幕間 史上最弱の聖女
「ひっ、あ、いや……えっと」
「まだ体調は治りそうにない?」
「は、はい……」
「わかった。また来る」
今日もそう言って、玄関の扉越しにリーダーさんへ嘘をついた。
実際、体調は優れない……と思う。彼がパーティーを抜けてから、私は妙な虚脱感に苛まれて仕方がない。ということは、私は正当な理由で冒険者稼業を休んでいるということ。無理をして働かなくていい。
そう思うと、不思議と罪悪感なんてものは感じなくなってきた。
――今頃、私の幼馴染は何をしているだろうか。
ふとそんなことを考えながら、リビングに戻ってメルちゃんへ水をあげる。この前のクエスト失敗以来、私は冒険者ギルドにも顔を出さず、こうして家に閉じこもることが多くなってしまった。
理由はシンプルだった。人という生き物は、己が要因で失敗をすると、全てを投げ出してしまいたい欲求に駆り立てられるらしい
特に私みたいな人類最弱な雑魚メンタルには、責任という言葉が重すぎて耐えきれなかった。リーダーさんも、他のパーティーメンバーも、きっと私のことを悪く言っているのだろう。私さえきちんとしていれば、ジャイアントオークなんかに負けることもなかった。
だから、リーダーさんが毎日のように家に来ても、私はカーテンを閉めて閉じこもっている。話す時は絶対に玄関の扉越し。かたくなに顔を合わせようとしない。そうしないと、私は……。
一度だけ。たった一度だけ、田舎にいたときにも同じことをしたっけ。
私の親は、いわゆる毒親というものだったから、何もかもが嫌になってしまったんだ。すべてを投げ出して、どこか遠くへと逃げてしまいたい。でも、他人と喋れないコミュ障だから誰にも頼れないし、一人でどこかにいくこともできない。
最終的に選んだのが、閉じこもるという行為。
たまたま見つけた古い空き家を、私は平然と自分の籠城する場所に選んだ。
当然食べものはなかったし、飲みもののもなかった。
脱水症状と空腹で死んでしまうことが幾度かあったけど、私は治癒魔法が得意だから、その間なんども蘇生して生きていた。植物のように丹丹と生きていける。誰とも触れ合う事なく、誰とも分かち合うことなく、私はひっそりと一人で生きていく。
ああ、このまま誰にも見つからずに生きていくんだ、と当時は思った。
もちろん、そんな人生は嫌だ。怖かったし、寂しっかった。
私はコミュ障なだけで、誰かと触れ合いたい生き物でもある。承認欲求は人並みにあるし、人肌を感じたいときだって普通にある。
友達が欲しい、恋人がほしい、家族がほしい、親友がほしい。自分でも面倒な人間だと思うけど、心から求めてしまうかのだから仕方ない。
でも、ああでもしないと私はあの人から逃げられないと思っていたし、まだこの苦痛の方が全然マシだと思えていた。
そんな時だったっけ。私が閉じこもってから3週間がたった時。彼が私の魔法を壊して、空き家に入ってきたのは。
『おい、ハナ! 生きてるか!? 馬鹿は馬鹿でも、ここまで馬鹿とは思わなかったぞ!』
その言葉は今でもよく覚えている。
私を「馬鹿」と言うのは、幼馴染である彼くらいだ。
いつも私をからかったり、でもコミュ障な私に会話のスピードや活動範囲を合わせてくれる、優しいのか厳しいのかよく分からない幼馴染。
でも、私は知っていた。
彼は私を必死になって私を探すような人間じゃないことを。言い方は悪いかもしれないが、私はそこまで彼にとって特別な人ではなかった。
彼は近隣住民からも良く好かれていたし、年齢の差はかなりあるけど友達と呼べる人がたくさんいた。私なんて、ただ物心ついた時から一緒にいる村人Cだ。幼馴染というブランドを引っ提げても、彼の特別枠には決して入っていないだろう。それくらい、私と彼とでは何もかもが違うかった。
『な、んで……?』
だから聞いた。
水分は飛び、唾液すらもでなくなった口で、私は乾いた言葉を発した。
それを聞いた彼の顔は……どんなだっけ。あんまり覚えていない。
悲しんでいたのか、笑っていたのか、ほっとしていたのか。
うーん。よく思い出せない。
でも、その次のセリフは空き家に入ってきた時と同じくらい、印象に残っている。
『森で木遊びするから迎えに行くって約束したろ。だから、迎えに来た』
そんなことの理由で彼は、ここまで入ってきたのか。
馬鹿なのはどっちだろうと私は思った。
いや、多分私と彼は同じくらい馬鹿なのかもしれない。
彼の腕には大量の火傷や切り傷。額からは血まで流してしまっている。
私がかけていた魔法にやられたのだろう。体のいたるところに傷を作って、それでも気にせあの空き家に入ってきたボロボロの彼を、私は一生忘れたくなかった。
だって。
「かっこ、よかったなぁ……」
と、ダメダメ。
いつの間にか昔の記憶を掘り返していた。
こうやって家に閉じこもっているのも、もしかしたらあの時みたいに、また来てくれないかなとおもってのことだろうか。そうだとしたら、やっぱり私ってバカだなと思う。人類最弱メンタルも、ここまで他力本願だと彼に愛想をつかされそうだ。
……いや、もう尽いたのか。
「あ、あ、あ……ああ、あ、頭がわれ、われっ!!」
めき、ごり、しゅいーん。
……ふぅ。一度、死んで治癒魔法で蘇生したからなんとか発作を起こさずにすんだ。危ない危ない。嫌なことを考えるものじゃない。全てが私の致命傷となりえてしまう。
「家にこもってるからだめなのかも……そろそろ外に出た方がいいかな」
彼を探すためにも、外に出なければいけないことは分かっている。分かっているけど、なかなか第一歩が踏み出せない。わたしにとって外の世界に単身で乗り出すというのは、裸一貫でドラゴンと戦うようなものなのだ。まず生存率は0だろう。
でも、でもこのままじゃ。
「……よし、森に行こう! うん、サーザール森林は人がいないって聞いたし、私でも大丈夫なはず……!」
そんなところに彼はいるのかって?
……細かいことを気にしても仕方がないでしょう。いざとなったら、、王都にいる宮廷魔導士さんにお願いして、見つけてもらいます。えっと、捜索魔法に必要なのは匂いの染みついた物品だったっけ……誕生日にもらったフルプレートアーマーでいけるかな?
「えっと、森に行くには南口から出れば」
冒険者稼業を勝手に休んでいるのに、こんなことしていいのか分からないけど、今は許してほしい。
そもそも、リーダーさんが彼を追い出すからいけないのだ。何度、心から呪……間違えた。クレームをいれたことか。別に常日頃から彼と一緒が良いという訳じゃないけど、前説明がほしいよ。そしたら、私もパーティー抜けられたのに。
「はぁ、早く行こう」
駄目だ。このままでは本当にメンタルが崩壊してしまう。
早く森林浴でもして、ちょっとでも元に戻していかないと。
なんたって、私は一人で生きていけない史上最弱の聖女なのだから。
待たせたなぁ(誰かさんボイス)
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