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第29話 静岡農協拡張職員③

 日本刀を腰に下げた大柄な男が村の公民館の前に陣取っている。彼は三本腕と名乗っていた。筋肉がはちきれそうな上半身にポロシャツをまとい、太い脚はジーンズに包まれている。そして、シャツを突き破って背中から、成人男性のものと同様の太さの鉄の腕が生えていた。


 外に出した長机に音響機器が置かれ、スピーカーを手にとって矢継ぎ早に部下に指示を飛ばす。


 被害状況と敵前逃亡した部下について、急に砲撃をやめた迫撃砲の確認、何より村内に潜入している“敵”への対処。


 スピーカーで村中に檄を飛ばした。


『いいか、数人で固まって対応しろ。迫撃砲はもう来ねえ!村の中にいるゴミは大した腕じゃねえ。お互いをフォローできる位置に――』


 ガガガッ、ギーー


 スピーカーに酷いノイズが走り、阿含の声が流れた。


『ご挨拶だな。俺は凄腕のプロだぜ。この村のカスどもと違ってな。実際雑魚ばっかりだ。あんたを除けばな。ええ? 立派な用兵術じゃねえか。さすが、もとはキャラバン護衛のリーダーやってただけあるなあ』


 三本腕は一瞬固まったが、すぐに手元のマイクの電源を入れた。


『貴様が敵か。随分好き勝手やってくれたな。どこの差し金だ』


『静岡農協だよ。依頼があってね。あんたら長野静岡あたりで随分悪さしてただろ。あちこちが協力してくれたぜ。てめーの身内も含めてな』


 横にいた手下がリーダーを見る。農協単体でも厄介なのに協力者や内通者がいるとは……


村内の敵を探す男たちも足を止めて顔を見合わせている。


『バカどもが、浮足立つんじゃねえ。農協のマンハンターだぞ。デタラメに決まってる』


『おー、さすが。マレーシアのサイバネ工場で鉄腕の移植と、脳みそのクロックアップをしただけのことはあるねえ』


 リゼの情報網と茜のハッキングで得た情報だ。もっともその時は腕の一本を鉄腕に置き換えたのだと思っていたが。背中から腕が生えてるって、寝る時どうしてるんだろうか。


「ちぃっ」


 三本腕は舌打ちしてマイクを切って手下に話しかける。


「この村で、公民館以外に屋外スピーカーのマイクが使えるところはどこだ。奴はそこにいる」


「学校の北側にある消防団詰め所です」


「よし、そこなら戦車で狙えるな。準備させとけ。俺は会話を長引かせる。それと他のバカどもに、必ずぶっ殺すから動揺しないよう伝えておけ」


 手下が走り去る。三本腕はマイクを握った。


『随分調べたようじゃないか。てめえの情報網はなかなかだ。どうだ、農協なんてつまらねえ仕事やめて俺達のところに来ないか』


『笑えねえ冗談だな。俺に盗賊になれってか?』


『俺たちは盗賊ではない。志を持った解放軍だ』


 男の口調が変わった。盗賊の頭ではなく、演説を行っている者のような話し方に。


『近隣の村から物資の臨時徴発をすることはあるが、盗賊の行う略奪とは大きく異なる』


『言葉のすり替えだけは立派だなあ。さすがは新興盗賊団三本腕グループの頭だ。日本の元首相抱き込んで一旗揚げようってか』


『力だ。この国では力がなくては何もできん。戦車も、大塩首相も、その力の一つだ。力をつけ、必ずや今の偽物の静岡県政府を、打倒する』


『おお立派なお題目。つまりお前はジャチボーギャクな県知事を討つ正義の使者ってわけだ。三本腕こと、前県知事の右腕、上条兼春さん』


 三本腕、本名は上条兼春。大規模キャラバンの護衛だったが、襲撃してきた盗賊を刀で斬り伏せたことが有名になり、静岡県知事の川口のSPになる。熱烈な愛国者の上条は右翼の大物だった川口元知事と馬が合い、荒くれ者をとりまとめ、彼の右腕になった。政策の相談にも乗っていたようだ。 


 大出世した上条の人生が大きくレールからハズレたのは、言うまでもなく県知事がクーデターで倒されたときからであった。軍部を掌握した現在の県知事、朝倉“弾丸”直樹が起こしたクーデターで政権は転覆。知事は殺され残党は伊豆半島に逃げた。「上条は殺した」と新政権は発表していたはずだが、どうやら上手く海外に逃げだせたようだ。


 顔を変え名前を偽り、改造手術を受けてまで、なぜ彼は静岡に戻ってきたのだろうか。三本腕として力を蓄え、いずれは伊豆の残党と合流して革命返しを行うつもりだったのだろうか。


『あんたが殺されたと思われてて残念だよ。生きてると分かれば県軍からかなりの賞金がかけられていただろうに』


 もっとも、実際のところ上条が生きていることが知れれば、県軍は総力を上げて彼を叩き潰しただろう。情報はシャットアウトされ、農協の出番はなく、大塩元首相へのインタビューも叶わなかった。また、上条自身もそれが分かっていたから三本腕の名前で手下を集めざるをえなかったのだ。その結果ほとんどが三下だけのケチな新興盗賊団になろうとも。


『貴様なんぞに、俺の深い哀傷の念は理解できまい』


『お、不幸自慢か。俺も負けちゃいねえよ。何てったって』


 ドゴンッッ!!


 スピーカーから流れていた阿含の声を遮るように、轟音が村内に響き渡った。


 戦車の榴弾が天ヶ峰村の消防団詰め所を直撃した。


『――よし、お前ら状況を確認しろ。気を抜くなよ、村の外にも敵はいるんだ』


 スピーカーで指示を出した三本腕の端末に手下からの電話が入った。


「ボロボロですね。でかい穴が空いて詰め所自体崩れちまってます。中の奴はまず死んでんじゃないですか」


「死体を探せ。村の入口でのうのうとクソしてる奴らに首を晒してやる」


 三本腕はスピーカーのマイクを入れた。


『やったぞお前ら、村内に侵入してきた敵は片付いた。森の迫撃砲も戦車でぶっ潰した。あとは北と南だけだ』


 スピーカーのマイクを切ると、すぐさま電話が入った。


「何だ。もう死体が見つかったのか」


「頭、なんだか変です。瓦礫の中からまだ敵の話し声が聞こえるんです」


 榴弾が直撃して崩壊した消防団詰め所は、ボロボロに崩れたコンクリートの他、折れた木材や破れたトタン板、ガラスなどが積み重なっており、不用意に近づけない場所となっていた。だが、確かに声が聞こえる。不意に声が大きくなった。


「これで聞こえるかな。壊れてなくてよかったよ。うちの依頼人から借りたレコーダーだったか通信機だったか、とにかくすごい性能なんだわ。ボリューム上げても人が話しているのと変わらないしな。さすがマレーシア製」


 盗賊たちは皆、足を止めて声の聞こえた瓦礫の山を見た。


 もう一言だけ阿含の声が続けた。


「今だ!」


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