフはこんな武器を知らなかったので、随分と苦しめられたと聞きました。それに多分ですけど、これは最新の武器だと思いますよ。だって魔法障壁と物理障壁を同時に展開しないと防げなかったんですよ!今まではそんな事はなかったのに。それにですね――っあ!」
アンジェリカは饒舌に語り始めた矢先、何か思い出したかのように、慌てて口を閉ざした。しまった、という顔をしている。
昨夜と同じく、ダークエルフがどんな過酷な目にあってきたのか、テネブラに知らせるべきではないと、思っていたのだろう。テネブラもアンジェリカと同じダークエルフな筈である。同族の悲劇を聞かせるには、まだ早いのかも知れない。
そんなアンジェリカは、額から汗を垂らしながら、錆びた蝶番のように、ぎこちなくテネブラに振り返る。
「どうしたの、アンジー?」
テネブラは首を傾げながら言った。
「え、あれ?いえ、その、何でも……ないです」
アンジェリカは腑に落ちないといった声で言った。
二人の奇妙な上下関係の方が、穣司は腑に落ちないが、気にしない事にした。いつもの事でもある。ダークエルフという種族特有の慣例が関係しているのかも知れない。
それよりもアンジェリカ達に何があったのか、先程の会話で全容が掴めてきた気がした。
彼女達は銃が何か知らない口ぶりだった。その未知の武器に苦しませられたという事は、相手はダークエルフより発達した文明を持つ者なのだろう。
そしてその相手はこの世界の人間であった。この世界が元の世界と似通った歴史を辿るのだとしたら、おそらく征服活動、あるいは植民地化活動でも行っているのだろう。元の世界でも開拓者が先住民に対して虐殺を行った歴史もある。ならばダークエルフ達も似たような目にあったのかも知れない。
それでも穣司は思う。
魔法というものがある世界でも、科学力や工業力の勝る種族が優勢になるのだろうか、と。
アンジェリカの言っていた魔法障壁と物理障壁というものは、おそらく防御的な魔法の類なのだろう。弾丸が防げるなら、ダークエルフにも勝算はありそうではある。
しかし、銃にしても魔法とやらを組み合わせた、この世界独自の銃だって可能性もある。そう単純な話ではないのかも知れない。
アンジェリカとテネブラの二人が会話しているのを、横目に見ながら、穣司は海に向かって銃を構える。
この手の銃は海外の射撃場で撃った事があった。その時の記憶を探るように、ボルトハンドルを起こして後ろに引く。装填口が開くが、空の薬莢が排出される事もなく、弾薬も入っていない。
「残弾なしか」
ボルトハンドルを戻しながら穣司は呟く。
どんな姿の凶弾が詰められていたのか気になったが、中身は空だった。弾がどのような形であっても、どうにか出来るものでもない。所詮は人が人を殺すだけなのである。
それでもアンジェリカの仲間達を死に至らしめるものが、どんなものであったか目にしておきたかった。
一体どのような大義を持って、この世界の人間はダークエルフを攻めたのだろうか。きっと相手にも相応の理由もあるのだろうが、それでも今の時点では、心情としてはアンジェリカ達に気持ちが傾いてしまう。
とはいえ、余所者である穣司が、介入出来るものではない。
それにこの世界の歴史は、この世界の住人が作るべきなのだ。
それでも……目の前で苦しむアンジェリカ達がいたら、きっと助けてしまうのだろうな、と穣司は考えてしまう。
理屈では分かっていても、感情ばかりはどうにもならない。既に繋がりを結んでしまっているのだ。余所者は傍観者であるべきだと、自分に言い聞かせても、割り切れるものでもない。
救える命があるなら、きっと助けてしまうのだろうし、泣いている人がいるなら、涙を拭ってあげたい。もしも己が欲望の為だけに、他者を蹂躙する者がいるとしたらその時は――
穣司は頭を横に振り、深い溜め息を吐く。
不確定な事をあれやこれやと考えても仕方がない。なるようにしかならないのだ。
鬱屈になりそうな気分を紛らわす為に、穣司は引き金を引いた。弾は入っておらず、当然の事ながら、破裂音が響く事もなない。虚しい空撃ちの音がするだけの筈だった。
しかし、銃身に光が灯る。
その光は一瞬にして、流れるように銃口に向かって収縮していき、極大の光が放たれる。辺りは眩い光に包まれた。レーザーにも似た光の衝撃波が、海面を割るように掻き分け、水平線の彼方まで突き抜けていった。
「うわっ!?」
想定外の事が起こり、背中をなぞるように冷たい汗が伝い落ちる。
弾もないのに発砲、いや発射するとは思っていなかった。
まだ撃ち足りないのか、尚も銃は光を帯びたままだ。
自分の能力が原因なのだろうか。しかし、撃つ事を考えてはいなかった。ではなぜ、レーザーにも似た光が放たれたのかと、考えても答えは出てこない。
穣司は咳払いをしてから、銃を床に置く。すると光は銃身に染み込んでいくように消えていった。
アンジェリカ達に視線を向けると、誰もが状況を理解していないようで、半開きの口のまま目を点にしていた。こういった時でも冷静な事の多い、テネブラでさえも呆然としている。
「あー、その、この世界の銃って凄いんだね。あはは……」
穣司は乾いた笑い声で、誤魔化すように言った。
我に返った彼女達は、力強く首を横に振った。そんなに威力のある武器ではありませんでしたと、言いたげな表情だった。
そんな中、アンジェリカだけは颯爽と船に乗り込み、床に置いた銃を手に取って、抱き締めた。嬉々とした表情で、宝物を扱うように、銃を撫でている。
「ジョージ様、この武器を私に下さい!」
アンジェリカは上目遣いで銃をねだる。
「え?いや、俺の物じゃないし、元からアンジェリカの物なんじゃないの?」
何故そんな事を聞いてくるのかと穣司は不思議に思う。聞く相手を間違っているんじゃないかと感じた。
「じゃあ私の物で問題ないですね!?」
「う、うん」
満足そうな笑みを浮かべるアンジェリカは、銃を大切そうに抱えて船を降りた。穣司も一緒になって船を降りる。
何かやらかしてしまった気がしたが、とりあえずは何事もなく収まった事になるのだろうか。
予想外の事に、帆船を見学する気が失せてしまったが、それは自己責任であり仕方がない。それに見ようとすればいつでも見学出来るのだ。
ただし、次からは不用意を引き金を引かないようにしようと、穣司は心に誓った。
「じゃ、じゃあ次は森と山を探索しようか」
そう言って穣司達は海辺を後にした。