第21話:優汰の過去
『え? 私達は友達ですらないと言うの!?』
僕の言葉に、瑠音さんが目を丸くする。
あ。しまった。
「ごめん。正しくは、みんなが友達になってくれるまで、友達はいなかった、かな」
僕は自嘲しながら頭を下げると、みんなから視線を逸らし俯くと、目を背けたかった思い出を思い返しながら、少しずつ話し始めた。
「僕って昔っから引っ込み思案なところがあって、小さい頃から誰かと話すのが苦手だったんだけど。そのせいで、幼稚園とか小学校とかでもクラスで他の男子と話したり遊んだりが苦手だったんだ」
『つまり、その頃から友達がいなかったってことか?』
「ずっと一緒にいるような友達はいなかったけど、たまに一緒に帰ったり、クラスで話をするような相手はいたから、厳密にいなかったわけじゃないのかも」
あの頃は僕もまだ普通だったのかな。
授業合間の休憩時間に、みんなの話に交じって笑うのは楽しかったな。
『ですが、あなたは友達がいないと仰りましたよね?』
「うん」
『なんで?』
千麻さんや沙和さんが首を傾げるのももっともだよね。
ズキリと走る胸の痛みを奥歯で噛み殺すと、平然を装いながら話を続けた。
「……それは中学の時、生徒みんなに無視されたから」
『生徒全員ですって!?』
『は? お、おい。そんなことありえるのかよ!?』
「うん」
驚く瑠音さんや喜世さんに対し、僕は小さく頷く。
悲しいけれど、これが僕にとっての現実でしかない。
「中学二年生の時、僕のクラスに転校生がやってきたんだけど、彼女も僕に似て奥手で話が苦手。それで、クラスの女子とも中々馴染めなかったんだ」
彼女の名前は木原愛菜。
肩まであるおさげの髪。いつも自信なさげな表情を見せうつむき加減だった少女。
悲しいけど、僕が忘れられないもののひとつだ。
『で? そいつが何か関連するのか?』
「うん。彼女のそんな態度を嫌ったクラスの女子の一人が、クラス全員で彼女を無視しようって話をして、クラスのみんながその話にのったんだ」
『優汰。貴方もなの?』
「……うん」
あの頃、友達からその話を聞いた時にはどうしよかと思った。
でも、命令してきた相手が相手だったし、僕も周りの友達に嫌われたくなかったから、それに従ったんだ。
あの頃は、別な意味ですごく心が痛んだ。
賑やかな教室の隅で、いつも独り暗い表情を見せていた木原さん。
当時だって同情したけど、今ならあれがどれだけ辛かったのか。僕にはよく分かる。
「でも、彼女が独り孤立する姿を見てたら、やっぱり可哀想になって。それで僕は、覚悟を決めて彼女に話しかけることにしたんだ」
何時だったかな。まだゴールデンウィークに入る前。
放課後、クラスに独り残っていた彼女を偶然見かけた時、すごく寂しそうな顔をしてた。それを見て、僕はすごく良心が痛んだ。
同時に思ったんだ。やっぱり、僕は酷いことをするのは嫌だって。
それで、勇気を持って話しかけて。木原さんに謝って。
よかったら僕と友達にならないかって、声を掛けたんだ。
──「有内君。あの……ありがとう」
あの時、初めて見た木原さんの涙目の笑顔は、今だって胸に刻み込まれてる。
今じゃ、辛い思い出だけど。
『それってさー、逆に危なくない? いじめっ子に目をつけられそうじゃん』
「……うん。実際、沙和さんが言う通りになった」
僕はシャインズ・ゲートの世界から目を逸らし、ひとり部屋の中で天井を見上げる。
何があるわけでもない、見慣れた平凡な世界。
そう。そこに夢なんてなかった。
「さっき話してた、いじめを提案した子が理事長の孫娘だったんだけど、ある日の放課後、彼女が僕を屋上に呼び出したんだ。そこで言われた。木原さんを無視しないなんてどういうことだって」
『それで、優汰君はなんて答えたのですか?』
「『彼女が可哀想だから』って。それ以上の理由がなかったから。でも、勿論彼女にそんな言い訳は通じなくって。翌日から僕もみんなに無視されるようになったんだ」
教室に入った後、おはようの挨拶に返事がなくて、誰もこっちを見てくれない。
それを目の当たりにした時、流石の僕だって状況を理解した。
「ただ、彼女に話すと決めた日に、いつかこういう日が来るって覚悟もできてた。だから僕はその後も木原さんを無視せず、二人で話すことを止めなかった」
──「有内君……大丈夫?」
彼女はそう心配してくれたけど。
──「大丈夫だよ」
僕はそう強がって笑った。
木原さんがまた独りに戻ったら、可哀想だって思ったから。
「……でも……」
続きを離そうとして、少し喉が詰まる。
ここから始まる僕の孤独。その思い出を話すことに。
心を落ち着けようと、ふぅっと大きく息を吐き、息を吸う。
耳元にみんなの声が届かない中、僕は続く言葉を口にした。
「そこから僕が友達を失うまで、時間はかからなかったんだ」
『それは、助けた子に裏切られたからですの?』
裏切られた?
……違う。きっと、彼女にも事情があったんだ。
僕は再びディスプレイ越しに瑠音さんを見ると、無理矢理笑い首を振った。
「少しして、朝いつものように教室で木原さんに声を掛けたけど、彼女は淋しげな顔のまま無言で俯き、こっちを見ようとしなかった。その瞬間、なんとなくくるべきときがきた気がした」
あの瞬間の気まずさとショックは、今思い返しても胸にくる。
ギュッと締め付けられたかのように苦しくなった胸に手を当て、僕はその痛みを堪える。
「それからまた少しして、彼女の状況は少し変わった。女友達と話をするようになったんだ。最初はどこかぎこちなく。だけど、日が進むにつれ時折笑顔も見せるようになって、僕はちょっとホッとした。でも、僕の方は何も変わらなかった。当時入っていた委員会でも、誰にも話しかけられなくなった。気さくに話してくれていた先輩も。他愛のない雑談に興じた後輩も。みんな気まずそうに僕を一瞥すると視線を逸らす。クラスでも、そうじゃない場所でも独り。あれは、本気で辛かった」
日直でも、ペアの子が日誌の上に「全部やって」って付箋紙貼って無言で渡してきたし、掃除当番はみんな僕を残して先に帰っちゃってた。
無視する以上そうせざるを得なかったんだろうけど、学校生活でひとりで何かをする虚しさは忘れられない。
色々思い出してきて、自分の声が少しずつ暗くなっていくのがわかる。
こんな話、決して楽しいものじゃない。
でも、あまり暗くなったらみんなに心配かけちゃうよね。
僕は、無理矢理笑ってみる。
……うん。ぎこちないけど笑えてる。
まだ笑えるだけの余裕があるんだ。
だから、大丈夫。
『先生達は何とかしてくれなかったのかよ!?』
「ううん。色々と気に掛けてくれたよ。だけど、僕が無視されている事を気にしないようにって話して、普段通りに過ごしてもらった」
『え? なんで!?』
目を丸くする沙和さんに、僕は笑顔を絶やさず語り続ける。
「理事長は孫娘である彼女を、目に入れても痛くないくらい可愛がってた。例え先生でも、彼女の機嫌を損ねて、そのことが理事長に知れたらどうなるかわからないでしょ? それに先生に助けを乞うことで、無視されてた女の子がまた無視されるようになったら可哀想じゃない」
『ご両親にこの話はなされなかったのですか?』
「最初は隠してたんだけど、父兄参観の時に先生が話しちゃってバレちゃった」
『ご両親は貴方を助けようとしなかったの?』
瑠音さんがそんな疑問を持ったのは、きっと僕の両親が何もしなかったからかも。
でも、勿論そんなことはない。
今僕が地元から離れた西葛橋高校に入れてるのだって、お父さんとお母さんのお陰なんだから。
「勿論助けようとしてくれたけど、さっき話した理由もあったから、お父さんとお母さんには無理を言って我慢してもらったんだ。勿論、僕だって強くないし、学校に行きたくなくなる事もある。でも、なるべく頑張るからって伝えて」
『え? 優くん、そんな中で学校に通い続けたの!?』
「うん」
正直、本当に辛かった。
でも、木原さんを助けようとしたのは自分。彼女のせいでも、クラスメイトのせいでも、両親や先生のせいでもない。
「流石に体育祭とか文化祭とか、宿泊学習や修学旅行みたいなイベントは休ませてもらった。でも、授業はできる限り出たよ。勿論ペアを組んで何かするような授業なんて、誰も僕とペアを組んでくれないけど。先生達はそこで無理にペアを組ませるような事をしないでくれたし、休んだ授業の分は率先して補習でカバーしてくれたりもした。だから何とかやってこれたかな」
今考えたら、よく二年弱も頑張れたよね。
普通の人だったらこんなの無理じゃないかな。
……うん。きっと無理に決まってる。
きっと、僕がおかしかっただけ。
ふと頭に過った自虐的な気持ち。
僕は、それを抑え込めなかった。




