幕間:気付いた喜世達
俺は、突然の事に驚いた。
そりゃそうだ。脇に座っていた優汰が突然、力なく上半身を俺の膝に預けてきたんだから。
「お、おい! ゆ、優汰!?」
「優くん!?」
「優汰君!?」
「優汰様!?」
俺達が声を上げ、横になったあいつを覗き込む。
けど、あいつは起き上がる気配がねぇ──。
「……すー……すー……」
──ん? 穏やかな寝息。相変わらず口周りしか見えねえけど、顔色を見ても流石に体調が悪いようには感じねーな。
「こいつ、寝てるのか?」
「そう、みたいですね」
「よかったー。優くん倒れちゃったのかって心配しちゃったー」
「まったく。心配して損しましたわ」
「本当だぜ」
一気に緊張から解放された俺達は、ほっと胸を撫で下ろす。
「でもさー。るとっち、また優汰様ーって言ってたよねー」
「へ!? あ、あれは別に──」
「いいっていいってー。るとっちの白馬の王子様だもんねー。もち、あーしの王子様でもあるけどー」
沙和がツッコミに焦る瑠音の肩をぽんぽんと叩き、うんうんと納得した顔をしている。
瑠音が誰かを様付けしてるなんて、先生とか先輩とか年上相手くらいしか見たことねえ。
ってことは言わずもがな。ツンツンしてるくせに、好きな奴には甘いって事か。
ほんと。瑠音すらここまで変えちまう優汰は、本気でヤバい奴だよな──ん? 待てよ。ヤバい?
ふとある事に気づいた俺は、ゆっくりと膝枕で寝ているあいつに目をやる。
優汰は今寝てるんだろ?
流石に起こすのは悪いよな。ってことはだ。もしかして、当面こいつはこのままってことか!?
マ、マジかよ……。こんなヤバいくらい最高のシチュあるのかよ!?
「……喜世。顔に出てますわよ」
「もーっ! うーらーやーまー!」
はっと気づくと、対面で白い目を向けてくる瑠音と、指を加え羨ましそうな顔をする沙和。
「これも、日頃の行いのせいなのでしょうか……」
隣じゃ千麻が肩を落としながら、ぽそりとそんな事を口にする。
……やっべー。勝手に頬が緩みやがる。
ま、偶然でも惚れてる男を膝枕してりゃ、こんな顔にもなるだろ。
こないだのキスの時だって酷いもんだったしな。
しっかし、気持ちよさそうに寝てるのはいいけど、やっぱ口元しか見えねーってのは物足りないねえな……ん? ってことは?
「なあ。今なら見れるんじゃねーか?」
「え? 何をですか?」
「いや。優汰の素顔」
俺の問いかけに、三人ははっとして互いに顔を見合わせる。
「きよっち! それ名案じゃん!」
「だけれど、それで優汰を起こしてしまわないかしら?」
「私達の叫び声にも反応しないほど熟睡をされていますし、そっと動けば大丈夫ではないかと……」
「だ、だよな?」
俺達はゆっくりと優汰に視線を向けた後、みんな同時にごくりとつばを飲み込んだ。
去年、俺達に票を入れなかった時にこいつを知った時から、髪型はずっと変わってねぇ。
口元しか見えない長い前髪。今までだったら、それも大して気になりはしなかった。
だけど、今は違う。
前に沙和が言ってた通り、この外見でも別に嫌じゃねえ。だけど今の俺達は、こいつの素顔が恐ろしく気になっちまってる。
優汰の素顔が見れるという期待と、起こしたら悪いという緊張感。
もしこれで気づかれて、こいつに嫌われたら元も子もない。
だ、大丈夫か? いや、でもこの機会を逃したら、もうチャンスなんてねえかもしれねぇし……。
「いい? 起こさないようにそっとやりなさい」
「ここが勝負どころだかんね!」
急に小声になった瑠音と沙和は、内心迷いのある俺の気持ちも知らずに背中だけを押してくる。
千麻は無言のままだけど、その熱い視線には同じ想いがこもってるのが見え見え。
……まあ、ここまで期待されちゃ、しゃーないか。
覚悟を決めろ。喜世。
「じゃ、じゃあ、いくぞ」
「いけーっ! いけーっ!」
三人と頷き合った俺は、沙和の小声の声援を聞きながら、ゆっくりとあいつの顔に右手を伸ばしていく。
やべっ。緊張で手が震えやがる。落ち着け……落ち着け……。
静かに、ゆっくりとあいつの顎に触れるか触れないかのギリギリに手をやると、ゆっくりと前髪の下に手を入れ、そのまま優汰の頭の方に動かし──。
隠れていた手がどけられ、あいつの目元が見えた瞬間。俺は息が止まるくらいの衝撃を覚え固まった。
「うっそーっ!? ちょーイケてるじゃん!」
「こ、これが、優汰様のお顔……」
「す、素敵……」
沙和が目を丸くし、瑠音が口に手を当て唖然とし、千麻は恍惚な顔をする。
だけど、そうなったって仕方ねえ。それくらい、優汰は線の細いイケメンだったんだから。
俺が惚れちまった男は、ここまでの奴だったのかよ……。
「しっかし、ここまでイケメンなのに、なんであれだけ自己肯定感低いんだよ?」
「何らか理由があって、このお顔を隠したかったのでしょうか?」
「うーん。優くんってば正直者だし、単純に自分の魅力に気づいてないだけじゃないかなー?」
「私もそう思いますわ。外見を鼻に掛ける性格ではないでしょうし」
ま、それもそうか。とはいえ、ほんと勿体ねえよなぁ……ん?
優汰から目が離せなくなっていた俺は、ふと気になる事を見つけた。
「そういやこいつ、ちょっと目のクマが目立ってねーか?」
俺がみんなに確認すると、千麻が優汰の顔を見て少し険しい顔をした。
「これは……寝不足だったのでしょうか?」
「優汰様が寝不足?」
「はい。ここを見てください」
千麻があいつの目の下のクマじゃなく、目の内側の上まぶたを指差す。
「クマと同じ色がここまで続くのは青クマだけです。そしてその原因は、疲労や寝不足などが原因と言われております」
「そういえば、確か昨日は昼間からフェイストラッキングの設定をしていたと言っていたわね」
「そうだねー。でも、あの時顔トラは問題なく動いてたよねー?」
「はい。多分理由はその件ではないと思います」
ってことは、寝不足の理由は別にあるのか。
……そういやあいつ、昼飯の準備をしてたよな。
「なあ。千麻。サンドイッチもミネストローネも、作ろうと思えば一時間……悪くても二時間ありゃいけるよな?」
「はい。ただ、キッチンにあった食パンは消費期限が五月九日。この期限のパンは今朝買わなければまず手に入りませんから、より早くに出掛けて、材料を買った可能性は高そうですね」
は? あいつわざわざそこまでしてたのかよ……って。
「千麻。お前、キッチンでそこまで見てたのかよ?」
「はい。好きな相手を知る機会。些細な情報も見逃せませんから」
おっかねー。どんだけ洞察力あるんだよ。
千麻は眼鏡を直し済まし顔をしてるけど、改めてこいつが本気で優汰に惚れてんだって感じる。
「でも、昨日別れてから朝まで寝られたとすれば、クマができるほどの寝不足になるとは思えないわ」
「はい。瑠音の言う通りです」
「ってことはさー。もしかして優くん、全然寝てなかったりする?」
「そうかも、しれませんね……」
あくまで推論。だけど、それがどうにも間違ってねえ気がして、俺達の顔が曇る。
「やはり、私達のせいかしら?」
「優汰君は私達がTOP4だったと知って、随分緊張していました。その可能性は否定できないかと」
「俺達が急に押しかけるってなりゃ、あいつだって緊張もするか」
「かもねー。あーし達はここしかないっ! って思って行動しちゃったけど、やっぱ失敗だったかなぁ……」
「はぁ……」
迷惑をかけちまった。
そんな気持ちが俺達のため息を重ねさせた、その直後。
「ん……」
突然膝の上の優汰から声が漏れ、俺達はびくっとして固まった。
恐る恐るあいつの様子を窺うと、あいつは目を閉じたまま。
「……みんな……本当に、いいの?」
どこか不安げな声で、そんな寝言を口にする。
「ね? 本当にいいってー、何のことかなー?」
「優汰様のことだもの。きっと私達と友達でもいいのか。そう悩まれてるに違いないわ」
「ま、そんな所だろうな。まったく。まだ俺達を信じてくれてねえのか?」
「信じていないわけではないでしょうが。私達をTOP4だと言っていたくらいです。特別と思っている人相手は不安なのですよ。きっと」
確かに、優汰は不安なんだろうな。俺達と一緒にいることに。
そして、あいつのことだ。嫌われたくないように必死なのかもしれねえ。
俺は優汰を起こさないようにしながら、そっとあいつの髪を元に戻してやる。
「……みんな。悪いけど、目的地に着いても優汰が起きなかったら、このままにしてやっててもいいよな? 寝不足なら少しでも寝かせといてやりてえし」
俺が真剣にそう言うと、同じく表情を引き締めた三人が互いに頷く。
「ま、仕方ないわね。貴女だけ良い思いをするのは癪だけれど、これも優汰様の為だもの」
「そうだねー。買い出しはあーし達で頑張ろ? 材料はちっちーならわかるよね?」
「はい。お任せください」
ほんと、こういう時こいつらは頼もしいな。
「ちなみにー、るとっちはこの先も様呼び?」
「え? あ、ありえませんわ。本人を前にそう呼んでしまっては、私の威厳に関わりますもの」
「ふーん。素直じゃないなー。ま、いいけどさー」
沙和が手を口に当て横目で瑠音を見ながらニヤニヤ笑う。
瑠音の方が焦り顔を必死に隠し、そっぽを向き不満そうな顔を見せてるけど、こういうやり取りを見ると、頼もしさ皆無なんだけどな。
やれやれと肩を竦めた俺は、改めて横になっている優汰の寝顔を見る。
……手を伸ばせば触れられる距離にいるあいつ。ちょっとくらい触れても──。
「喜世。余計なことをして、優汰君を起こさないでくださいね」
「わ、わかってるって! ったく」
あ、あっぶねー。
俺は邪念を捨てそう決意すると、未だ俺の膝で眠るあいつをじっと見たんだ……けど、膝でイケメンが寝てるってのは流石に緊張する。
大丈夫か? 俺の理性……。




