「“試験日和”──その手にあるものすべて
月曜日・試験当日の朝
2月。
凛とした空気。踏みしめるアスファルトの冷たさ。
駅前には、同じような服装と顔つきの人たち──
「受験生」という共通の肩書きを背負った、無数の静かな歩み。
凪はマフラーに指をかけ、深く息を吸った。
「今まででいちばん緊張していない。
けれど、こんなに慎重に歩いた朝はなかった」
手には、受験票、鉛筆、消しゴム、そして小さなメモ帳。
最初のノートから破いた、**“1年目の証明”**が入っていた。
火曜日・「この1問が、わたしだけのものになる」
試験開始。
最初に目にした大問の一行は──
「ある実数列 {a_n} に対して、次のように定める」
「あ。こういうの、好きだ」
そう思えた時点で、凪の指は動き始めていた。
計算、予想、帰納法、定義の再解釈。
「あれだけ怖かった“試験問題”が、
たったひとつの“問い”に変わる瞬間がある。
目の前の問題は、“わたしだけの問い”になった」
水曜日・試験が終わる、ということ
すべての科目が終了した瞬間。
静かに立ち上がり、深呼吸する。
廊下には、すでに未来に向かって歩き出している足音たち。
凪は、試験問題を胸に抱えながら呟いた。
「この一日が、わたしの“今”を全部出した日だった。
未来のことは、もう、答えじゃない。
今、私は“証明をやりきった”──
それだけで、きっと正しい」
木曜日・“応援の数式”
翌朝。部室には、誰もいない。
でも、黒板には残されていた。
高橋の書いた一言:
「(信じた自分) × (積み上げた時間) = 合格未満でも誇れる結果」
紅葉の一言:
「証明終わって、解答は未定。それでいいじゃん」
凪はそっと笑って、ペンを取り出し、追記した。
「(わたしの式) は、ずっと続く」
数学部ノート(凪)
■高校三年生・第26週
・入試当日、数学との最後の“実戦”
・凪:「問いが“自分だけのもの”になるとき、試験が試験でなくなる」
→ 数学は、他人の問題を“自分の物語”に変える力を持っている
この日、凪は“他の誰にも書けない証明”を完成させた