「“最後の式変形”──卒業の日、余白の中に
月曜日・卒業式前夜
制服のポケットに、最後まで使わなかった定規と分度器が入っていた。
凪は、家の机の上にそれを並べながら、ノートを一冊だけ選ぶ。
「3年間のうち、何が残った?
答えは出なかったけど、問いはずっと書き続けてきた。
なら、それはもう、“私の証明”だと思っていい」
火曜日・卒業式当日
体育館の壇上、名前を呼ばれる声の向こうで、
凪は心の中で、いくつかの式をそっと思い浮かべていた。
lim(失敗 → ∞)私の学びは消えない
∃x(x = “好きだった”)∴継続する意味がある
(後悔 ÷ 日常)× 仲間たち = 感謝
花束を手にした瞬間、すべてが“日常の終わり”として静かに完了した。
水曜日・最後の部室、最後の黒板
卒業証書を抱え、3人は部室に集まる。
紅葉:「ほんとに、終わっちゃったね」
高橋:「あのとき書きかけだった数列、まだ黒板に残ってる」
凪:「……じゃあ、最後に、ひとつ書こう」
凪はチョークを取って、黒板の右隅にだけこう記した。
「 f(t) = わたしが数学と過ごした時間」
「この関数の定義域は、これから」
金曜日・春、予備校ではない場所へ
数日後。
後期受験も考えず、凪は自分で「もう一度やりたいことリスト」を書いていた。
一冊、好きな数学書を最初から最後まで読む
中学生向けの証明問題を、自分で作ってみる
ノートをデジタルに書き写して“私の数学書”にする
「進学先がまだ決まっていなくても、
“やりたいこと”で前に進める。
数学は、いつも“今の自分”に式を与えてくれるから」
数学部ノート(凪)
■高校三年生・第29週
・卒業式、数学部引退、最後の黒板
・凪:「証明は終わらなかった。だから、わたしも終わらない」
→ 数学は、終点ではなく“定義域の拡張”である
わたしたちの関数は、まだまだ続く。