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二十五、その使命を愛と呼ぶ

 蛯沢さんはすぐどこかの手伝いに行ってしまい、蛍は看護師に吸入タイプの薬を服用(のま)されたあと、一人で病室に残された。とても休む心境になれず、布団の中でもやもやとした気持ちを抱える。


 ――実働隊が半壊。過半数が重体。

 漏れ聞いた言葉は到底信じられなくて、けれど蛍に説明してくれる人はいない。

 一体何があったのだろう。誰がどんな状態で、元気な人も少しはいるんだろうか。蛍はこれからどうしたらいい。

 ……時雨は、無事だろうか。


 不安で押し潰されそうだった。だからノックの音がしても、鈴を鳴らすのも忘れて、扉の乳白色を呆然と見つめてしまう。

 けれどもドアは蛍の合図など待たずに荒く開かれて、青ざめた顔の時雨がそこにいた。


「蛍」


 頬や手指に治療の痕が見えるけれど、少なくとも立って歩ける程度の軽傷だ。

 わずかに安堵したのも束の間、駆け寄ってきた時雨が、何も言わずに抱き締めてきた。


 まず驚いて固まり、次にいささか乱暴な抱擁の強さに痛みを覚え、それから……彼の腕や声が震えているのに気付いてはっとする。

 今はあらゆる意味で話すことのできない蛍には、ただ抱き締め返してやるしかできない。

 よく鳴虎がしてくれるように、背中をさすった。


「ッ……あぁもう何言えばいいかわかんねぇ……どうすりゃいんだよ、無理だよ……なあ、なあ蛍、オレさあ……、……マジで何言ってんだ……ダメだ、もうダメだ、終わってる……」


 そんな支離滅裂な悲鳴がしばらく続いて、その間、腕の力が弱まることはなかった。お互いに。


 小一時間もそうしていたような気がする。実際はほんの一、二分だったかもしれない。

 時雨がようやく落ち着いて蛍を放したころ、彼の鼻の頭は紅く染まっていた。泣き出す直前みたいに。

 ギィ、とベッドが軋んで、彼の体重分マットレスが沈む。ベッドの縁に腰掛けた時雨の隣に、蛍も布団から抜け出て並んだ。


「……。ゴメン。つか、おかえり……ここ居るってことは、おまえどっか(わり)ぃの?」

「……」


 身振りを交えて喉が痛いことを伝える。今までは無意識に高周波音を出していたわけだが、これは地味に人生初の『本当の口パク』だ。

 すると時雨は蛍の口許から胸あたりまでをさっと見下ろして「……うわ、血ついてんじゃん」と呻いた。

 へいき、と口を動かす。

 ――それより、なにがあったか、おしえて。


「ホントかよ、……。あー、と……オレも後から応援行っただけだから、細かいとこはわかってねえんだけど、たぶん……ハナビの仲間、が、いて……現場、……血だらけで………」


 思い出すのがつらいのか、そこで喘ぐような息継ぎを挟んでから、またのろのろと続ける。


「……先に出てた照廈(てるいえ)班と椿吹(つばき)班は、マサ兄以外ほぼ全滅……あとナギサ先生……。んで……タケばーちゃんも、どれくらいかわからんけど、運ばれてたから怪我したっぽい」

「……?」

「もうマシなやつ挙げたほうが早いな。めー姉とチー姉と、ゴリ先生。あとオレ。動けんのはそんだけしか残ってない。マサ兄もボロボロだし、他は誰がどういう状態かもわからん……。もしかしたら、……や、……ダメだ、やめよう、想像でも言わんほうがいいな、そういうの。言ったらマジになるっていうし。……でも、でもさあ」


 胸を隠すように片膝を抱えて、少年は俯いて顔をうずめた。まだ口はもごもご動いている。


 ――ハナビじゃなかった。手下って本命(あいつ)より弱いはずだろ、なのに今こんだけやられてんじゃ、どうしようもねえじゃん、もう。

 ナギサ先生やばーちゃんが勝てん化け物なんか誰が相手できんだよ。無理だわこんなん……。


 痛切な嘆きに覆われた暗い瞳が、そこで蛍を見返す。闇の中で明かりを探すみたいにふらふらと。


「……これ言ったらまた怒るかもしれんけど、オレ今、蛍の顔見て正直ホッとした。おまえがあの場に居らんでよかったって。……やっぱ嫌だよ、もうホント嫌だ、これで誰かが居らんくなるかもって……考えるだけで、めちゃくちゃ怖えんだよ……ッ」


 だから、とその口が動いて。


「蛍。オレ、おまえになんかあったら、死ぬ」

「……」

「……父ちゃんと母ちゃんが死んで、オレどうしたらいいかわかんなくて、なんでオレだけ生きてんのかなって、……ぐちゃぐちゃだったときに蛍を見つけた。だからオレ……、……。

 おまえをバカにしてるとか、ナメてるとかじゃなくて、ホントはぜんぜん逆で、オレが弱えんだ……星の数とかじゃなくて……。怖ぇのは蛍がすげえ大事だから、そんで、もしかって考えたら、オレどうかなっちまいそうになんの……ッ」


 咽ぶように告げられた言葉に、――私も同じ、と、蛍は頷く。


 欠けていた声を、あるはずもなかった記憶を、時雨がずっと埋め合わせてくれた。

 しょせん死体に宿った化け物だ。人間のかたちをしていられるのは、そのように接してくれる人たちがいればこそ。

 《清川蛍》は、時雨とともに存在する。一緒でなければ生きていけない。


『あのね。わたしのからだ、ほんとはしんでるの。いきかえったのはたまたまで、ええと、なかみもちがうっていうか……』

「……夜中にチャットしてきた話?」

『え? ……みたの? うそ、すぐけした』

「既読ついたら送信消してもこっちにログ残んだって。……わけわからんけど、要するに、例の『つぐみ』が蛍のホントの名前ってことだろ」

『……ううん。つぐみはしんじゃったの。わたしはアンチノイズっていう、てるいえじょうじがつくったもので、つぐみ……にんげんとは、ちがうの』


 そこで蛍の視線は壁に立て掛けてある祓念刀(くちくさ)をなぞった。自分の立場はあれに似ている。

 形と中身が少し違う。楽器とはいえ音楽を奏でることはできなくて、音念を消すことだけが存在意義の、戦う道具。


 だからこそ、


『わたしを《ほたる》に……にんげんにしてくれたのは、しぐれちゃん。だから、しぐれちゃんがいなかったら、わたしはにんげんじゃなくなる』

「……」

『だから、たたかうのは、わたしがこれからも《ほたる》でいるため』


 ――前にハナビは、私がいるせいで自由に生きられないって言ってたけど、それも私もそう。

 逃げて生き延びられたって、隣で時雨ちゃんが笑っててくれなかったら意味ないの。だから怖いものは全部消してあげたい。

 私は、きっとそのために生まれたんだ。……そう思っていたいんだ。



 →

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