9、本人が気にしていなくても周りが気をつかうというのはままある事だ
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今回はジュリア視点です。
宮殿のそれに比べれば小さいものの、離宮にもそれなりの庭園がある。皇后陛下が離宮から出ないようになってからも、僅かな望みを抱く庭師によって手入れされていたそこは、充分に美しさを保っていた。
前回…最初に殿下がこの離宮にいらした時から一週間。最初は様子を見ながら、という事で数日の間隔をとり、殿下は再び離宮を訪れていた。
「カルツ様、ご覧くださいな。こんなに綺麗に薔薇が咲きましたのよ!」
前回のあの日から、明るい表情が増えたという陛下は昨日久しぶりに庭園に外出したらしい。そこで見つけた花を殿下に見せたいということだった。
「これは…とても美しい。今度庭師に何か褒美をとらせましょうか。でも、私にとって一番美しいのはリシィですよ?」
「まあ、カルツ様ったら…!」
顔を伏せ、耳まで真っ赤になる女性と、笑ってそれを眺めるその男性。
…台詞だけを聞けば誰もが二人の関係をそう捉えるだろう。
しかし、事実を知れば、「ほほえましい」という感情は一瞬で「痛々しい」に転じてしまうこともまた確実。
だってこの二人は、れっきとした血の繋がりのある親子なのだから。
心を病んでしまった皇后陛下の為に、皇太子殿下が、自分が皇帝陛下のふりをして「婚約者のカルツ」を演じる、と言いだされたときは、ほんとうに驚いた。いくら大人びているとはいえ、殿下は二歳児だ。二歳といえば親に甘えたい真っ盛り。にもかかわらず、病気の御母上の治療に協力する、とおっしゃるのだ。
無論、叔母上は反対したし、私も止めようとした。でも、殿下はご両親の軋轢について叔母上から聞き出した時と同じ調子で、「私は大丈夫ですので、心配はご無用です。」とおっしゃるだけ。結局、殿下付きである私が何か気になることがあればすぐに叔母上に相談する、という事で決着がついた。
「リシィ、そろそろ中に入ってお茶にしませんか?雲行きが怪しくなって来ましたから。…貴女に冷たい思いをさせたくない。」
さりげなく陛下の腕を取り、エスコートする殿下。いったいどこであんな事を学んだのだろう。いつも用意なさる贈り物も趣味の良いものばかりだし、年齢からは考えられない程のハイスペックさだ。
「そうですわね、カルツ様。ジュリア、お茶の用意をお願いしてもよろしくて?」
ぼんやりとしていたら、陛下に声をかけられてしまった。考え事をしていた事に気付かれないよう、すぐにお辞儀をする。
「畏まりました。すぐに、準備いたします。」
ほんのりと頬を上気させる陛下は、完全に恋する乙女である。その様子を感情の読めない微笑を浮かべながら見つめる殿下。
痛々しい光景から目を背けると、私はお茶の用意のためにその場を後にした。
「ジュリアさん…この間は申し訳ございませんでした!」
厨房でお茶を用意する私の所に来、いきなり頭を下げたのは、メリーナといっただろうか、前回、殿下に声をかけてしまったメイドだ。
「なぜ私に?殿下に直接お詫び申し上げればよろしいのではありませんか?」
「余りにも恐れ多くて…。ジュリアさんから、伝えてはいただけないでしょうか…?」
一応は反論してみたが、まあ確かについ最近まであのなさりようだった殿下である。…怖がるのも当然だろう。とりあえず、落ち着かせてあげるのが先決。
「わかりました。一応お伝えしておきます。…でも、たぶん殿下は余り怒っていらっしゃいませんよ。むしろお母上の治療のきっかけになった、と喜んでらっしゃるようでしたよ?」
嬉々としてお土産等も選んでらっしゃったし。
「っそれ、本当ですか?よかったぁ…!」
「まあ、私の叔母上はどうかわかりませんが。」
気を抜いて、何か粗相でもあると困るからね。叔母のシルビアの名はとても便利だ。
「それでは、私は失礼いたしますね。」
「はい。ありがとうございました。」
余り殿下たちをお待たせするわけにもいかない。ティーセットやお茶請けを乗せたワゴンを押し、私は陛下のお部屋に向かった。
「ねえ、カルツ様。今はどんな本をお読みでいらっしゃるのですか?」
殿下のお土産である、甘さが控えめのクッキーを一口食べ、陛下が声をお掛けになる。
「そうですね…今読んでいるのは、第86代ジュエリー皇帝、アウグストス一世の時代の歴史です。調度、第5回ジュエリー・フラワー戦争の辺りですね。」
およそ二歳児が読むような本ではないと思うのだけれど。
「ああ、現在のベニトアイト伯爵領が帝国領になったときの。」
「さすがはリシィですね。美しい上に、頭も良い。」
「カルツ様の隣に立つためですもの、これくらいは大したことありませんわ。」
大したことはあると思う。世間一般の貴族令嬢の知識なんて、せいぜいジュエリーとフラワーが戦争をした回数の辺りで止まっているはずだ。やはり皇后陛下は、この方をおいて他にはいないだろう。あの事件がなければ…と、思わずにはいられない。仲睦まじい二人の様子を見ると、どうしてもそう思えてしまうのだ。
…仲良く話すこの二人は、一見しただけならば完全に、至極仲の良い親子にしか見えないのだから。