第1章第1話
雨音が静かに鳴り響く初夏の日曜の夜。
真面目だけが取り柄の少年──秋月文弥が机に向かいペンを走らせていると、スマホのバイブ音が部屋に響いた。
ペンを置き、スマホを手に取って画面をタップした瞬間──そこには衝撃的なメッセージが届いていた。
『一馬でーす! 秋月文弥くんの彼女を寝取っちゃいました!』というメッセージとともに動画が添付されていた。
煽り文句とともに添付されていたのは一本の動画。
「……何だこの動画は」
文弥の顔はみるみる青ざめ、スマホを持つ手が小刻み震えている。
中学二年生から現在の高校一年生に至るまで付き合っている彼女──槙原紬は、文弥と同じ地味で真面目な、浮気など到底しそうもない少女だった。
顔も普通、スタイルも普通、けれど同性にはわからない何となく愛嬌がある女の子。
それが紬だった。
動画を閉じれば良かった。
しかし、自身の目を信用したい衝動に抗えず、文弥は動画を再生してしまう。
盗撮された画面の中で、彼女の紬はクラスメイトの瀬名一馬に抱かれていた。
気持ち良さそうな顔ではなく、苦し気な表情でただ機械的に腰を動かされている。
それを見た瞬間、文弥の熱くなった目頭から歓喜の涙が溢れ出した。
そして、どこまでも清々しい声で告げる。
「Wonderful……!! 僕が求めていたのは、これだったんだ!!」
謎の声(え? 何言ってるんだ君は?)
文弥の顔は夕焼けのように紅潮し、昂る股間はかつてないほど膨張していた。
食い入るように動画を見つめる文弥。
だが、動画はあまりにもあっけなく終了する。
そう、一馬はまれに見る早漏だったのだ。
それでも文弥は諦めなかった。
何度も、何度も動画をループ再生し、一晩中自身の股間を慰め続けた。
文弥の内に眠っていた、歪んだ性癖が完全に目覚めた夜だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日。
人生で一番の爽やかな朝を迎えた文弥は、天にでも昇るような軽やかな足取りで学校へと向かっていった。
寝不足で疲れているはずなのに、ドーパミンが出ているせいか、文弥の体は信じられないほど軽かった。
学校の教室に入り、自分の席に座ろうとすると、嬉しそうににやけた顔をした一馬が近づいてきた。
「よう、ちょっと話があるから来てくれ」
「うん、わかった」
文弥は満面の笑みで頷いた。
二人は教室を出ると、隣の空き教室へと入っていった。
すると、教室の中には真っ青な顔をした紬が俯きながら足を震わせて立っていた。
昨日の休日、一馬は自宅であるマンションに紬を連れ込んで盗撮した動画を盾に、秘密にする代わりに俺の言うことを聞けと登校一番、彼から呼び出されたのだ。
文弥に動画を送ったことを一馬から聞かされた紬は、目を赤く腫らして泣きじゃくっていた。
そんな紬の肩に一馬が手を回し、勝ち誇った顔で文弥を見つめている。
「悪いな、彼女寝取っちゃてよ。はははっ」
高々と笑う一馬。
しかし、次の瞬間、文弥から思ってもいなかった言葉が返ってきた。
「ありがとう。一馬くん。君のおかげで新しい世界が見えたよ。」
文弥は満面の笑みを浮かべると、深々と頭下げた。
謎の声(本当に何言ってるのこの人)
「……つ、強がるなよ。負け惜しみか?」
「何言っているんだい? 本当に一馬くんには感謝しかないよ!」
文弥は一馬の手を取ると、両手で握りしめた。
「て、手を離せ! 気持ち悪い!」
想像もしてなかった出来事に、一馬は狼狽している。
一馬は今まで数多くの人の彼女を寝取ってきた。
寝取られた彼氏の苦痛の表情を見ることに喜び覚え、特に純朴そうなカップルに狙いを定め悪行を繰り返してきた。
しかし、感謝されるなんて初めてだったのだ。
もしかして、俺はこの二人にハメられたのか? とも一瞬一馬は思ったが、文弥の純粋で真っ直ぐで狂気に満ちた目を見る限りそれはなさそうだと気づいた。
一馬はこれまでの自分の存在価値を否定されたようなショックで、泣きそうになっていた。
そんな中、紬が一馬の手を勢いよく振り払うと、ぼろぼろと涙を流しながら文弥の前で土下座をした。
「ごめんなさい……文弥くん……魔が差したの……ただの好奇心で……もう浮気なんて二度としないから許してください……っ」
紬は一馬を好きになったわけではなかった、ただ文弥以外の男性と一度だけ性行為がしてみたいという好奇心からだった。
しかし、いざやってみたら一馬のプレイは文弥と比べると、ど下手くそで全然気持ち良くなかった。
文弥はプレイに対しても、元来のとても真面目な性格が発揮されていた。
紬がどうやったら気持ち良くなってくれるのかを、ひたすら追い求めて努力し続けていたからだ。
紬はこのたった一度の過ちが、取り返しのつかないことになるとは想像もしてなかった。
そんな紬を、文弥は優しい笑みを浮かべながら穏やかな口調で諭す。
「紬。何言ってるんだい。僕は怒ってないし、別れる気もないよ」
「私のこと許してくれるの? ありがとう……うう」
「許すも何もないよ。これからも紬は一馬くんにじゃんじゃん寝取られてくれ! 一馬くん。これからも寝取られ動画を頼むね!」
文弥はとても嬉しそうな笑みを浮かべてサムズアップをした。
「「えっ?」」
静かな朝の空き教室の中で、二人の声が見事に重なった。
キンコーンカンコーン!
カオス状態の空き教室にチャイムが鳴り響く。
「あっ、教室に戻らないと。一馬くんと紬、行こう」
呆然としている二人をよそに、文弥は教室へと戻っていった。
取り残された二人は、思考がストップしてしばらくその場を動けなかった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後。
文弥はいつものように、静寂に包まれた図書室で勉強をしていた。
文弥が勉強に集中していると、一人の少女が声をかけてきた。
「文弥くん……ちょっといいかな?」
文弥がペンを止め、顔を上げると中学時代から友達の浅井初音が深刻そうな顔を浮かべていた。
「どうしたんだい? 初音」
「ここだと……ちょっと……あっちでお話しましょう」
初音は人気の無い本棚の方へ行くように文弥を促した。
「何の話なの?」
初音は険しい顔をして唇を噛みしめると、ゆっくりと口を開いた。
「言いにくいんだけど……私、見ちゃったの……」
「何を見たの?」
「紬が瀬名くんとマンションに二人で入っていくところを……」
初音は泣きそうな顔をしていた。
親友が浮気したのを親友に告げ口する罪悪感と悲壮感が、心の中で入り乱れていたのだ。
彼女も真面目な性格で、地味な眼鏡をかけた大人しい少女だったからだ。
初音は小柄で童顔な女の子、しかし、誰もが目を奪われるほどの巨乳の持ち主。
一部の人たちからかなり刺さる、スキルを持っている少女だった。
「あ、あれ一馬くんのマンションだったんだ。それなら知ってるから大丈夫だよ」
「えっ? 文弥くん、知っていたの?」
初音は驚いて目を見開いた。
「うん、一馬くんに紬を寝取られたんだ。はは」
文弥は本当に嬉しそうに笑って答える。
「な、何でそんな嬉しそうに笑ってるの?」
謎の声(私もそう思う)
予想もしてなかった文弥の態度に、初音は頭の中が混乱していた。
「僕は新しい世界に目覚めたんだよ。一馬くんと紬のおかげなんだ」
文弥は何かを悟ったような遠い目をしていた。
「どうするの?紬とは別れるの?」
「え? 別れないよ」
「いいの? 浮気されたのに……」
「うん、これからも一馬くんに寝取ってもらう予定だからね。話ってそれだけかな?」
「そ、そうだけど……」
文弥の思ってもいなかった答えに、初音は困惑している。
「じゃあ、勉強があるからこれで」
文弥は軽く手を上げると、その場をスキップしながら去っていった。
取り残された初音は文弥の理解できない答えに頭を悩ましていたが、やがて自分には理解できないことだと気づき思考を停止した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
勉強を終えた文弥が帰路に着こうとすると、正門の前で紬が佇んでいた。
紬が文弥に気づくと、小走りで駆け寄っていった。
「文弥くん! 待ってたんだ! 一緒に帰ろう!」
紬は悲壮な表情を浮かべて、必死に懇願している。
「いいよ。帰ろう」
そんな紬とは対照的に、文弥は爽やかな笑顔を浮かべている。
駅へと向かう道を歩く二人。
しばらく沈黙が続いたが、紬が重い口を開いた。
「あ、あの、文弥くん! もう私、絶対に浮気はしないから!」
「はっ? 何言ってるの? これからもじゃんじゃん一馬くんに抱かれなよ」
紬の言葉に、文弥は嫌悪感を露にした。
「私はもう文弥くん以外の男の子に抱かれるのは嫌なの!」
「悪いけど僕はもう紬を抱くことはできないよ」
「な、なんで? 浮気をしたから……?」
「紬を抱くよりもっと素晴らしいものを見つけたんだ……もうあの快感に目覚めてしまった僕は紬を抱くことでは興奮もできないよ……」
文弥は再び何かを悟ったような遠い目をしている。
「な、何なのそれ?」
「僕は君を抱くよりも、君が誰かに抱かれてるところを見たいんだ」
文弥のあまりにもショックな言葉に、紬はそこからは何も言うこともできなくなった。
沈黙が続く中、綺麗な茜空が二人を照らしていた。
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