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二十四、演奏終了

 五来(ごらい)はナギサとワカシの搬送を援護したあと、偽飯綱(いずな)の対処にあたった。

 騒念(クラマー)は手が空いたら加勢する。なんならその前にタケが一人で討伐してしまう可能性もあると思っている。


 斯くして相対する顔は、今となっては懐かしい同期のそれだ。

 残念ながら、そいつは自分たちの相手をするために腕ばかり三対も増やしている有様で、こんな禍々しい偽物相手では昔話もできやしない。よって黙って斬り飛ばす。

 刃先の手ごたえは重く固く、霊体(プラズマ)結合の密度の高さを伺わせた。間違いなく超級音念(ローカス)――他に星四ツ以上の三人がかりで削りきれない理由などありはしない。


 一気に畳み掛けようと思った矢先、異変に気付いた。


 タケだ。彼女ならすぐ敵の罠を突破するものと踏んでいたのに、胴着姿の音念が消える気配がない。

 それどころか増殖している。物悲しいギターの歌に招き寄せられるように。


「……婆さんが手こずるたぁ珍しいな。おい椿吹(つばき)と大瀬、ここはおまえらに任せていいか?」

「当然。なんならウチ一人でもええわ」

「――何言ってんのっ」


 割り込んできたのは萩森鳴虎だった。先ほど音念たちがタケのところに集められたので、負傷者の救護に実働隊員の手はほとんど要らなくなったのだろう。

 同じく手の空いた彼女の部下も刀を鞘に収めて搬送の手伝いに回っている。

 逆に相手の増えた偽飯綱は、また腕だけを増やしてすべての刃を防いでいた。とはいえ祓念刀を模した部位も、あくまで音念自身の身体を変形させているにすぎず、耳障りな音を立てて削れている。


 大瀬千尋は五ツ星、つまり超級討伐にまだ補助を要するが、現状を鑑みた五来の出せる結論は一つ。


「なんとか三人でこいつを抑えろ。頼んだぜ」


 椿吹たちが頷いたのを確認すると、五来はその場を離れた。

 向かうべき先はひとつ。タケに群がる剣道着の男たちをも無視して、その先にいたギタリストに自らの巨大な祓念刀を振り下ろす。


 一刀両断。

 人間なら殺せたろうが、相手は形を模したばかりの怪物である。確かに霊体の粒をすり潰してやった手応えはあったが、真っ二つになった男はにわかに元の形を取り戻した。

 何より――ギターは無傷だ。跳ね返された。


(別個体かよ……それも、こいつも騒念……!)


 怖気の走る事実に身震いしそうになるが、攻勢は落とさない。隙を見せれば死あるのみ。

 寸暇を置かず、今度はギターに第二刃を食らわせた。


 自動波長計測には二通りある。一つは正確に測定する標準形式(スタンダード)、もう一つは精度を下げる代わりに短時間で再計測を繰り返す微細形式(ショートタイム)で、複数の波長を持つ騒念には後者が適している。

 理屈の上では複数の化け物にも対応できるはずだ。

 見抜いたようにギタリストは身を翻し、己の身にひと太刀を浴びた。波長が合わない斬撃はろくに効果もなく、不快な音ばかりを散らす。


「ッち、……庇うってこたぁそのギターが要か」

「ハ……昔はよく言ったんだろ、こいつは恋人だってよ。オレの相棒(オンナ)に手ェ出すな」


 しかし全く無意味でもない。ギタリストの手が止まれば、タケを襲う群れも勢いを失う。

 そちらの片が付けば、勝機は十分にある。


「つか誰だ? こんなオッサン知らねぇぞ」

「は?」

「テメーに曲はねぇんだよ。まァいい、何人か地獄送りにしてやったし、こんだけ削ってやりゃハナビも満足だろ」


 その三文字の名前に五来が確信を深めたと同時に、

「撤退だ!」

 ギタリストは高らかに宣言し、直後「はいっ」と少女の声で返答があった。ギターだろう。

 しかしその正体を確かめるより先に、背後から鈍い衝撃波に襲われる。


 まだ夕前だというのに、視界はまたたく間に渦巻く薄闇に覆われた。


 手許で祓念刀が泣き喚いて、ギタリストともギターとも違う『音』だと告げている。竜巻のようなそれに揉みくちゃにされ、近くに掴めるものもない状況では、いかに六ツ星の特務隊員といえどもなすすべがない。

 せいぜい半径一メートルほどを斬り払って己の身を守るのが精一杯だった。


 闇色の霧が晴れるまでに四、五分はかかったように思う。

 五来はなんとか最後まで片膝を衝きながらも身を起こしていたが、他に前を見ている者は一人もいなかった。物悲しい静寂に浸された地上に、鮮赤とともに散らばる死屍累々を一望しながら、ふらふらと上官の元へ歩み寄る。

 騒念たちの姿はないが、逃がしたことを悔やむほどの余裕はない。


 終波タケの両眼は閉じられている。眼尻に薄黒い粒子がこびりついて、涙の跡を思わせた。


「……なんてこった」


 抱き上げた身体は、小さく細い。あまりにも。




 *♪*




 城下公園の惨状はすぐさま支部に伝わった。

 過去に例を見ない大敗で、負傷者は支部の医療用ベッドの数を容易く超えており、備品も人手も到底足りない。医療部長は早々に消防署に協力を仰ぎ、重傷者を納琴大学附属病院に搬送する手はずを整えた。


 タケ以外の増援組は比較的軽傷だったのが、わずかながらの幸いだ。時雨も手足や頬に軽い擦過傷を作った程度で済んでいた。

 看護チームの手が空きそうにないのを見て、救急箱を借りて事務室の隅で自分たちで手当てをする。

 他にこの場にいるのは鳴虎と千尋と五来の三人だけ。あとの八人の容態はまだわからない。


 ひどい状況だ。誰がどう見ても。


 支部全体が暗澹たる気配に包まれていた。

 実動隊の壊滅を目の当たりにした医療看護チームだけでなく、手伝いや現場の後始末と調査に駆り出された技術チーム、自分たちを気遣って飲み物を出してくれた事務員たちにも、恐怖や不安の念が広がっている。


 しばらく無言で消毒や包帯を巻いたりしていると、背後から妙な足音が聞こえて、振り向いたら旺前(おうまえ)支部長とともに松葉杖を衝いた包帯だらけの男がいた。


「匡辰、……や、休んでなくていいの?」

「……大丈夫だ。見た目ほどひどくない。それより、記憶が鮮明なうちに一度情報を整理するべきだと……」

「無理すんなよ、とにかく座れ。支部長もお疲れ様です。……正直、何て言やあいいか」

「大変なことになったらしいねえ。とりあえず実働隊の総指揮はしばらく君に代行してもらうよ、五来くん」


 沈痛な面持ちで頷く五来。その隣で、鳴虎たちの手を借りながら椅子に腰を下ろした匡辰が「時雨」ふとこちらを見て言った。


「……医務に、蛍が戻ってきてるそうだ。ようすを見てきてくれないか」

「わかった」


 暗に席を外せと言っている。けれどその要請を拒む理由など、今の時雨にはなかった。



 →

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