プロローグ
遠くから誰かが叫んでいる。
しかし、その声は黒いうねりに瞬く間に呑み込まれ、奥へと沈んでいく。
粘り気のある、底の見えない黒が音もなく世界を塗りつぶしている。
黒は、自分の中へも侵食してくる。
自分を呼ぶ声。
向けられる微笑み。
頭を撫でられた感触。
抱きしめられた時の体温と匂い。
確かに大切な誰かとの記憶だった。
相手が誰なのかもわからない。
手を伸ばして守ろうとしても、無理やり引き剥がされる。
何かを失った。
心には空白だけが残った。
——なんでこうなった? 何をしてしまったのか。
冷や汗が背中を伝い、手が震える。
その時、黒の向こうに見慣れた太陽色が揺れた。
「——シャイナ!」
考えるより先に駆け出していた。
手を伸ばした。
掴んだら、もう離さない。
今度こそ間に合う——そう思った瞬間。
目の前で、幼馴染の姿が掻き消えた。
胸の奥に、大きな穴が空く。
同時に、外から迫っていたはずの黒がその穴から一気に溢れ出し、身体を喰らう。
叫びさえも呑まれていく。
◇◇◇◇◇
ビーは弾かれるように身を起こした。
「……っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
服の上から胸を強く掴む。
黒を探して、薄暗い室内に視線を走らせる。
そこは見慣れた寝室だった。
机、本棚、ぼんやりと光を帯びるカーテン。
左手が勝手に枕の下に伸びる。
指先に触れたものを握りしめ、引き抜く。
重たくて少し冷たい黄金銃の感触が掌になじんだ。
徐々に呼吸が整っていく。
「……寝覚めの悪ぃ夢だな」
吐き出した声は、ひどく掠れていた。
※2026年9月6日 改稿




