366.声を上げなければ
本日2話更新です。
こちらは2話目。
「ルーディが納得できないのは当然よ」
テアちゃん、やっぱり勇者だわ。もう堂々と意見してくれる。
「どうして女子だからっていうだけで、ここまで差別されなければいけないの? 掛け算の計算問題ひとつまともに解けもしないような男子なんかより、ルーディのほうがよほど立派な領主になれるって、誰が見てもはっきりしているのに!」
「ありがとう、テア」
テアちゃんがそう言ってくれるの、私はホントに嬉しい。
ただ、ひとつだけ、明確にしておく必要がある。
「でもね、テア。これは、わたくしの個人的な問題ではないと思うの。我が国の、貴族女性全員の問題だと思うのよ。何故女性は、女性であるというだけで自分の財産を持てないの?」
ハッと、テアちゃんの目が見開いた。
私は、この際だからと自分の素朴な疑問を口にしてみる。
「王宮の女官や侍女だって、立派な仕事だわ。彼女たちはその仕事で得た収入って、どうしているのかしら? やっぱり男性親族に奪われてしまうものなの?」
たとえ独身であっても、女性の財産って父親や兄弟、場合によっては従兄弟とかが、親族の男性だっていうだけですべて所有してしまえるんだよね? それも、相続とかで得た財産はもちろん、自分で働いて得た収入でさえもすべて。
それってホンットに働く意味がなくない?
ペリドットの目を瞬いたテアちゃんが答えてくれた。
「ああ、それはね、退職時にまとめて受け取るのが一般的なの」
「退職時にまとめて?」
「ええ、女性本人が受け取った収入は、そのまま親族の男性のものにされてしまうでしょ? だから受け取らないのよ、退職するまで」
そりゃまたびっくりだわ。
今度は私が目をぱちくりしちゃう。
テアちゃんはさらに教えてくれる。
「お勤めしている間にお金が必要になったときは、必要なぶんだけ借りるという形にするの。借りたぶんは、退職時に支払われる金額から差し引かれるわけ」
「そんなふうにしてるんだ……」
確かに、そういう形にしておけば、父親や兄弟に取られちゃうことはないよね。
私が感心してると、テアちゃんはやっぱり顔をしかめる。
「でも、退職時にまとめて受け取ったお給金が、そのまま結婚の持参金になることも多いのよ。つまり、お家が持参金を用意してくれない、あるいは用意できない場合の、持参金稼ぎになっていることも多いの。王宮の女官や侍女の仕事って」
「えっと、もしかしてそれって……持参金を出したくない父親による、強制的な就職だったりすることもある、ってこと?」
「ええ、そういうこと」
テアちゃんは肩をすくめる。「そうやって、女性が王宮で数年働いて得た給金をそのまま持参金にさせて、しかも父親が勝手に決めた相手に嫁がせるのよ」
ナニソレ?
そもそも、女性が結婚するときにお金を払う持参金っていうシステム自体が、おかしくないかって思うのに?
もう思いっきり、女性にタダ働きさせることしか考えてないよね? 女性が自分で働いて得たお金を、父親も夫も搾取することしか考えてない。いや、搾取するのが当然だとしか考えてない。
「もちろん、ご本人の意思で王宮勤めを選ぶ女性も大勢いらっしゃるわよ。少なくとも、ルーディの計算勉強会に参加したいと言ってこられるような方がたは、ご自分の意思で王宮勤めを選ばれたのだと思うわ」
そう言ってテアちゃんは、さらに驚きの事実を教えてくれた。
「女性が、自分で働いて得た収入を、親族の男性に奪われずにすべて自分のものにするには、断絶するしかないの」
「断絶、って……?」
そうだ、昨日デズデモーナさまが言ってたよね、オードウェル先生は断絶されてるからどうのこうのって。
「断絶っていうのは、女性が自分の生家、親族とのつながりをすべて断ち切り、さらに生涯結婚せず子どもも産みませんと宣言することよ」
は?
え、えっと……女性が親族との縁をすべて断ち切るっていうのは、理解できる。クズでゲスな男性親族に一生付きまとわれ搾取され続けることを思えば、そこを切り捨ててしまえるのならむしろありがたいわ。
でも、生涯結婚もせず子どもも産みません、って……?
「たいていは、長年王宮勤めをされた女性が、退職前に宣言されるのよ。そうすれば、退職時に得られる収入を親族の男性……それこそ顔もよく知らない又甥(甥の息子)とかに奪われずに済むから」
あ、ああ、なるほど。
もう出産年齢を過ぎて生涯独身が確定しているような女性であれば、そのほうがいいよね。
ホンットに、顔もろくに知らないような親族男性に自分の全財産を奪われちゃうなんて、どう考えても許せないもの。
ある意味、長年働いてきた女性への救済措置なのか。
「でも、最近はもう、若いうちに断絶宣言をされる貴族女性も増えているのよ」
テアちゃんがさらにそう言ってきて……私は正直に納得しちゃう。
だってねえ……もう最初から結婚なんかする気がない女性って、実は結構いるよね?
特に自分が生まれ育った家庭で、女子だからっていうだけでさんざん差別され虐待されてきたような場合は……家庭っていうものに対する期待なんかゼロだもん。
それに、もし結婚して自分が女の子を産んだら……その子もまた家の中で虐待されちゃうことが目に見えてるんだよ、いまの我が国では。そりゃもう、自分は結婚も出産もしませんって、若いうちに決めちゃう女性が出てくるのは当然だと思う。
そもそも、この国の制度からすると、最初にテアちゃんが私に訊いてきた通り、貴族女性にとってはもう結婚ってほぼ罰ゲームなんだし。
しかも、そう決めて宣言することで、自分で働いて得た収入を誰にも奪われずに済むんだよね?
そりゃもう、さっさと断絶宣言しちゃう女性が増えるのは、当然だわ。
そんでもって、我が国の貴族人口が激減してるっていうのもまた、当然だわ。
ただ……それって、国としてはかなりまずいよね?
我が国の支配者階級である貴族って、もともと人数が少ないはず。それなのに、貴族女性の多くが子どもを産みたくないと考えずにはいられない状況にされてしまってる。その結果、我が国の貴族がものすごい勢いで少子化しているわけで……。
それを思い、私の背中がぞくっとしたそのとき、テアちゃんが言った。
「その若いうちに断絶宣言をする女性の先鞭をつけられたのが、オードウェル先生なの」
「えっ、そうなの?」
確かに昨日、断絶っていう言葉を私が初めて聞いたのは、オードウェル先生についての話の中ではあったけれど。
「ただ、オードウェル先生の場合は、特別な事情があったのよ」
うなずいたテアちゃんが、ちらっとガン君を見た。
ガン君は、さすがに男子生徒としてはあまり口出しできる内容ではないのでずっと黙ってたんだけど……それでもテアちゃんの視線を受けてうなずいた。
「うん、有名な話だね」
「オードウェル先生は、非常に強い攻撃的な固有魔力をお持ちなの。その固有魔力をもって、あの『ホーンゼット争乱』では最前線でたいへんな功績を上げられたのよ」
なんかもう、びっくりする話が続いてるわ。
あのオードウェル先生にそんな経歴がおありだったとは。
そこでガン君もまたうなずいた。
「もしオードウェル先生が男性であれば、もう間違いなく子爵位と領地を賜っていたはずだというだけの実績をお持ちなんだ」
「でも、女性だから爵位も領地もなし、なのよ!」
テアちゃんが本気で怒ってる。「ひどいと思わない? 戦力が必要だからって、男性女性関係なく戦場に駆り出しておいて、褒賞にはそんな差をつけるなんて! しかも報奨金でさえも、オードウェル先生がそのまま受け取ってしまわれると、そっくりそのまま親族男性のものになっちゃうっていう状況だったのよ!」
「だから、オードウェル先生は断絶を……ご自分の報奨金をご自分で受け取るために、断絶宣言をされたのね?」
私はものすごく納得してうなずいたんだけど……テアちゃんはさらに怒りをあらわにしていて、ガン君はものすごく気まずそうに視線をさまよわせてる。
「それだけじゃないのよ!」
テアちゃんが、2人の態度の理由を教えてくれた。
「オードウェル先生が、爵位も領地ももらえないとわかったとたん、彼女を囲い者に……側妾にしようとする貴族男性が山ほど湧いて出たからよ!」
「は?」
素でぽかんと口を開けちゃった私に、テアちゃんは怒りのままに続ける。
「『ホーンゼット争乱』が終結したとき、オードウェル先生はすでに30代になられていて……そんな『老嬢』を正妻に迎えるのなんて体裁が悪い、でも、魔力量が多くて強い固有魔力を持つ女性だから子どもは産ませたい、と……そんな卑しいことを考えた連中がわんさか湧いて出て、我先にオードウェル先生を囲い者にしようとしたのよ!」
あまりにもひどすぎて……私はテアちゃんが言ったことの内容を呑み込むのに、ちょっと時間がかかってしまった。
そして……その内容が呑み込めたとたん、私の顔がはっきりとゆがんだ。
戦力になるからと戦場に駆り出し、そこで功績を上げても女性だからという理由で褒賞を与えない。唯一与えられる報奨金は、そのまま受け取ると親族男性にすべて奪われる。挙句の果てに、年齢を理由に正妻ではなく囲い者にして子どもを産ませる?
オードウェル先生を、いったい何だと思ってるの?
いや……何だと思ってるのかなんて、はっきりしてる。
そういう連中は、オードウェル先生のことを、自分が好き勝手に使える『資源』だと、本気で思ってるんだ。
文字通りタダ働きをさせ、自分の都合のいいように使いつぶせる『資源』だと。
吐き気がする。
テアちゃんも怒りに震えてる。
「オードウェル先生は、即座に断絶宣言をする以外に、ご自分の尊厳を守る方法がなかったの。命をかけて、国のために戦ってこられたのに、よ!」
ひどい。
本当にひどすぎる。
オードウェル先生は間違いなくすばらしい先生だと、私は断言できる。けれど……彼女がそれほどのひどい道のりを経て、それだけ信頼できるすばらしい教師になられたのだと思うと……私の胸が苦しくなる。
ああ、でも、だから……昨日スヴェイが言ってたんだ。オードウェル先生以上に、学院の大掃除に全力でご協力くださる先生はいらっしゃらないでしょうから、って。
きっと……オードウェル先生は、これまで学院の中でもずっと戦ってこられたに違いない。
女子生徒が、男子生徒より成績がいいという理由で嫌がらせを受ける、そんな状況を深く憂えておられないはずがないもの。
なのに、その状況はいまだに変えられなくて……おそらく、無力感にさいなまれて教師としての一線から退かれてしまっていたんだと思う。
それが、今回のことで……教師として最後の大仕事になるとオードウェル先生はおっしゃっていたけど、それだけのことをしようと思ってくださったのなら、本当に感謝しかない。
それでも……やっぱり駄目だ、こんなことを赦しているなんて。
声を、上げるんだ。
こんなのはおかしい、って。
こんなことをしていたら、冗談抜きで本当に国が亡ぶ、って。
そりゃあね、すでにこんなにもボロボロになっちゃってる国だけど、それでも国が亡ぶことは絶対に避けなければいけないの。
だってもし、国が亡んで他国に支配され植民地化されちゃったら、私たちはいまよりもっとひどい扱いを受けることになるのは確実だから。
私は、秋試験を受けるさいに、歴史についてもがっつり勉強したんだ。
この大陸は、かつては全土を覆いつくす大魔法帝国が支配してたんだよね。
その大魔法帝国の崩壊にともない、長く戦乱の時代が続いた。数多の国々が興亡を繰り返し、ようやくいまの形に落ち着いた。
つまり、現在この大陸に存在している国々は、文化や風俗に多少の違いこそあれ、みんな大魔法帝国の末裔だってこと。要するに、魔力量が多くて強い固有魔力を持つ者が、支配者階級を占めている国ばかりなんだよ。
ホーンゼット共和国だって、共和国を名乗ってるくせに、内実は元辺境伯と独立戦争に加担した貴族たちによって支配されているって聞いてるし。
それは、この大陸のすべて国の支配者階級にとって、我が国の貴族女性が文字通りの『資源』であることを意味している。
それこそ、魔石よりももっと確実な『資源』として……魔力量が多くて強い固有魔力を持つ者を産ませるためだけの『資源』として、まず間違いなく私たち貴族女性が最初に狩られる。そして、奴隷以下の扱いを受けることになる。
国が亡ぶって、そういうことだ。
そんな恐ろしいことには、絶対にしたくない。
お母さまとリーナと……私たち家族がこれからも無事に暮していくためには、どれだけボロボロになっていようといまのこの国の状況を改善して立て直すしかないの。
ありがたいことに、私には現状に異議を唱える声を上げられるだけの立場も環境もそろってる。
支配者階級である貴族に、それも上位貴族に生まれたおかげで、女性といえども地位は約束されている。そして、国の経済を回すことで私は強い発言権を得られる。
声を上げ続けていくために、そしてその声をより広くより深く届けていくために、私はこれからなんとしてもこの国の経済をこの手ににぎらなければ。
気が付いたら1月が終わってました……(´・ω・`)





