シャロちゃん
届かない。
どれだけ大剣を振るおうと。
どれだけ距離を詰めようと。
私の剣では、目の前のゴミを斬ることができない。
距離を取り、速度で攪乱しようとも、全て対処される。悉く撃ち落される斬撃は、まるで空を切っているかのよう。
まるで手ごたえがない。
赤子の手を捻るとは、まさにこの事だと思う。私の攻撃は全てアバストによって無力化されている。
――やっぱり、厄介……!
膂力では私の方が上。斬撃の速度も、多分勝ってる。
それなのに当てられない。決め手にならない。このゴミが私よりも遥かに技巧が高いのもある。
けれど、一番厄介なのは視界から霞のように消えること。いつの間にか背後を取られ、躱されている。
「また消えっ――」
「弱いな」
振り下ろしたはずの大剣が、アバストの片手剣により跳ね返される。
大きく開いた私の腹部。
そこ目掛け、容赦なく繰り出される蹴り。
――避け、なきゃっ。
そう思いはするものの、何故か体が強張ってしまう。一瞬の隙をつかれ、強烈な衝撃が私のお腹に走った。
――また、だ。
――また勝手に、止まっ。
蹴られた勢いで、肺に溜まっていた空気が一気に吐き出された。胃の中からは何かがせりあがってくる。
気持ち悪い感覚に、思わず膝をおれば、ゴミがしたり顔で私を見下ろしてきた。
「ふっ。打撃を加えるとき、一瞬身を強張らせるな、貴様。会ったときから、もしかしてとは思っていたが」
「はぁ……はぁ……」
思わず、私は苦痛で顔を歪ませた。コイツが何を言おうとしているのか、察っすることができたから。
認めたくない。認知したくない。
だが、そんな弱音を許さないかのように、ゴミは私に現実をつきつける。
「やはりな! 娼婦くずれなのは分かっていたが、貴様、変態共に嬲られていたんだろう!? くははは! あのセキュリティは気づいているか知らないが、獣人で耳毛を染め直しているのは、そういう客歓迎の証だ!」
「やめ――」
それ以上言うな。
私は抵抗とばかりに大剣を握り直し、飛び掛かろうとするも、ヤツの見た目が露と消え、ある男へ変化した。
恰幅の言い男だ。
着こなしている服はどれも高そうで、一目で貴族だと分かる。下卑た笑みを浮かべ、額や頬に汗をかき、気持ち悪い視線で私の嘗めまわす。
ああ、イヤだ。思い出したくない。見たくもない。
――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……!!!
「やはりこの姿の男に遊ばれていたか。くはは、怖いのだろう? 殴られ蹴られるのが、まだ怖いのだろう?」
「こわく……っ」
貴族のブタの姿のまま、アバストは私に殴りかかろうとした。
それだけで身が固まってしまう。
体ではない。頭が学習してしまっているんだ。過去の記憶に基づいて。抵抗しなければ楽になれると、動きそうになる体を頭がセーブする。全てに蓋をしようとする。
その結果、私の頬にゴミの拳が突き刺さった。
「どれくらいだ? そこまで恐怖を刷り込まれているという事は、1週間や2週間の話ではないだろ。一か月? いや、半年……もしくはそれ以上か」
「はぁ、はぁ……」
息が切れる。呼吸がつらい。心臓の鼓動がうるさくてかなわない。
思い出すのは、ボスに会う前の記憶。タカマガハラに初めて来て、そこから体をもてあそばれた記憶。
ボスには黙っていた。自分は新米だとずっと嘯いて、騙してきた。
だって恐ろしかったから。あの人の見る目が変わるのが。長い間、私が男のおもちゃだったとは知られたくない。
お嬢とあった時は少しだけ警戒したけど。
「わた、しは……わたし、は」
「情けないな。タカマガハラにいる女どもは上役と呼ばれる娼婦を除き、みな貴様のように男の玩具としてもてあそばれる。抗うことはできない。一度、身を入れれば無慈悲にもそれが決定づけられる。脱走も引き抜きも禁止。あの魔女が定めたルールだ」
私が必死に立ち上がろうとしている腕を、遠慮もなしに男は踏み抜いた。
骨の砕けた音がする。声にもならない痛みが脳に伝達される。ボスと会ってから、一度も感じたことのない痛み。忘れさせてくれたと思っていたトラウマが、私の心をぐちゃぐちゃに搔き乱す。
「これだけ痛めつければ、もはや抵抗できまい。さっさとあのセキュリティを追って、ぼろ雑巾のようになった貴様でも見せるか。そうすれば、再びタカマガハラは私達の思うままだ」
「フ――――……、フッ――……」
「……ほんと気持ち悪いな、娼婦と言うのは」
長いのでちょっと分割!




