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サイカが、はじめから聞いた説明を、一から十まで納得できたわけではない。


ここは一体どこなのか?

はじめは本当は誰なのか?

何故、ここに自分までも飛ばされたのか?

何故、諸々の事情を今まで話してくれなかったのか?


サイカの疑問を一つ一つなぞるように、真摯に答えていくはじめの姿に、サイカはもやもやとしたものが込み上げてくるのを止められそうにもなかった。文句の一つでも言ってやりたい。だが、サイカの瞳をまっすぐに見つめ、少しでもサイカの不安が晴れるようにと、サイカの両手をやさしく握りしめられては、なんだかどうにもそんなものは口から出てきてくれそうにはなかった。


はじめがサイカにとてつもなく甘いように、サイカもまたはじめに対して甘いのだ。


「……じゃあ、ほんとに偶然って言いたいの?」


ふて腐れるように言ったサイカに、はじめは困ったように笑いながら、サイカの頬を撫で、さらにこう言うのだった。


「サイカを巻き込んでしまって、ごめんね」


本当に申し訳ないような声で謝られ、サイカは眉間にしわを寄せながら黙りこくるしかなかった。


これは、はじめの本心ではあるが、核心ではない。言い難いことを、まだ隠しているな、と長年の勘から、それを瞬時に悟ったサイカは押し黙り、思案した。


私は、私たちは、帰れるのか?


その疑問について、尋ねようと思えば尋ねられたし、はじめもバカではないのだから分かっているはずなのだ。だが、あえてこの疑いについての弁解を避けている。胸倉を掴み上げて、実際のところ洗いざらい吐かせるも、なんだかんだで隠し事をしていることを責めることも、できなくはない。だのに、サイカは何故かそうする気は起きず、頭をぐるぐるに回しながらも黙りこくった。



サイカは、基本的には寡黙な性格である。無口というよりも、思考を回す際や、僅かながらでも疑念や躊躇いのあるときは、言葉を口から出すという行為を怠る。はじめに対しても長い間、そうして来た。一歩踏み出すということを基本的に厭う。思慮深いといえばそうとも言えるが、基本的には慎重で臆病である。


もしも、帰れないと聞かされたら? そして、そんなことをはじめの口から言わせるのもなんだかとても嫌なのだ。だからどうしても問題を先送りにしてしまう。


サイカは、はじめに絶大な信頼を寄せている。だからこそ、はじめが危機感を抱いていないここは、きっと危険な場所ではないのだろうと瞬時に肌で感じている。はじめに抱きしめられ、言葉を掛けられた瞬間に、不安こそあれど恐怖や危機感の類はとっくに霧散していた。


これが自分自身の守るための回路としてはいくぶん異常であろうことは、サイカ自身がよく分かっているし、そしてそんな認識を実に巧みにサイカに仕込んだのは、他ならぬはじめ自身であるということも、サイカは正しく理解している。サイカが盲信するはじめ自身が、サイカのはじめへの絶対的信頼を、幼い頃よりきわめて巧妙にサイカの中に仕込んでいるのである。


つまりだ。今さらながらも、そうしたはじめの巧妙さが受け入れてはいてもやはり気に入らなくて、何度もはじめの頭をぺしぺしと叩いてやったわけなのだが、はじめはにこにことうれしそうに笑うばかりであった。そういうところが非常にずるいとサイカは思うわけだ。




「サイカ様、紅茶のおかわりはよろしいですか?」


先ほどの要領を得なかったやりとりについて、ぼんやりと考えを巡らせていたサイカは、侍女のヘレンの声でふと我に返った。こんなもの、今まで飲んだことなどないと唸らずにはいられないほどの、最高級品であろう紅茶にサイカはほんの少し慄きながら、大事に大事に飲み干した。


「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げるサイカに、ヘレンが恐縮した様子で、サイカの礼を断っている。現代日本なら、うわあ! メイド服〜! 萌え〜!! の反応してしまいそうな衣服を纏ったヘレンに美しく礼をとられ、サイカはヘレンよりもさらに恐縮し、居心地が悪くなった。よくわからないが、ここでの自分の扱いは何やら国賓となっているらしい。


……はじめちゃん、ほんとうに王子様だったんだなあ。


人間、驚くと間抜けになるのか。サイカはどうにもズレた感想を抱きながら、いたたまれないながらも、出された、これまた最高級品の茶菓子をおいしくいただいた。


「はじ……ヘイゼル王子、様? は、お仕事が忙しい? とかで出て行ってしまったけれど、彼はいつここへ帰ってきてくれるのですか?」

「そうですね……おそらく、夕食の頃には戻っていらっしゃるかと存じます」

「……夕食かあ」


帰着して、父や母など家族や、その他大勢に報告することがあるから、片すべき仕事が終わって帰って来たら、もっと詳しく具体的に話し合う。それまで、このヘレンは非常によくできた侍女であるから、困ったことがあれば彼女に何でも頼んでいい。できるだけ早く戻るから、それまで待ってて、と。はじめはそう言って、またサイカから逃げ出したのである。


まあ、いいだろう、とサイカは思っている。このサイカをきちんと納得させられるよう、せいぜい言い訳をまとめてくるがいいと、そんな気持ちであった。本来なら見知らぬ場所で、見知らぬ人と共に唯一の知り合いに置き去りにされるなど本意ではないし、正直冗談ではないといい加減泣き喚き抗議したいところではある。


しかし、はじめがそう言ったのだから、サイカはそのとおりにするしかないのだ。はじめか待てと言ったなら、おとなしく待っているのがサイカである。どこまでも従順に、あくまでも絶対的に。


そんなふうにきっちり調教された犬のような自分に呆れはするものの、嫌いではないと許容してしまっているサイカはやはり少し歪んでいるのであろうし、またそうするように仕組んできたはじめ自身もひどく偏執的で、歪んでいるに違いないのだ。



いわゆるヤンデレではない、とサイカは思っている。あんなにもストレートではない。もっと拗れている。とっくにおかしいのに、静かにそれを隠していて、そして互いに必死に素知らぬ顔で常人のふりをしている。自分たちの、あまりに純粋で一途すぎる歪みに気づいていながら、見ないふりをし続けていて。


今まで、幼なじみのはじめとはいつもいっしょだった。そして、これからもずっといっしょだって、信じていた。



でも、だけど。



本当は、それはどんなにふたりが願っても、叶わない願いなのかもしれなかった。

ヤンデレのストレートな愛情表現も乙ですが、歪んでいることをわかってて、それでも必死にそれをひた隠しにして常人のふりをしている歪んだ愛情を持つ拗らせキャラもまた乙かと。こういうキャラクターを表現する名前がいまいちわからないですが。

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