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【第103話】 史の大樹

 美桜は深い森を彷徨っている。木霊は辛うじて道を示しているが、ハッキリとしない。疲労も溜まり、意識が徐々に薄れていく。その時、視界が僅かに広くなる。ふと視線をあげると、森を抜けたさらに遠くに、一本の大樹が聳え立っているのを見つける。美桜は一気に森を駆け抜け、草原に丘の上に駆け上がる。

「あれが……」

美桜は道なりに沿って走り、史の大樹の麓を目指した。


 長い草原を駆け抜け、ようやく美桜は史の大樹の麓に辿り着く。遠くからはわからなかったが、麓には祭壇が存在していた。美桜は力を振り絞り、階段を一段ずつ登っていく。階段を登る間、聞こえたのは美桜の吐息だけだった。

 美桜は最後の一番を登り、祭壇の中央を視界に捉えた。しかしそこには、先客がいた。

「あれ……?あの人って……」

先客の姿が、写真に写っていた青髪の青年と似ている。美桜が祭壇の中央に足を踏み入れた時、青年はこちらに体を向けた。

「よく来た。君の訪れを待っていたよ。」

青年の服装は、今の時代のものとは違う。まるで、砂漠に住んでいるかのような服装だった。青年は美桜に掌を向けると、温かな光で美桜を包み込む。その瞬間、美桜は全身の疲れが綺麗さっぱり無くなった。

「え…?何を?」

「少しばかり、俺の体力を分け与えただけだ。神宮寺 美桜。君のことは知っている。君は紡ぎ人になるため、この地に訪れた。そうだろ?」

「え、えぇ。」

「……実を言うと、君はすでに紡ぎ人になっている。その証拠に、君は”記憶の苗木”から記憶を見ることができた。」

美桜は驚きつつも、ある程度安堵した。

「ところで、”記憶の苗木”って何?」

「ここに来る道中、3つほど苗木に触れただろ?あれが”記憶の苗木”だ。”記憶の苗木”には、世界のあらゆる記憶が宿っている。君が見た記憶は、世界の一部に過ぎない。」

その時、美桜の頭に1つの疑問が浮かんだ。

「苗木から見れる記憶は、全部この世界のものなの?」

「……君は、3つ目の苗木の記憶のことを知りたいのか?」

「うん…。どうもあれだけ、ずっと引っ掛かってて……。」

「結論から言うと、あれはこの世界の記憶ではない。おそらく、この世界から”分岐した世界”の記憶だろう。」

「えーと、どういうこと?」

「簡単に言えば、”並行世界”だ。」

美桜は彼の口から発せられた言葉に、驚くことさえできなかった。

「……この話はやめだ。今は一刻を争う。着いてきてくれ。」

 美桜は青年に連れられ、史の大樹へと近づく。青年は史の大樹の前で止まると、美桜にある質問を投げかける。

「君は、この大地がどういう場所か知っているか?」

「……わからない。」

「この大地は”史記の大地”と言って、世界の全ての記憶と歴史が集まる場所だ。こうして集まった記憶と歴史は、”史の大樹”と”記憶の苗木”にそれぞれ保管される。君が道中に見た苗木は、”記憶の苗木”。今目の前にある大樹が、”史の大樹”だ。この”史の大樹”は、ちょうど史記の大地の中心に位置している。」

「中心?なら、もっと先があるの?」

「先はあると言えるだろう。だが、俺達が干渉することはできない。なぜなら、”史の大樹はあらゆる世界の史記の大地の中心にある”からだ。」

「え……どういうこと?」

美桜は頭がこんがらがり、目が回りそうになった。

「史の大樹というのは、”あらゆる世界で共有している”ものなんだ。俺達が見ている史記の大地も史の大樹も、ほんの一部に過ぎないんだ。」

美桜は頭に手を当て、なんとか情報を整理しようとする。しかし、膨大な量の情報に勝てず、上手くまとめられなかった。

「今すぐに、理解しろとは言わない。時間をかけて、ゆっくりと覚えるんだ。”紡ぎ人の時間は、無限に等しい”からな。」

「ど、どういうこと?時間が無限?」

「知らなかったのか?紡ぎ人になれば、幾つかのギフトが手に入る。寿命を好きなように変えられるようになったり、肉体を若返らせたりもできる。」

「それって……不老不死ってこと?」

「流石にそこまではいかないが、近い状態にはなる。やり方は……感覚でわかるはずだ。」

青年は史の大樹に近づき、そっと手を触れる。

「君に見せたいものがある。着いてきてくれるか?」

美桜はコクンと頷き、青年のように史の大樹に触れる。その時、史の大樹が光を放ち始め、2人を包み込む。



「ん……あれ?ここ……どこ……?」

目を開けると、そこは奇妙な空間だった。辺りは何かが流れているように動いており、地面はどこかへ向かってエレベーターのように降下している。

「ここは史の大樹の中、”歴史の源流”だ。今俺達は、ある場所へと向かっている。」

「ある場所?それはどこなの?」

「……詳しくは話せない。」

一瞬、青年の表情が僅かに曇ったように見えた。

「そういえば、まだ名前を言っていなかったな。俺のことは”アブルート”と呼んでくれ。」

「アブルート…。どこかで聞いたことがあるような……。」

美桜は自身の記憶を探るが、特に何もなかった。しかし、あることを聞くことを忘れていたことに気づく。

「そうだ……!あなたって、史記の大地に小屋みたいなのを建てたりした?」

「あぁ、建てたぞ。君も立ち入ったはずだ。……その様子だと、あの写真の人物達のことが知りたいようだな。」

アブルートは懐から例の写真を取り出し、美桜に見せる。

「灰色の髪の女性は”ウィズレノ”。顔にアザがある男は”バルドストラ”。この少し小柄な女性は”クローヴァー”だ。」

「え……?”クローヴァー”?」

「そうだが?察するに、君の仲間の苗字と同じだったからだな?」

「そりゃそうでしょ!どういうことなの?先祖とか、そんな感じ?」

「あぁ、その通りだ。」

「待って、少し落ち着かせて。」

美桜は自身に落ち着くように言い聞かせる。少しして深呼吸をし、冷静になる。その時、アブルートは剣に手を掛け、美桜の前に立つ。

「構えろ。何かが来る。」

辺りが静寂に包まれ、緊張感が高まる。アブルートが剣を僅かに抜いた時、どこからともなく現れた数体の魔獣が2人を取り囲む。

「なんで魔獣が……!これも魔王の影響なの……?」

「いや……おそらくは違う。過去に討伐された魔獣が、具現化されている可能性がある。」

魔獣は大口を開け、一斉に襲いかかる。アブルートは剣を完全に引き抜き、数体の魔獣を一太刀で斬り伏せた。しかし、援軍と言わんばかりに次々と魔獣が現れる。美桜も刀を手にし、魔獣と交戦する。アブルートは目にも止まらぬ早技で、大量の魔獣を一度に葬る。しかし、迫り来る魔獣の数はなかなか減らない。気づけば、2人は背中合わせに近い状態になっていた。逃げ場などなく、辺りは魔獣に覆い尽くされている。

「ねぇ、一気にぶっ飛ばすとかできないの?」

「先程も言ったが、ここは史の大樹の中だ。下手に暴れれば、世界が壊れるぞ。」

2人は魔獣を淡々と処理し続けるが、完全に多勢に無勢だ。

 その時、辺りに銃声が鳴り響く。それと同時に、無数の斬撃が魔獣を蹴散らす。

「どうやら、間に合ったみたいだね。」

美桜の耳が、聞き覚えしかない声を的確に捉える。声のしたほうを見ると、死んだはずの春蘭が颯爽と目の前を駆け抜ける。

「今の君なら、着いて来れるよね?」

春蘭は美桜に語りかけたのち、魔獣の大群の中へ突撃する。春蘭の姿が魔獣の大群に隠れた瞬間、美桜は刀を構え、春蘭を追って走り出す。しかし、何体もの魔獣が行手を阻む。美桜が刀を振ろうとした時、無数の弾丸が魔獣を制圧する。

「誰?」

「私だよ。」

声のした方を見ると、ライフルを手にしたマールドが立っていた。

「なんであんたまで?!」

「そりゃあ、君のお兄さんに頼まれてね。ほら、早く行きな。共に戦えるのは、最初で最後かもしれないよ?」

美桜はマールドを見て頷き、春蘭のもとへ向かって走る。


 春蘭は縦横無尽に駆け回り、魔獣を斬り裂いていく。しかし、魔獣の数が減る気配はない。

「少し、厄介だな!」

春蘭は魔獣の頭部に刀を突き刺し、そのまま首を切断する。迫る魔獣に注意を向けながら、春蘭は魔獣から刀を引き抜き、近づいてきた魔獣を一掃する。

「数だけか?いや……そんなわけないか。」

春蘭の予想通り、一際大きな魔獣が姿を現す。今の魔力を持たない春蘭には、かなり厳しい相手だ。しかし、春蘭は逃げも隠れもしない。刀を両手に持ち、一部の隙も見せないような構えをとる。魔獣は唸り声を発しながら、春蘭に襲いかかる。春蘭は刀で攻撃を受け流すが、魔獣の攻撃は想像以上に強力だった。態勢を崩し、多大な隙を晒してしまう。魔獣はその隙を逃さず、巨大な腕を春蘭へと振り下ろす。

(しまった……!)

春蘭が防御の態勢に入った直後、美桜が魔獣の左目を潰して怯ませる。美桜は魔獣から飛び降り、春蘭の隣に着地する。

「大丈夫?!」

春蘭は自分を心配そうにする美桜の声に、ふと笑みが溢れる。

(見違えるほど、強くなったね。)

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。」

魔獣は2人を睨みつけ、雄叫びをあげながら突進する。2人は魔獣を躱し、左右から攻撃を仕掛けて魔獣を翻弄する。魔獣が立ち上がった瞬間、2人は視線を合わせ、一気に攻勢を掛ける。2人の息の合った攻撃は、魔獣を確実に絶命させた。春蘭は地面に着地し、刀を鞘に収める。あれほどいた魔獣は、いつの間にか消えていた。美桜は春蘭に駆け寄り、勢いよく抱きついた。

「おっと……。」

春蘭は美桜の行動に然程驚かず、そのまま美桜の頭を撫でる。美桜の体は震えているが、泣いているわけではないようだ。その時、春蘭は気づいた。美桜の自分を抱きしめる力が、徐々に強まっていることに。

「美桜?もしかして、僕は何か君が怒るようなことをしたのかな?」

「したに決まってるでしょ!」

美桜は怒りを爆発させ、春蘭に向かって叫ぶ。春蘭は予想外のことに困惑し、かなりの動揺を見せる。

「あれが最後の別れだと思うじゃん!なんでこうやって一緒に戦えてるの?!せっかく、気持ちの整理ができたと思ったのに!」

「あはは……。それはなんか……ごめんね?でも僕だって、こうなるとは思っていなかった。」

春蘭は美桜が腰に携えた刀に視線を下す。

「僕の刀は、今は君が使っているのか。てっきり保管しているものだと思ったけど……いや、これが一番君らしいか。僕の魔力は……完全に君の魔力に混ざってるね。」

春蘭は美桜と目線を合わせ、温かな笑みを浮かべる。

「こうして、最後に君と共闘ができて良かった。僕達はもう行くよ。だけどその前に、1つだけ約束してくれるかい?」

「えぇ、良いわよ。」

「ありがとう…。」

春蘭は瞼を手で拭うと、軽く息を吸った。

「僕の意思を、未来に繋いでほしい。」

美桜は笑顔で春蘭の頼みを承諾する。それに満足したのか、春蘭は光に包まれて消えていった。

「さてさて、私も行くとしますか〜。」

マールドは美桜の前に立つと、不思議そうに首を傾げる。

「あれ?お別れの挨拶は?」

「その前に……あんたっていつ死んだの?」

「えーとねぇ……確か、誰かに殺されたんだよね〜。うろ覚えだけど……竜のなんたらかんたらって言ってたかな〜?魔獣に近い雰囲気だったね。」

(まさか……竜の悪魔?)

「まっ、私の仇打ちは君達次第ってことで。そんじゃ、さいなら〜。」

そう言い残し、マールドは意気揚々としながら消えた。

「終わったか?」

アブルートは美桜に歩み寄り、優しく問いかける。それに対し、美桜はコクンと頷く。

「そうか。連続で悪いが、もうすぐ目的地につく。」

「もう一度聞くけど、ある場合ってどこなの?」

アブルートは静かに美桜の横に立ち、明日の方角を見ながら答える。

「”1000年前の、魔戒大戦の時代”だ。」

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