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幻姿-まぼろしすがた-  作者: 江渡由太郎
幻姿-まぼろしすがた-
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 眩い光の中、流星の体がふわりと浮かぶような感覚に包まれた。


 まるで空気そのものが意思を持ち、彼の存在を支えているかのようだった。


 眼前には、赤双眼の巨影。

 “饕餮”――無数の眼がぎらぎらと輝き、渇望の光を宿していた。


 それは“見る”のではない。“喰らう”ために存在する。

 知識を。記憶を。契りを。そして――魂を。


「かえせ……すべて、かえせ……!」


 その声は心の奥に直接響くようで、流星の意識にまで触れてくる。

 断片的な記憶が暴かれ、胸の奥に押し込めていた感情が引きずり出されていく。


 ――羨望、嫉妬、執着、恐れ。

 誰にも見せなかった、隠してきた“自分”の醜さ。


 タケルが叫んだ。


「流星! 奴に意識を持っていかれちゃダメです! “ユエとの契り”に集中して!」


 流星は深く息を吸い込んだ。

 胸の奥にある“印”が、再び熱を持ち始める。


 ――そうだ、俺は……選んだんだ。


「ユエ!」


 その名を呼ぶと同時に、ユエの姿が光の中に現れた。

 白いワンピースが風に舞い、瞳は紅に染まっていたが、そこにあの哀しみはなかった。


「私の名を呼んでくれたことが、すべての始まり。契りを果たす時が来たのね」


 ユエが手を広げると、彼女の背後に“羽衣”のような光が広がった。

 それは神域の象徴――かつてこの神社に宿っていた“守護の巫”の証だった。


 ユエの掌から流星の掌へ、霧のような光が移動し、二人の指先が再び赤い糸で繋がれる。


「流星、私たちの力は記憶と契りで繋がっている。恐れることはない。あなたは“喰われる”側じゃない。私と共に――“封じる”者なの」


「わかった。なら、もう逃げない」


 その瞬間、流星の身体から淡い青の光が立ち昇った。

 彼の記憶の断片がその光の中で結晶化し、空中に浮かび上がっていく。


 学校の教室。答案用紙。空手道場。

 そして、神社で笑う幼いユエの姿。


 “饕餮”の眼が、それらを貪るように見つめる。


「かえせええええええぇッ!!」


 獣のような咆哮とともに、“饕餮”が突進してくる。

 空気が爆ぜ、神社の境内が振動する。


「流星、いまです!」


 ユエが印を結び、地に祈る。

 御神木が音を立てて揺れ、根元から青白い光が吹き出した。


「――“封神結界・真名縛り”!」


 流星がユエの手を取り、叫ぶと同時に、地面に無数の朱の紋様が浮かび上がった。

 それは神社全体を包む巨大な結界陣となり、“饕餮”の足元を縛る。


 だが、“饕餮”は抗う。

 その眼が開くたびに、結界の光が揺らぐ。

 記憶を引き剥がす声が再び流星に襲いかかる。


「お前は欲していた。優越を。力を。知識を。支配を――お前こそ、飢えた“怪物”だ!」


 心が引き裂かれるような痛みに襲われる中、流星は目を見開いた。


「……そうだ、俺は――強欲だった。だけど……それを否定しない!」


 流星の叫びに、青い炎が身体を包んだ。


「欲したのは力じゃない。“誰かを守れるだけの強さ”だ。ユエ、お前を、今度こそ守るために!」


 結界陣の中央に、流星とユエの足元から純白の光柱が立ち上がる。


 “饕餮”の影が引き裂かれ、眼が次々に潰れていく。


「やめろおおおおおおおッッッ!!」


 凄まじい断末魔が境内に響き渡り、“饕餮”の体が黒い靄となって空へと舞い上がっていく。

 その靄は赤い糸に絡まれ、最後は御神木の根元へと吸い込まれるようにして消えていった。


 静寂。


 風が戻り、蝉の声が聞こえる。


 境内の空気が、再び暖かさを取り戻していた。


 ユエが、そっと流星の手を取った。


「ありがとう。これで……ようやく、私も自由になれる」


 その目には涙が浮かんでいたが、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「自由って……どういう意味だ?」


「私は、“あなたとの契り”が消えることを恐れて、この神社に留まり続けていた。けど、あなたが思い出してくれたことで、もう……」


 ユエの体が、徐々に光に包まれ始めた。

 まるで、朝日の中に溶けていくように。


「ユエ、待って――!」


「大丈夫。これは別れじゃない。

 “真名”で結ばれた契りは、何度だって巡るの。

 またきっと、あなたが呼んでくれるから」


 その言葉と共に、ユエは風の中に溶けていった。


 ただ一筋、赤い糸だけが、流星の小指に残されていた。


 ――終わり。そして、始まり。


 タケルが猫の姿に戻って、ぽてりと流星の肩に乗った。


「ふう……やれやれ、ボクの仕事もまたしばらく増えそうですね」


「お前、何者なんだよ……」


「それはまた、次の章でのお楽しみってことで」


 流星は、空を見上げた。


 鳥居の向こうに、澄んだ空が広がっていた。


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