20話 拓く魔法と穣りの能力
海岸に背を向けて、穣司達は来た道を戻る。
同じ道でも往路と復路では見える景色が違う事もある。それが不慣れな土地であれば、迷う事もあり得るだろう。
しかしこの島においては迷う事はない。建物から海辺までは一本の道で結ばれているからだ。途中に脇道こそあれど、分かれ道はない。だから迷う事はないのである。
林道という事もあり、似たような木々ばかりの風景だった。遠目に外輪山が見えるくらいだ。往路では、途中から澄んだ清流を左に見ながら歩いたが、復路ではそれが逆になる。その程度の変化であった。
当然、帰り道で迷う事はない。
しかし穣司は、道ではなく、考え迷いそうになっていた。
振り返ると一人の美少女が、嬉しそうにライフル銃を抱き締めている。あまりにもミスマッチな光景だ。これがぬいぐるみ等であったなら、誕生日の贈り物に喜ぶ少女にも思えただろう。
いや、彼女の年齢を考えれば、ぬいぐるみは卒業しているかも知れない。それでも無骨な銃より合っている気がした。何せ命を奪う事に特化した武器だ。彼女達に危険をもたらした恐ろしい兵器の筈である。
そんな物を彼女は大切そうに抱いていた。時折、赤子を撫でるように銃を撫でている。ナイフを舐める殺人鬼のような仕草に思えて、少しばかり不気味さも感じた。
これは流石に俺のせいじゃないよな?と、穣司は内なる自分に問い掛ける。
まさかアンジェリカに秘められていた銃マニアの気質が、開花するとは思わなかったのだ。もちろん人の趣味にケチつけるつもりはない。穣司としても海外の射撃場で楽しんだ事もあるし、銃という兵器に浪漫を感じる人の気持ちは分かる。
それでも、蕩けそうなくらい恍惚とした表情の彼女を見ると、少しだけ引いてしまう。
他の人達はキビキビと歩いていた。時々、木々を舐めるように見ている。アンジェリカの事は気にしていないようだ。それとも見ないようにしているのかも知れない。
そうして歩ていいると脇道に差し掛かった。
このまま真っ直ぐ歩けば建物に着くだけである。昼食までには随分と時間があるように感じるし、森の方面を探索する余裕もあるだろう。とはいえ子供達の体力も考えなければならない。
「結構歩いたけど大丈夫?疲れてない?」
子供達の方を向きながら、柔らかな声で穣司は言った。
「僕は大丈夫です!全然疲れてないです!」
「私もだいじょぶです」
「このくらい、平気」
チコとニーニャが口を揃えて元気良く言った。一拍子おいてからテネブラは平然とした様子で言う。
「そっか。じゃあこっちの道に行ってみよう」
穣司は言うなり、脇道に入った。
少し道幅は狭くなったが、こちらの道も整備されている感じがした。石塊一つ落ちていない。十分に陽光も入り込んでいる。
道から見える森も原生林のように無秩序に茂ってはいなかった。人が入って行っても問題ないように見える。
「あ、ジョージ様、ちょっとお待ち下さい」
何かを発見したのか、ティアが森の中には入って行く。
少し離れた所に生えている、背の低い木に近付き、何かを摘み取り始めた。
「見て下さい、イグの実がありました!このまま食べても瑞々しくて美味しいですけど、干すと更に甘くなって美味しいですよ」
ティアは戻ってくるなり穣司に果実を渡した。それから全員にも果実を渡す。
鶏の卵程度の大きさの果実だ。若葉色の皮は柔らかく、握れば簡単に潰れてしまいそうだ。
皮を剥くべきなのか、このまま食べるべきなのか分からない穣司は、周りを見て食べ方を確認する。
ティアは皮を剥かずに、そのまま食べていた。目を細めて「あぁ……」と喜びに浸っている。
ならばと穣司も皮のまま食べる。
口の中に入れて咀嚼した瞬間、とてつもない甘味が口の中に広がった。白くて柔らかい果肉は、いちじくにも似た甘さだ。キウイフルーツの種にも似た、ぷちぷちとした食感も小気味良い。ティアが美味しそうに食べる理由が分かる。これは美味しいなと穣司も頷く。
そうした小休憩をはさみながら穣司達は道なりに進んだ。
清流に架けられた木製の橋を渡り、ハイキング気分で和やかに歩いてると、開けた場所に着く。
そこは小さな飛行場でもあったのかと思わせるような広さがあった。森と開けた場所との境界が、はっきりと分かる程に、整然とした長方形に切り取られている。人為的なのは明らかだ。
森との境界に沿うようにして、建てられている人工物もある。蒲鉾のような半球状で横長の白い建物だ。それが旅客ターミナルに思えてしまい、ますます飛行場跡地に思えてしまう。
しかし人の手から離れて長い時間が経っているのか、開けた場所は、無秩序に伸びた雑草が覆いつくしている。大人の背の高さまで伸びている荒れ地だ。
「これは飛行場……な訳はないか」
穣司がぽつりと呟く。
「……ひこうじょう?それはなんですか?」
アンジェリカが首を傾げて言った。どうやらそういった概念がまだないらしい。
「あー、なんて言えばいいかな。空を飛ぶ乗り物の港って感じかな。まだこの世界では発明されていないのかも知れないけど、いつか発明されるかもね」
「空を飛ぶ乗り物!?そんな物が!?でも……龍属や大鳥属の他にも、翼人種が黙っていないかも知れないですね」
「おお!龍がいるんだ!って事は龍に撃ち落とされるのかも知れないのか」
「はい。なので、空を飛ぶ乗り物は、発明されないかも知れないです。私は飛行魔法は出来ないので、空を飛んでみたくはありますけど」
なるほどな、と穣司はまだ見ぬ龍に思いを馳せた。
穣司は大鳥属や翼人種の事は知らなかったが龍の事は知っている。多くの架空の生物の中でも、やはり龍は一番有名だからだろう。
西洋式の龍であれば、ずっしりとした図体で爬虫類を思わせる鱗に大きな翼。長い尻尾で敵を薙ぎぎ払い、鋭い牙のある口からは灼熱の火炎を吐き出すといったイメージがあった。
東洋式の龍の姿は、七個の珠を集めると、どんな願い事でも叶えてくれる漫画の生物か、おっかない人達の背中に彫られている絵が思い浮かんでしまう。
そのどちらにしても、龍なんて珍しい生物はこの世界でしか見られないだろう。機会があるなら実際にこの目で見てみたいものだなと、心も弾んだ。
「ここは、ひこーじょうじゃなくて、畑だった場所。それと、いつか龍にも会える。もしかしたら、向こうから会いにくるかも。だから大丈夫」
テネブラが穣司の服をくいっと引っ張りながら言う。
想像を膨らませているのを察したのか、龍の事まで語ってくれる。大人が子供に言い聞かせるような口振りに、穣司は思わず頬が緩む。
わざわざ龍が会いにくる事はないだろうが、それでもそう言ってくれるのは、この子の優しさなのだろうと感じた。
だから穣司は「ありがとう、それは楽しみだ」と言ってテネブラの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めている姿が愛らしい。あの狼に似た獣を思い出す。
「あっ、ジョージ様!ここが畑だったなら耕してもいいですか?いいですよね?」
何かを思い付いたように目を大きく開いたアンジェリカが快活に言う。
「今後の食料の確保を考えれば農耕は必要だと思うけど、勝手にやっていいのかな」
穣司は島民でもあるテネブラを撫でながら尋ねる。
「元々畑だったから、大丈夫。それに、おとーさんが良いと思ったものなら、何をしても問題ない」
撫でられてご機嫌のテネブラは、穣司の全てを肯定するかのような笑顔で言った。
「そ、そっか。流石に何でもしちゃうのは気が引けるけど、耕すくらいなら大丈夫かな」
穣司がそう言った途端に、アンジェリカが意気揚々と近付いてくる。弾むように歩き、胸も弾んでいる。
彼女は穣司の横に立ち、左手に銃を抱えて、右手を荒れ地に向けてかざした。
「切り裂く疾風の刃」
彼女がそう唱えた途端、旋風が巻き起こった。
その小さな竜巻は、何重にも刃が取付られた草刈り機のように、次々と雑草を切り裂いてゆく。
穣司は自分以外の人が放つ、初めての魔法を目の当たりにして、興奮を感じていた。これぞ異世界だと、小さく拍手する。
自分のように神様から授かったインチキ紛いの能力ではなく、彼女が努力して会得した魔法だ。対人向けの殺傷能力もあるのだろうが、このように応用も出来るのだなと感心した。
その風切り刃は見事な刈り具合だった。雑草が面白いように切り裂かれている。生き物が食らえば、ひとたまりもないだろう。しかし刈られた雑草は舞い上がり、降りながら辺りに飛び散っていた。
「おお、凄い……けど、かなり飛び散っちゃったね。この旋風が地面を転がるような感じになると、今のよりは飛び散りにくそうだし、そっちの方が効率良さそうだね」
「ですよね!?ジョージ様もそう思いますよね!?でも、小高い所から見下ろさないと、距離感が掴みにくくて難しいんです。いつもは高台に上って耕すんですけど、ここにはありませんよね?なので、私を抱っこして浮かんで下さい!」
待ってましたと言わんばかりのアンジェリカは興奮して言った。
飛ぶ事が彼女の中では確定事項なのか、自身の背中を見せるように、穣司の前に立ち、銃を掴んだまま両手を広げている。
「う、うん?」
この子は何を言っているんだろうと穣司はたじろぐ。
確かに絨毯爆撃等のローラー作戦のように、俯瞰しながらの方が、作業もやりやすいのは理屈としては分かる。が、すこし大胆過ぎるのではないだろうかと思い悩む。
助け船を求めようとティア達に目をやると、彼女達は羨ましそうに、こちらを見ていた。その手があったか、と悔しそうにも見える。
そこで穣司は気付く。
ああ、そういえば彼女達には空を飛ぶ機会など無いんだなと。
空を飛んでみたいと思った事は誰にでもある筈だ。しかし、この世界には龍や大鳥、翼人といった種族がいる為に、飛行機といった発明は世に出る事はないだろう。かの有名な兄弟のような偉人は生まれないのだ。つまり飛行魔法を使えない限り、人は空を飛ぶ事が出来ない。
アンジェリカの回りくどい態度に納得がいった穣司は「じゃあ飛ぼうか」と言って、彼女の背後から抱き抱える。不本意ではあるが、彼女の腹に手を回し、密着して抱き締める形だ。脇から持ち上げる形だと、自由に腕が使えないだろうと、考慮したからである。他意はなかった。
「これ……夢だったんです!」
「そっか、じゃあ思う存分楽もうか!」
「はい!」
これでもかというくらいに、嬉しそうに言うアンジェリカに、穣司も楽しい気分になる。夢は大事な事だ。それがあるから、頑張っていける事もある。
およそ20mくらいの高さまで浮かび上がると、アンジェリカは再び魔法を唱えた。
今度は空に伸びる竜巻ではなく、地表を撫でるように風が転がっている。まさにローラー作戦だ。耕運機で鋤込みするように、じわじわと雑草を切り裂き、土を耕していく。多少、土煙も上がるが、許容範囲内だろう。
そうして、ゆっくりではあるが、端から端へと耕し終わる。茶色の土と、緑の雑草が入り交じった農地へと様変わりだ。
作業が終わり、地に降りる。
アンジェリカは満足そうに、目を細めていた。よほど楽しかったのだろう。
「おとーさん、次は私」
穣司達の後を追従していたテネブラが、期待に満ちた表情で駆け寄ってくる。
「うん、分かった。おいで」
穣司はテネブラを背後から抱き締めて浮かび上がる。
もう耕し終わってしまったが、これ以上何をするつもりなのかと、疑問は持たなかった。単にアンジェリカが羨ましかったのだろう。そう思っていた矢先、テネブラも魔法を唱えた。
「生を絶つ闇」
唱えた直後、地を這うように、漆黒の霧が覆っていく。
その霧は耕地に浸透するかのように溶け込んでいき、土と混ざり合って切り刻まれた雑草が、瞬く間に枯れて土に還っていった。
発酵魔法とでもいうのだろうか。青々しかった雑草は完熟堆肥のように黒ずんでいた。悪臭もなく、土の香りだけが漂っている。
「おぉ……これも凄い!」
「えへへ」
穣司は大いに感心した。
アンジェリカの魔法も称賛するべきものであったが、テネブラの魔法も一際素晴らしいのだった。
魔法で発酵を促進させられるとは驚きものだ。発酵菌がどのように働いているのか、全くもって不明であるが、それでも発酵食品や酒を一瞬にして作る事が出来る可能性を秘めているのだ。
地に降りると、土の良い香りが鼻腔をくすぐった。手に取ってみると、ふかふかとして柔らかい。土の違いなど分かる訳でもなかったが、作物がよく育ちそうな気がした。
やってきたティアも屈んで土を手に取った。指で擦って土質を確めている。それから満足そうに頷いた。
そんなティアをよそに、テネブラは「種を取ってくる」と言って、アンジェリカを率いて、白い建物に向かって駆けていった。
その場に残された穣司は、手持ち無沙汰に畑を眺める。
農業は専門外だ。作物を育てた事なんて、小学生の時に授業で植えたサツマイモくらいであった。その時の知識なんて覚えてもいない。ただ、その時は畑に畝があったような気がした。
しかし、この耕したての農地には畝がない。畝があった方がいいのか分からないが、平らな畑は少しだけ寂しくも映る。
「畝も必要だったりする?」
何か自分にも出来る事はないかと、穣司は農業の知識がありそうなティアに聞いた。
「どのような作物の種があるのか分かりませんが、半分くらいは畝があっても良いかも知れませんね。ですが、残念ながら私はアンジェリカのように魔力が多くないので、この規模の農地では半分すら畝を作れません。残念です。本当に……本当に残念でなりません。私もジョージ様と空を飛びたかったです」
ティアは手に胸を置き、しょんぼりと項垂れる。
その大袈裟な気の滅入りように、思わず吹き出してしまいそうになる。成人した女性ではあるが、たまに見せる少女のような仕草が微笑ましい。やはり空を飛ぶのは人の夢なのだろうか。
「じゃあ俺が畝を作ってみるよ。それと、一緒に浮かんでみる?他の人達もどうかな?」
「よ、よろしいのですか?」
穣司が提案すると、ティアは花がパッと開いたかのような笑顔を見せた。チコやニーニャ、他の女性陣達も笑みを浮かべて「はい」と力強く頷く。
「もちろん、いいよ。じゃあ力を抜いてね……浮け!」
穣司がそう言うと、ティア達は重力から解き放たれたように、ふわりと浮かび上がった。
彼女達は歓声を上げながらも、不慣れな無重力感に手足をばたつかせる。それ故に下着が見えそうになっていた。
(おっと、まずい)
そんなつもりはなかった穣司は、目を逸らしながら浮かび上がる。彼女達より高い位置まで浮かんだ。
性欲があれば、おそらく見ていた。しかし今はそういった気が起こらない、常時賢者タイムである。それ故に罪悪感にも似た申し訳なさが募る。
少し慣れてきたのか、彼女達は落ち着きを取り戻した。浮力に身を任せて、ふわりと浮かんでいる。
「わ、私が思っていたのと違うのですが、これは気持ちの良いものですね!あの、ほんの少し違うのです、本当にほんの少しですよ?私もアンジェリカのように、その――」
「わぁ、凄いや!」
「わぁー!」
ティアの声は途中から歓声に掻き消され、言葉の最後は穣司に届く事はなかった。各々は浮かび上がる事に夢中で、周りが見えていないまま、目を輝かせ楽しんでいる。
「よし、じゃあ次は……畝!」
穣司は手をかざして畝を思い浮かべる。
長距離バスや列車の車窓から眺めた、長閑な風景が脳裏に浮かんだ。規則的に作られた畝が、広大な農地に陰影を作り出している風景だった。
すると煌々とした粒が降り注ぎ、一瞬にして耕地の丁度半分を覆いつ尽くした。絨毯のように広がった光の粒は、一度強く煌めいた後に淡く消える。
その光の跡には畝が作り上がっていた。巨大な型で、上から型押しされたかのような、整然とした畝だ。規則的で歪みも見られない。
「お、いい感じかな?」
穣司は想像通りの出来映えに頷きながら呟く。
「素晴らしいです!」
ティア達は示し会わせていたかのように口を揃えて称賛する。
穣司は気恥ずかしくなり、顔の前で手を振って「いやいやいや」と苦笑して誤魔化した。
テネブラやアンジェリカとは違い、自分の努力で獲得した能力ではないのだ。褒められても素直に喜べなかった。
そうしていると、テネブラ達が袋を抱えて戻ってくる。出来上がった畝を見て「おぉ」と感嘆の吐息を洩らした。
「種取ってきた。けど、何の種か分からない。分かる人はいる?」
テネブラはそう言って、種の入った袋を降ろし、紐を解いて口を開ける。アンジェリカもそれに続いた。
農耕の知識があると思われる複数の女性が、各々に種を手に取って見分しながらの、話し合いが始まった。こういう知識に強いのか、ティアが中心になっている。お互いの意見を出しながら、種を確認していた。
穣司はそれを眺めていた。見たところで種の種類など、向日葵くらいしか知らないのだ。議論の輪に入ったところで邪魔にしかならない。
そう感じているのは、アンジェリカや子供達も同じなのか、穣司の横でティア達を眺めていた。
程なくしてティア達による種の議論が終わった。
満面の笑みを浮かべる彼女達は、手のひらに種を乗せて、穣司に差し出した。
「見てください!マイーズやトマーテもありますし、レンデ豆の種だってあります。その他にも沢山のお野菜の種がありました!これが実ると食卓が豊かになりますよ」
「おお、じゃあ早速だけど種蒔きしようか」
「はい!」
希望に満ちた彼女達の笑みに、穣司も穏やかな気分になる。
すぐに実る訳ではないが、それでも食材の確保の目処が立った。これで衣食住の不安は全て解決されるだろう。
そうして皆で手分けして種を蒔き始める。
種の種類によっては蒔き方が変わるらしく、ティア達に教わりながら、一つの畝に一種類の種を蒔いていった。
種を蒔き、その上から土をかけて、土が飛んでいかないように軽く押さえる。それから魔法で霧状の水を、浴びせていけば、一先ず作業完了だ。
それで本日の農作業は終わりとなった。
手作業でやるには農地が広いし、全ての畝に種蒔きをする時間もない。細かな作業に魔法を用いるのは向いていないらしく、種蒔きは手作業になるという事だ。今日は農地の一角に種を蒔いた程度であった。
それにそろそろ昼食時でもある。子供達の腹からも、空腹を訴える音が聞こえてきた。それ故に本格的な農作業は明日からでもいいだろう、という事になったのであった。今日はあくまで探索が目的で、農業はその副産物でしかない。
しかし、気持ちが逸る穣司は、今すぐにでも実った姿が見たかった。
異世界の作物がどのような姿なのか興味があるが、この目で見られるとは限らない。下手をすれば収穫時期には、この地を離れているかも知れないのだ。
だから能力を使ってズルをする。
本来なら自然に育つのを待つべきであり、自然の営みをねじ曲げてまで、やるべきではない事も分かっている。それでも彼女達と、喜びを共有したかった。
故に穣司は願いを込めて言葉を放つ。
それは自身の名を表す文字の一つでもあった。
「穣れ!」
その言葉の直後、いつもよりも輝きを増している光の粒が、種蒔きをした箇所にだけに降り注いだ。
すると早送り動画でも見ているかのように、次々と芽が顔を覗かせる。それはあっという間に育っていき、丸々とした瑞々しい作物が実った。
見事に育った作物を見て、自分が豊穣の神にでもなった気分になる。名の通り、穣りを司る、である。
畝の上には様々な野菜が実り、太陽の光を浴びている。つい先程まで種だったとは思えない成長ぶりだ。
マイーズと呼ばれている玉蜀黍に似た白い作物や、トマーテと呼ばれているトマト同然の野菜の他にも、様々な野菜が実っていた。
アンジェリカ達は、呆気にとられたのか、言葉を失っている。何度も瞬きして、穣司と畑を交互に見つめていた。
「驚かせちゃってごめんね。勝手に育てちゃったけど、味見してみない?」
穣司は朗らかに笑う。
「え、ああ……はい!」
アンジェリカは、状況を飲み込めたのか、はっとした表情の後に、白い歯を見せながら言った。
それに続くようにして他の人達も「はい!」と頷く。テネブラは嬉々とした表情を浮かべながら何度も頷いていた。
穣司は先陣を切り、まずトマーテを摘み取る。
片手で掴むには丁度良い大きさだ。馴染みのある大玉トマトではなく、円筒に近い形をしている。
一噛みすると、濃縮された旨みのある果汁が口の中に広がった。青臭さはなく、酸味と甘味のバランスが絶妙だ。咀嚼して飲み込んだ後も、口の中にトマトの余韻が残っていた。何ともいえない甘みが舌に残って心地好い。
「ああ……これは美味しいな。ほら、皆も食べようよ」
穣司がそう言うと、彼女達もトマーテを摘み取り、一噛みする。
その瞬間、彼女達は一度大きく目を開いてから、ゆっくりと瞳を閉じた。目尻を下げて、恍惚にも近い表情をしている。
そして、ゆっくりと咀嚼して、口の中に広がるトマーテを存分に味わってから、惜しむように飲み込んだ。
「ああ……これは美味しいですね。ジョージ様の育てたトマーテ、大好きです!」
「なんて!なんて美味しいのでしょう!これ程までに濃厚で美味しいトマーテは初めてです!ああ、素晴らしい。搾って飲み物にしたいくらいです!」
「僕もこんなに美味しいトマーテは初めて!」
「すごくおいしい!」
「うん、美味しい。おとーさんが、作ったから、とても美味しい」
誰もがトマーテの味を絶賛していた。
無理に成長させて不味かったら元も子もないが、彼女達が満足しているようで何よりだ。顔を綻ばせながら、トマーテを齧っている彼女達を見ていると、穣司も嬉しくなった。
ひょっとすると、この島に保管されていたトマーテの種は、彼女達が日頃から食していたトマーテより、美味しい品種なのかも知れない。
「このまま他の野菜も味見していると、お腹一杯になりそうだから、続きは帰ってからにしようか。建物に残っている皆と一緒に試食もしたいし」
「はい、楽しみですね!」
そうして穣司達は様々な野菜を摘み取り、両手に抱えて帰路につく。アンジェリカは銃を脇に挟みながら、器用にマイーズを抱えていた。
この半日だけでも収穫は大きい。もちろん野菜という意味だけではない。
ダークエルフが誰と戦い、誰から逃げてきたのか、知り得た。敵は人間。この世界でも銃を作り出す工業力を持っている。もしも彼等が侵略国家であるなら、この世界の人間は他にも火種も抱えているかも知れないと推測出来る。
この情報が旅人としての一番の収穫だろう。世界情勢を知らないまま旅をするには問題がある。穣司の見た目は人間だ。勘違いされて、争いに巻き込まれる恐れだってある。神如き存在になっている今では、傷を負う事はないだろうが、だからと言って争いに巻き込まれたい訳でもない。情報は大切なのだ。
そして、この島の自然の豊かさを知れたのが、観光者としての一番の収穫だ。
穏やかで暖かい気候に、透視度の高い素晴らしい海。ダイビング経験のある穣司としては、それだけで十分な遊び場だ。海の中を探索するのもいいだろう。この世界の海洋生物を眺めるも良し、食してみるのも良しだ。それでいて森を散策していても気持ちが良い。清流に足を投げ出して休憩すれば、気持ち良い筈だ。あの獣と一緒に登った山の上で、星を眺めるのも楽しいだろう。
この島にいつまで滞在するかは、気分任せで風任せだ。
元の世界では、数日で通過した国もあれば、滞在期間ぎりぎりまで、一つの国に長く留まる事もあった。それが、この島ではどうなるのか、穣司は自分自身でも分からない。
何しろ異世界旅は始まったばかりなのだから――




