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第28話 静岡農協拡張職員②

 少し遅れて、もう一件通信が入った。


「こ、こちら、スイ。ごめんなさーい、やられちゃいました。今は拘束されて耳に電話あてられてます。この人すっごい強くて。え、何? 無事、無事です。他の人は多分無事です。大丈夫。だから殺さないでー」


 パドルはため息をついて自身の左手首のHBに触れた。


「スイ、パドルだ。怪我はないか」


「大丈夫ですー。でも柳葉刀が壊されちゃいました。日本にはあれしか持ってきてないのに」


 柳葉刀とは日本で青竜刀の名で知られる薄刃の刀である。片刃で湾曲している点はムーの使うククリと似ているが、柳葉刀は刃が薄く、しなやかに出来ている。


 スイは中国人かな。山城は思った。白兵戦には自信があるようだが、ムーが相手では。農協の模擬戦では、阿含ですら四戦して三回はダウンあるいは関節を決められて床をなめていた。立体的に動ける場所が壁しかない農協本部の格技場でその結果だ。森の中での戦いなら、かつての四軍ですら勝てる相手がいるかどうか。


「それなら良かった。そこの彼に変わってくれるか……私はパドル。スイの雇用主だ。君は……」


「ムーだよ。俺の仲間はみんな無事?」


「ああ、全員生きてるし、ひどい怪我もしていない。今、山城くんと代わろう」


 パドルは熊谷に指を立てた。熊谷は頷くと端末を山城の耳に近づけた。山城の後ろではエイミーが銃をしまった。


「山城だ。とりあえず俺とリゼちゃんは生きてる。たまきちゃんのところも、死んではいないらしい」


「おー、ケンジ! よかったよー。どうする、すぐ人質の交換する?」


「いや……殺される雰囲気でもない。とりあえずそっちのお嬢さんは乱暴じゃない程度に拘束して、すみっこに置いといてくれ。パドルさんが俺たちを開放するつもりならまた連絡する。それまでは当初の予定通り、そっちを封鎖しておいてくれ」


「OKよ!」


 熊谷が通話を切った。山城はゆっくり周りを見渡し、銃を突きつけられていないことを確認し、パドルに言った。


「さてと、立ち上がっても?」


「もちろん。さて、ここからが交渉ルビ・ネゴシエートですね、と言いたいところですが、実のところ我々はすでに目的を達成しています」


「無事に村を脱出すること。そのために障害になりそうな俺たちを制圧したんだろ」


「そのとおり。まあスイがやられてしまったのは想定外でしたがね。それに顧客へのアフターサービスの意味もありました」


 うちはお客様密着型の武器商人ですから。パドルの言葉に山城が言う。


「三本腕、か。あんなチンピラのために日本の山奥まで来たとは思えないけどな」


「兄さんも」


 リゼが口を挟んだ。


「大塩健太郎に会いに来たのでしょう」


 日本国最後の首相、大塩健太郎。数字を使った明朗な政治方針と力強い語り口、そして端正なルックスを持った彼は、若きリーダーとしてトントン拍子に首相まで上り詰め、これからの日本を明るい未来へと導く……はずだった。厄災が起こるまでは。


 その若きリーダーも今は八十歳近いはずだ。


「ワーカホリックの兄さんとは言え、たかだか田舎のギャングに戦車はあまりにも不釣り合い。大塩首相とのパイプを作って、その名前で日本全体に武器や弾薬を売ろうとしていたんでしょ」


「日本人はみんな肩書が好きだからね。最後の総理大臣、というのはなかなかの肩書だと思わないかい?」


 パドルは魅力的に笑ったが、不意に真顔になった。


「もっとも、今回はそう上手くいかなかったけれども」


「何かあったの?」


 確かに、客人として天ヶ峰村を訪れたにもかかわらず、パドル達一行はとんぼ返りをしようとしている。もちろん農協の襲撃が予想外だったことも原因であろうが、彼らほどの練度と装備であれば三本腕の盗賊たちと協力して阿含や山城たちを迎撃することも容易いはず。


「それは……」


 パドルは戸惑ったように笑うと、リゼの頭に優しく手をおいた。


「こんな危ないところに来ている悪い妹には言えないな。日本に取材に行くって聞いただけで母さんはショックで卒倒したってのに、ギャングの根城に来てるだなんて聞いたら、傭兵団を派遣してでもお前を連れ戻そうとするだろうよ」


 あの義母であればあながち冗談ともいい切れない、リゼは思った。


「どれ……」


 パドルがHBに触りながら言った。


「ほう、面白そうなアプリを入れてるね」


 リゼが慌てて自分のHBを操作した。


「私のデータ覗き見したの?」


「しかし、お前はHBを全然使いこなせていないな」


 パドルが言った。


「最先端のウェアラブルデバイスだぞ。こいつの性能の前では、この島国の端末なぞ電卓と同じだ」


「機械はあんまり得意じゃなくて」


「そんな事言ってる場合か? 日本という危険な国で、お前が頼れるものはHBだけだ。それがお前の最大の武器だ。お前には目的があったんだろう。私はあまり共感できないが、大きな目的だ。それを達成するためなら、あらゆる努力を惜しむべきではない」


 その声色は、冷徹だがどこか家族に対する愛情のようなものがあり、だからこそリゼを苛つかせた。


「そんな事、分かってる。私だって頑張ってきた。知ってる人が一人もいないこの国に来て、情報と信頼できる人を探して」


「やって当たり前のことを並べてどうする。私が言っている努力とは、最善を尽くした上で更に一手何かないかと考えることだ」


「それは……何でも上手にできる兄さんみたいに上手くはいかないけど、私だって一歩でも前に進むために精一杯やってきた。そのことについてとやかく言われたくなんてない」


「……なるほどな。だが最低限今入っているアプリの使い方をしっかりと把握するべきだ。お前のために、な」


 パドルはそう言って自身のHBを展開し、リゼと視覚の共有を行った。


 あの二人はどうやら、喧嘩腰になりながら兄が妹にものを教えるというのがスタンスみたいだな。山城は思った。HBの機能について講釈を行うパドルを見ながら素直じゃないねえ、という視線を熊谷に向けたが、迷彩服を着た男は当初会ったときと同じ強張った顔のまま周囲を警戒している。どうやらこれが彼の地顔らしい。


 エイミーの方に顔を向けてみたが、何を勘違いしたのか中指を突き立てられた。


 やれやれ、農協の仲間が恋しいよ。


 パドルは固めた髪を優雅になでつけた。


「さてと、可愛い妹をあんな危ない場所へ行かせるのは気がとがめるが……止めてもお前は行ってしまうんだよね」


「私が始めたことだから。それに……」


「それに?」


「一人にしておけないタイプだからね、静岡農協のエースは」


 リゼの言葉にパドルは微笑した。


「気をつけろよ。お友達がいくら強くても戦車には敵わないだろうからね」


 山城は立ち上がると自分のライフルを拾った。


「おじさんも行こう。今連中が何人生き残っているか分からないけど、村の中はかなり危険だ。リゼちゃん一人じゃ百メートル走る間に蜂の巣になっちまう」


「熊谷」


 パドルが言った。


「リゼを村まで護衛しろ。そのまま北側に抜けてスイを回収してこい」


「了解です」


 熊谷が応える。


「三本腕グループと交戦になった場合、迎撃をしてもよろしいですか」


「許す。弾薬と戦車の納品分はすでに支払われており、アフターサービスも済んだ。現在我々は彼らと利益を共有していない。妹のことを置いておくとしても……」


 パドルは村の方へ目をやった。


「今後我々が彼らと取引することはないだろう」

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