第1話:みんなはピュアキュア?
柔らかな風が木々を優しく揺らす中。
僕は一人ぽつんと高台の柵の前に立ち、ぼんやりと眼下に広がる神聖都市ゼクセイドの町並みを眺めていた。
今は丁度昼。眩しい日差しもあって、キラキラとした白い世界は凄く綺麗。
だけど、僕は晴れ空とは裏腹な憂鬱さのせいで、ふうっとため息を漏らす。
……結局、お昼を作ったせいで喜世さんの機嫌を損ねちゃって、そのせいでみんなの雰囲気も悪くなりそうだったよね。
ここ数年、友達と一緒なんてことがなかった。そのせいで、気を遣ったつもりが空気が読めてない行動になっちゃったってた。
リアルで出会って早々、こんな風になっちゃうなんて。
このまま一緒にいたら、みんなをもっと嫌な気分にしちゃうんじゃないだろうか。
「僕は……みんなの友達でいていいのかな……」
自然と漏れる本音。
と、直後。
「いいに決まってるっしょ!」
僕の後ろから、聞き覚えのある元気な声がした。
あれ? これって沙和さんの声!?
思わず振り向いた瞬間、僕は唖然とした。
そこに立っていたのはTOP4の四人……だよね?
そんな気持ちになった理由は、みんながこの間と全然違う格好をしていたから。
胸に大きなリボンが付いた、ひらひらした裾の可愛らしいワンピース姿。
これ、前にちらっとテレビのCMで見た、ピュアキュアとかいうアニメの服装っぽく見えるけど……。
ぼんやりと記憶にあった物を思い出していると、突然みんなが叫びだした。
「ギャルの魅力でみんな仲良し! ピュアハート!」
「お金の力でみんなを接待! ピュアダイヤ!」
「一緒に運動して友情を育む! ピュアスペード!」
「静かなひと時であなたの癒やす! ピュアクローバー!」
「みんな合わせてー! あーし達!」
「キャッチフレンド! ピュアキュア!」
沙和さんの掛け声に合わせ、みんなで決め台詞っぽいことを口にしポーズを決める。
え、えっと、キャッチフレンド、ピュアキュア?
な、なんだろ? シャインズ・ゲートにそんな設定があるのかな? でも、世界観と全然合わないような……。
口をポカンと開けてる僕なんてお構いなしに、みんなは満足げにポーズを解くと、笑顔で僕の前まで歩いて来る。
「あーし達がいる限り、優くんはBFFだよっ!」
「私達がいるというのに、勝手に不安にならないでちょうだい」
「そうだぜ。キスした仲なんだ。簡単に離れるかよ」
「はい。あなたが友達でいたいのであれば、ずっと側にいますよ」
キ、キス……。
みんなが笑顔でそう言ってくれる中、照れもせずにそう口にした喜世さんの言葉を聞いて、僕はあの日のゲーム内の事を思い出し顔を赤くする。
あ、あれは今思い返してもかなり恥ずかしい。
でも、あの日声を荒げた喜世さんも、ゲームとはいえキスは軽い気持ちでしてないって口振りだった。
そう考えると、確かにみんなは簡単に友達を止めたりしないのかな?
で、でも、あれはリアルで会う前の話だし、今は状況が変わってるんじゃ……。
思わず僕が考え込んでいると、ピュアハート──じゃなかった。沙和さんが笑顔のまま、さらりとこう言った。
「なんならー、またキスしちゃってもいいよ?」
「……え?」
どういう事!?
思わず目を丸くしていると、彼女の言葉を皮切りに、みんなが笑顔で話し出す。
「確かに。あまりに不安なら、私達とのキスで、改めて特別な友達だと認識してもらうのもよろしいわね」
「え? え?」
「そうだな。そうすりゃ、俺達がお前をキャッチフレンドできるしな」
「キャ、キャッチフレンドって、何をするの?」
「深く考えなくても大丈夫ですよ。友達でいるという事に変わりはありませんから」
みんなが笑顔を崩さずさらりとそう言ってくるけど、なんかおかしくない?
確かに以前、沙和さんはキスを友達の証って言ってた。でも、こんな堂々とじゃない。顔を赤らめたりはしてたよね?
あれのお陰でもう慣れたって事? それとも僕をからかってる?
「ねーえー? どうする?」
沙和さんの言葉と共に、笑顔のままゆっくりと距離を詰めてくる四人。
「ど、どうするって、えっと、その……」
や、やっぱりこれ、何かおかしい。
だって僕、さっきまで車に乗って──あれ? 車?
◆ ◇ ◆
僕がはっと目を開けると、そこに広がっていたのは見慣れない光景だった。
少し薄暗い車内。目に映っているのは、誰も座っていない車の革張りのシート。
これ、さっきの車の中かな? って事は、さっきのは夢、かぁ……。
僕は現実を改めて感じ、心底ほっとした。
ま、まあ、みんながピュアキュアみたいな格好で出てきた時点で、夢だって気づくべきだったよね。
いくらなんでも、みんながそう何度もキスをしようとしてこないだろうし──。
「キ……」
──あれ? キ?
耳元で小さな声が聴こえた気がして、ふと目線だけ横に向けると……すぐ側に、僕を覗きこんでいる喜世さんの顔が見えた。本当にすぐそこに。
僕と目が合った彼女の顔が、みるみる真っ赤になっていくと。
「キャァァァァッ!」
うわっ!?
まるでブレーキ音のような悲鳴が僕の耳をつんざき、思わず顔をしかめた。
「なななな、何もしてねえから! た、ただ顔を覗き込んでただけ! ぜ、ぜってーキスしようとなんてしてねーからな! な? な?」
弁解する彼女の声に顔をそっちに向けると、天井を見上げるような姿勢に──って、あれ? もしかして僕、喜世さんに膝枕されてる!?
「こここ、こっちこそごめんっ!」
思わず飛び起きた僕は、彼女の隣に座り直すと必死に頭を下げた。
「ほ、ほんとごめん! いつのまにか膝に寝ちゃってたなんて──」
「べ、別にそれは構わねーから! だから謝んなよ? い、いいな!」
喜世さんがこっちに顔を向けると、指を立て子供を諭すようにそう言ってくる。
勝手に膝枕をしちゃってたんだ。気にしないほうが無理。
でもそんな事を言ったら、また彼女が機嫌を悪くするかも……。
「わ、わかったよ。ごめん」
「ったく。謝らなくていいって言ったばかりだろうが……」
僕が思わず謝ったのを見て、喜世さんが目を泳がせ頰をポリポリと掻く。
「あ……」
恥ずかしそうな反応に申し訳ない気持ちが大きくなる。
で、でも、ここでまた同じことを言ったら呆れられちゃうかもしれない。そう思った僕は、ごめんという言葉をぐっと飲み込み、これ以上謝らないことに決めた。
あれ? そういえば……。
少し気持ちの落ち着いた僕は、ふと気になって車の中を見回す。
ここは……どこかの屋内駐車場かな?
車窓の外、天井にあるライトに照らされる無機質な壁や柱が見え、合間に見た目に高そうな車が幾つか停まっている。
車内は室内灯が点いているけど、ぱっと見る限り、僕と喜世さん以外誰もいない。
「えっと、みんなは?」
「ん? ああ。お前が気持ちよさそうに寝てたから、買い出しに行ってもらってる」
「え? 本当に!?」
車に乗って少ししたら、ちょっとうとうとしちゃった気はするんだけど……もしかして、そこから僕、ずっと寝ちゃってたの!? 喜世さんに膝枕されたまま!?
「もしかして、喜世さんが残ってくれたのって、僕を膝枕してたから──」
「だーから! そこは気にすんな! 別に俺は構わねーって言ってるだろ!」
「あ、う、うん。ごめん」
「……ったく」
僕が気落ちしたのを見て、喜世さんが一度大きなため息を漏らすと、肩を竦め自嘲する。
「悪い。うちの家は弟がいるんだけどよ。あいつらほんと悪ガキで、こっちもよく怒鳴っちまっててよ。その癖で、つい言葉が強くなっちまうんだ。こんなのがTOP4だなんて、ほんと笑っちまうよな」
「そ、そんなことないよ。それだけ喜世さんが、僕に真剣に向き合ってくれてるんだなって感じるし」
「だけど、怒られてるみたいで怖いだろ?」
そ、それは確かにあると思う。
実際、彼女の言葉が強くなると不安を感じる事はあるし。
「う、うん。ちょっと怖い」
「だよなぁ」
僕の言葉に、喜世さんがふっと寂しげな顔をする。
でも、違う。僕が伝えたいのはそうじゃない。
「だ、だけど! ブレキオの頃から、こっちのことを思って色々言ってくれたでしょ。だから、喜世さんが意味もなく声を荒げたりしないって、僕もわかってるから!」
僕はそう言って、必死に思いを伝えようとした。
そう。僕は本当に知ってるんだ。
ファンタジー・フォレストの頃から見せてくれた、彼女の気遣いを。




