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二十二、ブレイクタイム

「ワカシくん! くッ……」


 音念の相手で身動きが取れないまま、匡辰は叫んだ。

 後輩の助勢ありきでなんとか偽飯綱(いずな)に対処できそうなくらいだったから、手が減ったことでまた振り出しに戻ってしまったのだ。異常に高い再生能力を有するうえ、どういうからくりなのか恩師の姿や声を模したやりづらい相手に、いくら経験豊富な班長といえども形成は不利なままだ。

 そのうえ沼主(ぬます)ナギサがやられたのは、考えうる最悪の展開といえる。


「応援をッ……」

「おい椿吹(つばき)、任務中に余所見するなって教えんかったか?」

「……おまえじゃない……おまえは飯綱班長じゃない! あの人は五年前に亡くなった!」


 挑発に乗るな、と冷静な部分が叱咤している。己が平常心でなくなっていることを自覚してもいる。

 匡辰は歯を食いしばり、音念の攻撃を防いだ。忌々しいことに、そいつは手の先をわざわざ祓念刀風に変形させたうえで、亡き飯綱の太刀筋をそっくり真似ている。


 飯綱截彦(たつひこ)は、匡辰と鳴虎のかつての上官だ。口は悪いがひょうきんで、匡辰にとってはやや不真面目で、一緒にいるとこちらも肩肘を張れないような人だった。

 鳴虎と付き合い始めたときにも即効でバレてさんざん揶揄われたが、同時に温かく見守ってもくれた。頼んでもない()()()()()アドバイスをいくつ貰ったかしれない。

 鳴虎も彼を深く信頼していたから、……正直妬いたこともある。


 そんな彼は部下を庇って死んだ。

 鳴虎の目の前で、彼女の心に一生消えない傷を残して逝った。それが匡辰にとっても癒えない傷になっていた。


「ゔあっ……!」


 もはや振り向く余裕もなかったが、ワカシの苦悶の声を聞いて絶望感が募る。

 彼まで倒れたらもう全滅が確定したに等しい。まだ自分が粘っているとはいえ、もし飯綱を排除できたとしても、一人で残りすべての音念まで対処するのは現実的ではない。


 ――死、という言葉が脳裏をよぎった。

 次に浮かんだのは鳴虎の顔だった。付き合っていたときの輝く笑顔、甘えるときの表情、別れを切り出したときの驚愕、それから哀願の涙、……飯綱が死んだときの激しい慟哭。

 こんなことなら、と思わず乾いた笑みが口端に浮かぶ。千尋に言われたとおり、せめて鳴虎に本当のことを話して彼女を解放しておくべきだったろうか、と……。


 余計なことを考えたせいでわずかに受け損ね、重心がブレた。その一瞬を、飯綱の偽者は、まるで本物と同じように見逃さない。

 刃の形に研ぎ澄まされた霊体が、匡辰を一文字に――


「――何ボケっとしとんねん!」


 思わぬ声にはっとする。割り込んできたのは他ならぬ大瀬千尋と、


「嘘、なんで……班長……」


 絶対にこいつと引き合わせたくなかった、萩森鳴虎だった。


 なぜ。どうして二人がここに?

 ナギサが予め応援要請を出していたことを知らなかった匡辰にとっては、少なくとも前者はまさしく天の助けには違いない。

 驚きすぎて言葉を失っている匡辰を無視して、千尋は迷いなく飯綱に斬り込む。


「ここはウチに任せて、めーこは救護の手伝い行ったり」

「でも……」


 鳴虎がこちらをチラチラと見る。すでに匡辰も制服の上からわかる程度に負傷していたし、何より相手がこれなので、放っておけない心境なのだろう。


「ええから行き。しぐ坊一人じゃ、ありゃあ荷ィ重いし。……どうせこのアホ、まだすべき話はしとらんのやろ? ほんならウチが絶対死なせん」

「……わかった。千尋も無理しないでよ」


 ようやく頷いて鳴虎が背を向ける。飯綱は嫌らしくもその隙を突こうとしたが、匡辰と千尋が二人掛かりで割り込んで、逆に一撃喰らわせてやる。

 斬りながら「そんで、なんでこの人ここにおんねん」と千尋が呻くように言う。彼女ももちろん生前の彼とは面識があるから、決して斬るのが平気というわけではないのだろう。


「わからない。だが、音念だ。斬るしかない」

「そらわかっとるわ。……姐御までやられとんのと関係あるんか、これ」

「ああ」


 匡辰は左から飯綱に仕掛け、彼の意識を引き寄せる。直後に手薄になった右から千尋が仕留める。

 連携によって確信を持った。やはりこいつの意識は匡辰以外に対してはあまり強く向いてはいないし、さっき鳴虎を攻撃したのだって、意図したというより反射的にそうしたという雰囲気だった。

 現にさっきも今も、彼女や千尋に対する言及がない。


 やはりこれは何らかの手段で作り出された偽物。もし本当に飯綱がどこかで発叫(クライング)していたとしても、それが今まで消えずに残っていたとは考えにくいし、それは他の隊員を襲った音念にも言える。

 この場の全員分、それぞれ所縁(ゆかり)のある相手の音念を都合よく集められるはずがない。


 しかし今はそのからくりを推量するより、目の前の怪物を消し去るのが先だ。



*♪*



「――ひどい有様だな。立てるか?」


 同じころ、ワカシは五来(ごらい)の手を借りていた。幸いまだ意識を失ってはいないが、全身がひどく痛んで眩暈がするし、自力ではまっすぐ歩けそうもない。


 二人の前を終波タケが通り過ぎ、ナギサを屠っていた音念を彼女から切り離した。ものの数秒でそいつを始末したあと、間髪入れずに騒念(ギタリスト)へ肉薄し、さざ波のような一閃で諸悪の根源を斬り払う。

 ようやく恐怖の演奏が途切れ、園内を跋扈していた音念たちの動きが急速に停滞を見せる。

 奴が主催するパーティーもそろそろ終わりだ。もう、誰も悲しまなくていい。


「……ッっと、うおっ……なんだこのババア……ッ」

「――ロックくん、大丈夫……」

「てめぇは集中してろ! こんなもん……ッかすり傷だ、クソが、それにまだ……これを弾いてねえしなァ!?」


 ワカシにはそのとき騒念がギターと会話をしているように見えた。だがその詳細を見極めるより先に、これまでとは違う新たな音色が禍々しく天に響き渡る。

 泣きじゃくるような物悲しい旋律は、飯綱以外の大小すべての音念をタケの前に集約させて、一人の刺客へと仕立て上げる。


 それは剣道の胴着と防具を身につけた、十代後半くらいの若い男の形をしていた。



 →

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