第36話 嫉妬
つまりさ……。
飛首族の敵から見てだけど、俺と理沙さんのつながりは見えていないし、飛首族でもないと思われている。
理沙さんは10年から前に死んだことになってるし、俺のアカウントで飛首族のことが語られていても、俺本人がそれを書いたかの確証は得られない。
だって俺は10年も昔、自分のネット上のアカウントを財布に入れたまま落としてしまった。それは、警察に書類として残っている。だから、俺のアカウントが他者に悪用されていてもわかりようがない。俺はそもそもパスワードもわからなくなったから、新しくアカウントを作った。旧アカウントのとこは見にも行ってないんだから、なりすましがいることは気が付きようがない。
で、書き込み時刻の俺にはアリバイがある。なんらかの権力がサーバーのログを漁ることは確実だろうけど、だからこそ逆にその書き込みをしているのが俺ではない証明になってしまう。
サーバや端末からのログ、通信履歴、情報経路を調べようにも、ネカフェでの使用者を調べようにも、時の壁が厚くて調べようがない。データの保存期間はとうに過ぎているし、防犯カメラの画像や人の証言も得られない。また、至近の書き込みがうちのパソコンからであっても、 パソコンが乗っ取り・ハッキングされている可能性は無視できない。
ほら、決め手がないだろ。
そのうえで……。そのようにして得た武器をどう使うのか、それは理沙さんが決めることだ。
そして、そのときまで俺は理沙さんと共に生き延びるんだ。
少しだけだけど未来が見えて、理沙さんは耐える余力が生じたようだ。
だけど、俺は単純に喜んでばかりはいられなかった。
俺の提案は、結果として、俺からまた1つのものを奪っていったんだ。
俺たちの日常生活の中で、SNS上で構築された理沙さんの社会の話が増えるのは当然のことだった。そしてその中に、俺の感情にサンドペーパーをかけるような話が混じるようになっていった。
SNSも社会だ。本名で呼び合わないからといって、その人固有の人間性が消えるわけじゃない。相手との関係を深めるのには、高度な自律が求められるのは当然として、さらにその上でさまざまな心理的プローブを出し合い、心理的安定感を積み上げていく必要があるんだ。そして短い言葉だけで培われる人間関係は、一方的な廃棄も可能なだけに、より剥き出しなものになるときがある。
対面しての人間関係より、短時間で行くところまで行くことだってありうる。
俺と彼女は1つの部屋にいるとはいえ、勉強や睡眠で失う時間が大きく、まともに向き合える時間は案外少ない。平日では、どうやっても1日に1時間に満たない。
となると、SNS上とはいえ、理沙さんにとって俺と以上に一緒にいる時間が長い相手が現れるのは当然のことだった。
毎日1回以上、その特定ユーザーの名が出されるようになると、俺の心はざわつかずにはいられなかった。もちろん俺だって、その相手の性別も年齢もわからない中で、嫉妬という感情を持つのは先走りすぎていることは十分にわかっている。
だけど、俺は理沙さんを笑顔にできてはいない。俺たちの日常は、どうしてもそれだけの重さを振り捨てることができない。なのに、そいつは……、軽々と理沙さんを笑顔にしているんだ。




