第33話:夢物語
……え? 何で泣いたの?
僕の驚いた顔を見て、瑠音さんもやっと涙に気づいたんだろう。
『み、見ないでくださいまし!』
思わず両手で顔を隠すエモートをし、涙顔を見せなくする。
ただ、彼女の泣き顔は、僕の心に強く焼き付いて離れない。
「えっと、今のって……」
『ご、ご安心くださいませ。ただの嬉し泣きですもの』
瑠音さんの少し震えた声。
それは、泣くくらい嬉しかった証にも感じる。
これって本当に演技、なんだよね……。
正直、いまのを見て演技って思える人、どれくらいいるんだろう。
実際僕だって、瑠音さんを泣かせちゃったことにはっきり焦りも感じたし、嬉し泣きって言われたことへの驚きもあった。
今もその衝撃で心臓がバクバク言ってるし、背中に変な汗を掻いてる。
これがゲーム内じゃなかったら、本気でヤバかったと思う。
『お、お待たせしましたわ』
涙を拭いたであろう瑠音さんがエモートを解くと、恥ずかしそうに僕を見上げてくる。
その艶っぽい表情が凄く魅力的に見えて、僕は目を逸らせずにいた。
『あ、あの。わ、私達、お、お付き合いできますのね?』
「う、うん」
せ、設定上は、そういう事でいいんだよね?
さ、流石に本気で捉えられてはいないと思うんだけど、僕が頷いたのを見て、心底嬉しそうに微笑んだ彼女の顔を見ると、やっぱり真に受けてるんじゃないかと疑いたくなる。
『で、でしたら、こういう事をしても、よいのですわね?』
「……え?」
僕の返事を待つことなく、瑠音さんはさらに一歩前に出ると、そのまま目を閉じ顔を一気に近づけてくる。
え……え? もう!? いきなり!?
完全に虚を突かれた僕は、その場で固まってしまう。
それでも、彼女は止まることをせず、僕に顔を寄せてくる。
キ、キス……そ、そうだ! キスしないと!?
咄嗟に目を瞑った僕は、困惑しながらも唇を少し突き出す。
目の前が見えなくなったから、これでいいのかすらわからないけど、それでもそのままでいると。しばらく互いに無言が続いた後、ちゅっという甘美な小さな音が聞こえた。
『……優汰様。もう、いいですわよ』
恥ずかしそうな瑠音さんの声を聞き、僕はゆっくりと目を開く。
未だ目と鼻の先にいる彼女は、耳まで真っ赤になっている。
そこにあるのは、何かふっきれたような満足げな微笑み。悲しげな感じは一切ない。
ただ。
『残念ですわね』
瑠音さんが口にした言葉は、表情とは裏腹の言葉だった。
「え、えっと、残念?」
そう聞き返してしまった僕に、彼女は小さく頷く。
『ええ。もし、これが現実でのことでしたら、私は貴方様にもたれかかり、そこにある優汰様の存在を確かめられましたのに。それが叶わないからこそ、これが嘘の夢物語にも感じてしまうのよ』
「嘘の、夢物語……」
『ええ。まあ、もし現実に口づけの感触を味わっていたら、私も感情が抑えきれなかったでしょうけど』
そ、そっか。
実際、嘘告白からのキスで、これだけドキドキさせられたんだ。
勘違いしちゃうようなことも……あれ? そういうことがあるの?
ふわふわしたままの頭のせいか。そんな疑問が頭を過るけど、それが正しいのか間違ってるのかすらよくわからない。
僕の困ったような顔を見て、肩を竦めた瑠音さんはくるりと僕に背を向ける。
『さて。これで私の夢のような時間はおしまい。次に譲るわね。ごきげんよう』
「あ、うん」
こちらに顔を向けることなく、瑠音さんはそのままゆっくりと教会の入り口に向かって歩いて行く。
華やかなウェディングドレス姿。だけど、それは少し淋しげにも感じる。
……最後のも、演技なんだよね?
キスをした後から一変したように感じる瑠音さん。
その背中をじっと見つめていたけれど、結局彼女は最後までこちらを見ることなく、教会の扉を開け外に去っていったんだ。
◆ ◇ ◆
教会に一人残されてから数分。
『優汰。そろそろいくぜ。いいか?』
ふわふわしている頭を冷ましたくて、部屋のエアコンを強くしつつ飲み物を口にしていた僕の耳に、未だ姿を見せていない喜世さんの声が聞こえた。
「うん。わかった」
平然を装ったけど、今でも瑠音さんから受けたドキドキは収まりきってない。
最初からあれだけ衝撃を受けたんだ。この先も恥ずかしさに耐えられるといいけど……。
コップをパソコンデスクに戻したのとほぼ同時に、教会の扉から赤いドレス姿の彼女が現れた。
喜世さんも既に頬が赤い。だけど、その表情は普段の彼女らしい笑顔。
ゆっくりと歩いてきた瑠音さんと違い、喜世さんは普段通りの歩き方で颯爽と歩いてくる。
そして、僕の数歩前で足を止めた彼女は、ふっと照れ笑いを見せた。
『へへっ。やっぱ俺には似合わねえよな。こんな格好』
彼女はそう言いながら、ドレスのスカートを両手でつまみ、くるりとその場で回るエモートをする。
表情はいつもに近いけど、その仕草はどこか可憐。
華やかに見えるドレス姿も、そんな喜世さんに合ってると思うんだけど。
「そんなことないよ」
『そ、そうか?』
「うん。喜世さんって赤いドレスをビシッと着こなしてるし、スタイルもいいから凄く合ってる。だから、自信を持っていいよ」
素直にそう口にした僕を、少し踊りたような顔をした喜世さん。
でも、そんな表情はすぐに呆れた笑顔に変わり。
『まったく。ほんと、お前はいい奴だな』
喜世さんは屈託のない笑顔で、僕にそう言ったんだ。




