第20話:兄弟達
「えっと、よかったら僕も喜世さんの家に行ってもいいかな?」
「……はぁぁぁっ!?」
あまりに予想外だったのか。
彼女が大声をあげると、周囲の視線が僕達に一気に集まる。
「お、おい。本気で言ってんのかよ!?」
「うん。家が大変なら、僕も行ってお手伝いをすればきっと喜世さんも楽だろうし、一緒にもいられるでしょ?」
なんとなくこういう時は真面目な顔で話したほうがいいかなって思って、飄々を引き締めていると。
「お、おい。あいつ、荒井さんの家に本気で行く気かよ!?」
「TOP4の家に上がるなんてやつ、今まで聞いたこともねえぞ!?」
「女子でもそんな話きいたことないよね」
「うん。ないない」
周囲からそんなヒソヒソ声が聞こえてきた。
あ。そんなにレアなんだ。だとしたら迷惑になるかな?
喜世さんの顔色を窺っていると、彼女は顔を赤くしながら前屈みになる。
「お、おい。お前が来たら、弟達が絶対放っておかなねえに決まってる。あいつらに付き合ってたら、お前が疲れちまうだろ」
「別にいいよ。構っておけば家事が楽に進むならそれはそれだし。そうならなかったら料理とか手伝えるし」
「だ、だけど、絶対迷惑になるだろ? あいつら絶対茶化してくるし」
「茶化すって?」
「そ、その、恋人を連れてきた、とか」
目を逸らしちょっと恥ずかしそうにしながら、歯切れ悪くそう口にする喜世さん。
ああ、何となく子供ってそういう所ある気がする。この間近所で小学生達が男女でいる子供をからかってたし。
「そこは素直に友達だって言えばいいし。大丈夫だよ」
「そ、そっか。俺は別に……否……しな……ても……」
僕の返事を聞いて、喜世さんが急に顔を真っ赤にしながらちらちらとこっちを見る。
ただ、言ってた言葉があまりに小さすぎて、後半何を言ってたかさっぱりわからない。
「えっと、別に、何?」
「いいい、いや。何でもねえ! と、とにかく、本当にいいのかよ?」
「僕は構わないよ。勿論、喜世さんが嫌なら無理強いはしないし、日を改めるけど」
「い、いや。嫌じゃねえ。嫌じゃねえって」
喜世さんは背筋を伸ばし、あらぬ方向を見ながら赤髪を搔くと。
「……ったく。急に男らしくきやがって」
そう小声で独りごちた。
そうなのかな? 自分ではぴんとこないんだけど。
男らしいという言われ慣れない言葉に首を傾げそうになったけど、僕に話しかけたわけじゃないもんね。聞こえない振りをしておこう。
一度大きなため息を漏らした喜世さんが、改めてこっちを見る。
「わかった。お前の厚意に甘えるけど、さっき言ったことはまず起こる。色々覚悟しとけよ」
「うん。わかった」
僕が素直に頷くと、呆れ笑いを見せた喜世さんがバス停の方を見る。
あ。丁度なぎさネオタウン行きのバスが来てるみたいだ。
「じゃ、あれに乗るぞ」
「うん」
僕達は頷きあうと、急いでバス停の方に走っていくと、バスに乗る行列に並んだんだ。
◆ ◇ ◆
しばらくバスに揺られて、僕達は無事なぎさネオタウンまでやってきた。
幾つかのマンションが並ぶそのうちの一棟の階段を上がり、三階の廊下を歩いて少し。荒井という表札のある部屋の前で喜世さんが足を止める。
「いけいけいけいけ!」
「うわーっ! 抜かれたぁ!」
「いえーい!」
「獏兄ちゃんすごーい」
「だろだろ!」
部屋に入る前から賑やかな子どもの声が漏れ聞こえてる。
きっと喜世さんの兄弟の声だと思うけど、女子の声も交じってる。
「喜世さんって妹さんもいるの?」
「ああ。男二人に女一人。面倒で兄弟って言っちまってるけどな」
玄関前で向かい合うと、彼女は少し真面目な顔をする。
「とにかく色々大変なこともあるだろうから、困ったら俺を呼べ。いいな?」
「うん」
「あと、折角だ。飯は一緒に食ってけよ」
「え? いいの?」
「構わねえよ。いつも言ってるだろ。一人増えたところでそう変わんねえって」
「そっか。じゃあ、ご馳走になるよ」
「ああ。じゃ、行くぞ」
「うん」
少し緊張した面持ちの喜世さんを見て、僕も少し緊張する。
でも、自分で言いだしたんだから。しっかりしなきゃ。
僕が大きく深呼吸をしたのを見て、無言で頷いた彼女はバッグから玄関の鍵を取り出し鍵を開けると、そのままドアを開けた。
「ただいまー」
「あ、お姉ちゃんだ!」
「姉貴ー。遅えってー」
「喜世姉お帰りー」
ドアの先。奥に見える居間のほうからドタドタと三人の子供が玄関まで駆け込んでくる。
ぱっと見小学校高学年くらいの男子が一人と、低学年くらいの男子と女子が一人ずつ。
確かにみんなどこか喜世さんに似てる。
と。笑顔だった彼等が喜世さんの後ろにいた僕を見て、声を失い目を丸くした。
やっぱり、見慣れない人がいるとこんな反応に──。
「……か、彼氏だぁぁぁぁぁぁっ!」
──あ。これか。
三人がキヨさんの予想通り、同時に驚きの声を上げたのを見て、僕はちょっと微笑ましい気持ちになった。
「な? な? お前、有内優汰か!?」
「え? あ、うん。そうだけど」
一番年長の子にいきなり問いかけられて、僕は思わずきょとんとする。
いや、いくらなんでも僕の名前を知ってるなって思わなかったから。
「わーっ。写真よりめちゃくちゃ格好良いー!」
目をキラキラさせる女子に。
「喜世姉が、こんなイケメンと付き合ってるなんて……」
なんていう年下の男子。
「付き合ってもいねえし、彼氏でもねえ!」
喜世さんは大声で彼らの言葉を否定してるけど。
「蒼知ってるよー。お姉ちゃん、優汰君の写真見てニヤニヤしてるの」
なんて、悪意のない笑顔で僕に教えてくれる。
「ば、馬鹿な事言うなって!」
「うっわー。姉貴、めっちゃ顔真っ赤じゃん」
「ほんとほんと。どうりでここ最近、にこにこして帰ってくることが多いわけだ。喜世姉わかりやすいし」
「う、うるせえ! いつも友達だって言ってるだろ! これ以上余計なこというと、全員晩飯抜きにすっぞ!」
「げっ! 姉貴! それはなし!」
「マジで! マジでそれだけは勘弁!」
喜世さんの言葉にしまったといわんばかりにゲッとした男子二人。
だけど、蒼ちゃんだけはにこにこしながら、こんな事を口にした。
「お姉ちゃん。そんなに怖いと彼氏に嫌われちゃうよ?」
「だから! 彼氏じゃねえ!」
怒りすぎて息切れを起こしてる喜世さん。
完全に三人に翻弄されちゃってるけど、頑張って否定してくれてるんだもんね。
「ごめんね。僕達、本当に友達なんだ。今日は喜世さんのお母さんの帰りが遅いっていうから、手伝いに来たんだ」
僕が笑顔でそう口にした瞬間。蒼ちゃんがぽんっと顔を赤くすると、無言でもじもじしだす。
……あれ? どうしたんだろう?
僕が首を傾げていると。
「ば、獏兄ちゃん。有内のやつ、蒼を落としたぞ」
「マジかよ!? 同じクラスの男子を全員振った、あの蒼が……」
なんて、男子二人も驚いてる。
「お、おいおい。蒼。お前……」
「……お姉ちゃん。私達、ライバルだから!」
……え? ライバル?
予想外の言葉に困惑していると、喜世さんが慌ててこう言い返す。
「だ、駄目だ! お前には優汰はまだ早いからな!」
「別にいいでしょー。独り占めは駄目だよー」
「独り占めはしてねえけど、駄目なもんは駄目だ!」
会話の流れがどんどん斜め上に進んでいってて、よくわかんないんだけど……。
玄関でのいきなりのバタバタに、僕は思わず唖然としちゃったんだ。




