第12話:大事な場所
あれから数十分後。
思ったより暖かな日差しが降り注ぐお昼前に、僕達は家を出たんだけど。
「うわぁ……」
マンションから少し離れた場所に止まっていた見慣れない黒の高級車を見て、僕は感嘆の声を上げた。
その辺の車より少し長い車体。側面には三つのドア。
車の脇に立っているのは、凛とした雰囲気の黒いタキシードを着た男性の執事さん。
食材を買いに行くにはあまりに不釣り合いな車は、間違いなく瑠音さんが手配した車だよね。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「面条。手筈は?」
「はい。滞りなく」
「そう。ありがとう」
僕の脇に立っていた瑠音さんは、会釈する執事さんと短い会話を済ませると、僕達の前に立った。
「優汰。貴方には車の最後尾、真ん中の席に座ってもらうわね」
「う、うん」
こんな高級車に乗れるんだ。なんか夢のような話……ってあれ? 僕が後部座席の真ん中?
みんなが話しやすいよう、僕は助手席とかのほうがいいような気もするけど……いいのかな?
「えっと──」
「さーて! こっからが本番だな!」
おずおずと尋ねようとした僕の言葉は、指をパキパキ鳴らし妙にやる気満々の喜世さんの言葉に遮られた。
「本来なら私が用意した車。場所を自由に決めさせていただきたいのだけれど──」
「駄目でーっす! ここは絶対譲れないかんね!」
「はい。真剣勝負と参りましょう」
「ぜってー負けねーかんな!」
四人は互いに向き合うと、不敵な笑みを浮かべつつメラメラと闘志を燃やしてる。
妙に緊迫した空気があって、僕が口を挟む余地はなさそう……。
ま、まあ、みんなが納得できるならいいんだけど。ただ、そんなに席順って大事なものかな?
……あ、もしかして。
助手席に買った物を置くから僕との相席が避けらなくって、なんとかそれを回避したいとか……。
でも、それなら僕を助手席に回した方が絶対いいよね。流石に考え過ぎかな。
「いーい? 最初はグーでいくかんね」
「ええ」
「いいぜ」
「承知しました」
意図がわからない僕をよそに、四人はぎゅっと拳を握り構える。
そして、少しの沈黙の後──。
「最初はグー! じぇんけんぽん!」
四人が声を合わせ、各々の手を出した結果は──全員グー。
「むむむっ。やりますねー」
「おい瑠音。いつもだったらチョキ出してるだろ?」
「あら。これまでのじゃんけんの結果なんて、今日のための布石でしかありませんわ」
「やっと学習した、ということでしょうか」
「お、お黙りなさい!」
な、なんだろう。また空気がピリピリしてる……。
勝ったら選べる席って、そんなに凄い席なのかな。
多分僕の座る席は違うんだろうけど、みんながそっちに座りたいんだったら全然譲ってもいいし、そこはあまり気にならない。
「じゃ、もういっかーい! せーのっ!」
「最初はグー! じゃんけんぽん! あいこでしょっ! あいこでしょっ!」
四人は再び声を合わせじゃんけんを始めたんだけど、最初がグー揃いだったせいか。まるでチキンレースのように互いにグーを出し続け、中々決着がつかない。
でも、TOP4がここまで気合を入れてじゃんけんをしてたんだって言っても、誰にも信じてもらえなさそう……。
ある意味貴重な光景ではあるけど、なんか違和感が凄くて頭がついてこない。
ただただ唖然としながら結果を見守っていると、何度目かのあいこの後──。
「よっしゃーっ!」
最初に声をあげたのは、一人だけパーを出した 喜世さんだった。
両腕を上げた後、ぎゅっと腕を脇に畳み喜びを表すダイナミックなガッツポーズ。
それは日差しを浴びキラキラとした彼女にとても似合ってて綺麗に見える。
「うっそーっ!?」
「そ、そんな……」
「まさか、貴女が最初に不文律を破るなんて……」
「へっへーっ! 一歩踏み出す勇気こそ、希望を掴む第一歩、ってな!」
喜世さんの喜びように対し、他のみんなはすごくがっかりしてる。
そこまで残念がる席って、一体──。
「じゃ、俺は優汰の右隣な」
──あれ? 隣?
そこが座り心地の良い席なのかな?
それとも、途中で凄い景色が見られるとか?
その場で困惑し固まっていると、喜世さんが輪を離れ僕の右脇に立った。
「へへっ。優汰。よろしくな」
「う、うん」
喜世さんは心底嬉しそうな顔をしてる。
ということは、やっぱりそこが当たりの席なんだよね。僕に笑顔を向けてくれたってことは、隣が嫌ってことはなさそう。よかった……。
「まだ、まだあと一席ありますわ!」
「あー! 神様! お願いだからあーしに力を貸して!」
「では、参りましょう!」
焦りを見せる瑠音さんに、必死に神様に祈ってる沙和さん。
普段お淑やかな千麻さんも、いつになく気合が入っている。
あと一席を争ってる。ってことは、いい景色が見えるのは喜世さんの一席前?
未だ腑に落ちない僕をよそに、再び始まったじゃんけん。
そして、その結末は……。
◆ ◇ ◆
「お、お隣。失礼しますね」
「う、うん」
一番後ろの座席、僕の左脇に座ったのは千麻さんだった。
彼女が二戦目のじゃんけんの勝者なんだけど、喜世さんと反対の席を選ぶなんて思わなかった。
という事は、見晴らしじゃなくって座り心地で取り合ってたのかな?
「それでは、出発いたします」
「ええ」
みんなが車に乗り込んだ後、運転席に戻った執事さんに瑠音さんが不満げな声で答えると、ゆっくりと車が走り出した。
「やっぱ、日頃の行いって大事だよな」
「はい。間違いありません」
両隣の二人が満面の笑みを浮かべてるのに対し。
「何が日頃の行いよ。優汰を責めていたくせに……」
「あーん。神様のいけずー」
恨めしそうな顔で愚痴る瑠音さんと、悲しそうな顔をしている沙和さんは、対面席に向きを変えられた中央左右の個人席にそれぞれ座っている。
二人の顔を見てるとこっちも申し訳ない気持ちになるけど、それ以上に僕を緊張させていたのは、肩が触れ合う位の距離に喜世さんと千麻さんがいること。
やっぱり、現実はゲームと全然違う。
肩が触れそうな距離の二人から感じる息遣い。ふわりと香る良い香り。
すぐ側に学園屈指の美少女がいる。
学校ですら経験したことのない感覚に、正直緊張しっぱなし。
と、とにかく会話でもしてごまかそう。
「えっと、喜世さんと千麻さんの席って、そんなに良い席だったの?」
咄嗟に出たのは気になってた事。
僕の疑問を聞いて、四人がちょっと戸惑った顔をする。
「あー……良い席と言えば、間違いなく良い席だよねー。あははは……」
「そ、そうですわね。おほほほ……」
苦笑いを浮かべながら、乾いた笑い声を出す前の席の沙和さんと瑠音さん。
あんなにじゃんけんに熱が入ってたのに、なんでこんな微妙な反応なんだろう?
首を傾げた僕に、顎に手をやり少し考え込んでいた千麻さんが、ゆっくりとこう口にする。
「ひとつ言えるとすれば、間違いなく眺めは良いと思います」
「え? 眺め?」
つまり、景色って事?
ちらりと窓の外を見てみるも町中の景色はそこまで変わり映えしないし、席で変わるような気もしないんだけど。
もしかして、ちゃんと進行方向に向いて座れるのがいいのかな?
「あー。確かに良いな」
「ほーんと。そっちだったらずっと近くで眺めてられるもんねー」
「喜世。千麻。先程話した通り、帰りは私達と入れ替えですわよ。わかってますわよね?」
「はいはい。ま、俺はもう一回じゃんけんでもいいけどよ」
「本当ですね」
「駄目駄目! ぜーったい許さないかんね!」
「当たり前よ! 二人だけ良い想いをするなんて許せませんわ!」
どこか余裕を感じる喜世さんと千麻さんに対し、必死に食い下がる沙和さんと瑠音さん。
近くで眺められるって、何かあったっけ?
なんかよくわからないけど。みんながそれでいいならいい、かな……。
「ちなみに、優汰は真ん中は嫌だったか?」
「……ううん。凄く気持ちがいいよ」
「え?」
……あれ? なんか僕、変なこと言ったかな?
千麻さんの疑問の声に釣られ、みんながこっちを見てる。
「気持ちがいいって、どういうこと?」
「えっと、気持ちがいいっていうのは……なんか、心地良いっていうか、ふわふわっていうか、良い香りっていうか……」
そう。ふわふわで良い香り……あ。僕、変なこと言ったかも。
でも、なんか頭に靄が掛かったみたいにふわふわしてる。
多分、走り出した車の優しい揺れとソファの柔らかさ。あと、この香りが妙に心地良いんからかも。
そのせいか。ちょっと瞼が重くなってきたけど、何でだろ……あ、そっか。僕、今日全然寝てないからだ。
だからこんなにふわふわで……ふわふわ、なん……。




