第一章(1)黒い悪魔《キービジュアル・登場人物紹介有》
《登場人物紹介》
◾️吉野 遍 九頭竜ホールディングス 営業部 営業一課 平社員
7/23生まれ25歳 A型 174cm 64kg 黒髪のツーブロ。関西弁。八重歯。
実家は高槻。天満の古いマンションの502号室(事故物件)
人懐っこい。上司にも同僚にも可愛がられる。後輩に頼られる。誰に対してもやさしい。
すばしっこい。酒弱い。甘い飲み物と肉が好き。
持ち物が少ない。家の鍵に小学校の遠足のときに買ったせんとくんのキーホルダーつけてる。
休日は寝て過ごすタイプ。
◾️白川 古都
九頭竜ホールディングス 経営戦略部 経営・査定課 主任
12/31生まれ 29歳 AB型 185cm 78kg 眼鏡。髪は柔らかい栗色。関西弁。
料理得意。趣味は資産運用。酒強い。
群れない。
「経営戦略の鉄の壁」「数字の鬼」「黒い悪魔」など、仕事厳しすぎて囁かれる通り名が年々増えていく。
休日もいつもどおり起きてジムで汗流すタイプ。
「これでは、予算は通せませんね」
営業部三年目の吉野遍が一ヶ月かけて作成したレポートは、「経営戦略部の鉄の壁」と恐れられている主任・白川古都により、一蹴された。
資料をパラパラとめくって数秒で、白川はそう宣告する。
煌々と明るいLEDに照らされた会議室で、唯一白川のワイシャツの黒さが、目に痛かった。
静まり返った会議室で、遍は自分の耳を疑った。
「え……?」
「新規顧客獲得率の予測、楽観値に寄り過ぎている」
パサ、と資料を机に置く。
「競合参入時のリスクヘッジもない。二年目以降の維持率についても根拠が弱い」
「いや、でも! 現場の反応めちゃくちゃ良かったんです! 実際先方も――」
「君。」
冷たい声に遮られる。眼鏡の奥の鋭い目線に見据えられ、遍は金縛りのように身を固くした。
「『良かった』では会議は通らない」
「……っ」
「数字でものを言え。会社の金の話だ」
会議室が静かになる。
白川は眼鏡を少し上げる。
「以上です」
会議は実を結ばぬままクローズとなった。
凝視しすぎた黒い姿が残像となって目にちらついて、遍は目頭を押さえた。
座ったままの遍の肩を、二つ上の先輩が労うように叩く。
「さすが、鉄壁やな……ま、我々はいつかあの壁を越せる日が来るように精進しようぜ」
「経営戦略の鉄の壁」「数字の鬼」「黒い悪魔」。
白川古都の通り名は年々増えてゆく。
遍はその通り名がただの飾りではないということを、思い知った。
翌火曜日、再度の調整会議の席で、遍は前回の修正案を配布した。
部長にも見てもらい、前回指摘された穴も埋めた。
「前回ご指摘いただいた新規顧客獲得率の予測については、同業他社の平均値と過去データを照らし合わせて再計算しました。手元の資料をご覧ください。競合参入リスクについても三パターン用意してあります」
遍は少しだけ胸を張る。
「これなら、十分通用する内容になっていると思います」
会議室の空気が少し緩む。
「お、吉野やるやん」
営業部の先輩が資料を見てつぶやく。
「前回よりかなりええな」
経営戦略部の課長も、頷きながら資料を目で追っているのを見て、遍は、ちょっと嬉しくなる。
その傍で、白川はただひとり無言で資料をめくっている。
談笑が途切れたとき、白川が資料をめくる音も止まった。
会議室に、一瞬の緊張が走る。
「……君、」
「吉野です」
遍は、白川の目を真っ直ぐに見て言った。
白川は一瞬遍の真っ直ぐな視線を受け止めてから、また書類に目を落とした。
「……吉野君」
「はい」
「この顧客層、関西圏中心の予測になってるな」
「え? はい」
「全国展開前提の案件なのに?」
「……え」
「地方ごとの需要差、物流コスト、人員再配置コスト」
パサ、と資料を机に置く。
「全部抜けてる」
会議室から、一切の物音が消えたような気がした。
「……いや、でも、それは展開が確定してからでも」
「確定してから考える?」
白川は、眼鏡の奥から静かに遍を見る。
「会社は願望に金を出す場所ではない。数字をもって全ての裏付けをとり、全てを予測すべきだ」
「……っ」
「以上です」
またもや、遍の計画は没となった。
遍は先輩と上司と一緒に、廊下を歩く。
「数字、数字、数字。口開いたら数字だよなあのメガネ」
「血が通ってねぇのかあの鉄の壁は。気を落とすなー吉野」
「はは……がんばります」
そう言いながらも、遍はあのとき、誰も気づかなかった提案のブランクを即座に指摘した白川主任のその冷静さと手腕に、素直に感動していた。
「俺、今度こそ勝ち取りますんで」
「おお〜! その意気や! 今日は残念会行こか!」




