1. 失恋と、異世界での出会い
初投稿です。よろしくお願いします。
※第1~2話は少し重めの展開があります。
第3話以降は、騎士団でのお仕事や騎士たちとの日常を中心に、明るめのお話が増えていきます。
※キービジュアルを追加しました。
「――本当にごめん。莉奈、実は俺……結婚してたんだ」
仕事を終えた後、いつものようにカフェで待ち合わせして、コーヒーが届いた直後の言葉だった。
28歳の誕生日を目前に控えた私は、一瞬、耳を疑う。
頭の中のネジが吹き飛んだように、これまでの半年間の記憶が急速に色褪せていった。
「それとさ……昨日、奥さんが出産したからもう会えない」
「は? 結婚してた……? 出産っ!?」
「奥さんがさ、妊娠中で実家帰ってるもんだから、暇でさ。その間に寂しくてアプリ始めちゃったんだけど。莉奈が可愛かったから、やり取りし出したんだけど、まさかうまく行くなんて思わなくてさ」
男は申し訳なさそうな顔を作りながら、信じられない言葉を並べ立てる。
「だんだん罪悪感も出てきたし、そろそろ潮時だと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて……」
バチーーーン!!
思いの外激しい音が、カフェの店内に響き渡った。
私は頭に血が昇り、人生で初めて、人の頬を力任せに張り飛ばしていた。
「り、莉奈っっ!?」
さらに、呆然とするクズ男の足の甲に、私はお気に入りのパンプスで思い切り踏みつけてやった。
「いったあぁぁぁ!?」
「二度と連絡してくるな、クソ野郎が! お前みたいな奴、地獄に堕ちろ!」
周囲の視線も構わず怒号を叩きつけ、私はカフェを飛び出した。
ショックで何を口走ったのかは覚えていない。あんな汚い言葉を口にしたのも人生で初めてだった。いつかテレビのドラマで見たセリフの真似事だったかもしれない。
奥さんの妊娠中に浮気する男がいる、とは聞いたことがあって知ってはいた。
だけど、まさか自分がその『浮気相手』に仕立て上げられていたなんて、夢にも思わなかった。
必死に涙を拭いながら街を歩く。
悲しい。辛い。胸が苦しい。
これまでのやり取りや優しさが全部嘘だったのかと思うと、やりきれない。
それに――自分の見る目のなさに、猛烈にがっかりした。
(男なんて、もう一生いらない……)
すべてを諦めて、重い足取りで夜の住宅街を歩いていた、その時だった。
キィィィィィッ!!
パーーーーー!!
鼓膜を突き刺す激しいブレーキ音と、クラクション。
視界を埋め尽くす、トラックの凶悪なヘッドライト。
(あ、やば――)
そう思った瞬間。
私の世界は、衝撃と共に真っ白に染め上げられた。
◆
「大丈夫ですか?」
低く、落ち着いた声に意識が覚醒する。
薄らと目を開けると、そこは見知らぬ深い森の中だった。
目の前には、仕立ての良い黒い軍服を纏った体格のいい男性が、心配そうに片膝をついて覗き込んでいた。
「……大丈夫ですか? 気を失っていたようですが、どこか痛むところは?」
新緑のように鮮やかで美しい緑の瞳。彫刻のように整った顔立ち。
銀色の髪は後ろで無造作に一つに束ねられていて、長めの前髪がその端正な顔にかかっている。
それに黒い上着の上からでも分かる逞しい胸板。
まさに物語に出てくる騎士、そのものだった。
(あ、あれ……? 私、トラックに……)
「ここは魔物が出る危険な森です。……お怪我はありませんか?」
「……魔物?」
ぼんやりとする頭を何とか覚醒させて、周囲を見回す。
いつもの見慣れた街灯も街並みもなく、私は鬱蒼とした山の中に倒れていた。
「私の名前は――アルベルト・フォン・ディートリヒと申します。こちらに雷が落ちたと報告があり、山火事になっていないか見回り中でした」
アルベルトさんは、焦げ跡のある大きな木を振り返る。
「あの木のあたりに雷が落ちたようで、少し離れたこちらにあなたが倒れておられました」
そう言って、私を気遣うように優しく手を差し伸べてくれた。
だけど、その表情はどこか固く、必要以上に私との距離を取ろうとしているのが分かった。
こちらに怯えられないよう気遣っているのか、あるいは警戒しているのか、独特の「壁」を感じる。
クズ男に裏切られた直後の私には、彼のその一線を引いた態度が、むしろ心地よくて安心した。
「助けていただき、本当にありがとうございます。私は――」
そこで私は、ふと口をつぐみ、思考がフリーズした。
(待って。ここってもしや海外、いや異世界? だったら名字と名前、どっちを先に言うべき……? リナ・ヤマダ? それともヤマダ・リナ?)
トラックに撥ねられたショックのせいか、それとも現実味がなさすぎて「これは夢なんだ」と思い込もうとしているせいか。
頭の片隅で、どうでもいい疑問がぐるぐると渦巻く。
「……私は、山田莉奈と申します。リナ、と呼んでください」
差し出された手を借りて、何とか立ち上がる。
「……あの、おかしなことを伺いますが、ここはどこでしょうか? さっきまでいた場所と、あまりにも違いすぎて……」
アルベルトさんは驚いたように、わずかに緑の目を見開いた。
「……リナ殿。ここは危ないので。一度、騎士団の庁舎へ移動して、お話を聞いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
(もしかして……これって、ネット小説でよくある『異世界転移』っていうやつ?)
まさか、そんな話を読みすぎて、事故に遭った自分が都合のいい夢を見ているのだろうか。
だけど、肌を撫でる冷たい風も、草の香りも、触れる手の温もりも、すべてが残酷なほどリアルだった。
一気に押し寄せてきた強い不安に、私は今にも泣き出しそうになっていた。
異世界あるあるですが、良かったら見てください。




