地獄の最奥に囚われた女神
「──っ!?どうした!?」
牢に入れられたエルフたちの元に駆け寄る。
不快な臭いが鼻をつく。
「うっ……なんだこの臭い……!?」
「大丈夫……ではなさそうだな。何されたんだ!」
牢の中を照らす。
痩せ細ったエルフが三人。
力なく横たわったエルフが二人。
全員、最低限の布切れは纏っている。
俺の言葉に虚ろな瞳を向けるだけで、返事はなかった。
倒れているエルフには無数の羽虫がたかり、露出した傷口からは腐敗の跡が見えた。
臭いの原因は、あれだろう。
「──」
理解が追いつかない。
コイツらはエルフを売るために攫っていたんじゃないのか。
なのに、目の前のこれはどういうことだ。
売り物なら最低限生かしておくはずだ。
だが、目の前の惨状はその気すら感じられない。
「……待ってろ、今出してやるから」
両腕の鎧に魔力を回し、鉄格子を掴む。
「うっ……!?」
瞬間、身体の力が根こそぎ奪われるような感覚に襲われ、咄嗟に手を離す。
「……それに触れては、いけません……」
「魔力を、奪われてしまう……」
エルフの一人がか細い声を上げる。
触れた格子をよく見ると、細かい文字のようなものが刻まれていた。
「これが原因か……?」
触れられなければどうしようもない。
牢には鍵がかかっている。
どうやら、正規の方法以外では開けられないようだ。
「他にも……いる……」
「助けて……」
灯りと共に、視線を移す。
確かに似たような牢がたくさんある。
だが、ここに囚われているうちの何人が無事か。
希望的観測をするには、あまりにも状況が悪すぎる。
「ひとまず、ここを開けられる鍵を探して来る」
「……まだ、諦めるなよ」
立ち上がり、先へ進む。
あちこちの牢から呻き声が聞こえる。
あまりの惨状に、目と耳を覆いたくなる。
「ギッ!侵入者ダ!」
「オイ!人間ガ入ッテキテイルゾ!」
「殺セ!殺セ!」
複数のゴブリンが俺に気づき、集まってくる。
もうここまできたら、バレないようになんて言ってられない。
「──武装錬成」
左手に剣と盾が一体になった武器を作り、手に持っていた灯りを盾に閉じ込める。
ランタンシールド。
ホーディに教えてもらった、攻防一体かつ灯りも確保できるユニークな武器だ。
飛びかかってくるゴブリンたちを、盾で受けて横へいなす。
いなした勢いでそのまま斬りつけ、残りのゴブリンとの距離を一気に詰める。
「はっ──!」
横薙ぎに振り、首を狙う。
だが、腕の延長線上に固定された剣は、普段の剣とは感覚が違った。
思ったより刃が伸びず、空を切る。
剣先の重みで慣性が働き、そのまま振り回されてしまう。
「うおっ──と──!?」
バランスを崩した俺を見たゴブリンたちが、好機とばかりに囲い込んで襲いくる。
「──再錬成!」
ランタンシールドを剣と盾に分離し、斧や短剣を受け止める。
足元を狙った攻撃はそのまま足の鎧にスパイクを生やして迎撃する。
足のスパイクは斧を弾き、そのままゴブリンの首に突き刺さった。
両腕の武具で受けたゴブリンがそのまま体重を乗せて押し潰そうとしてくる。
「こんの──!」
剣と盾を崩し、ゴブリンの腕と武器をまとめて鉄で包み込んで硬化させる。
『ギッ!?』
「おらぁっ──!」
両腕を振り下ろし、ゴブリンを地面に叩きつける。
背中と後頭部をうちつける形になり、そのまま白目を剥いて気絶した。
「はぁ……はぁ……!」
「使いにくいな、ランタンシールド……!」
攻防一体といえば聞こえはいいが、普通の剣と比べてクセが強すぎる。
防御と攻撃を同時にこなせないのもマイナスだ。
盾の中の灯りも、正直戦闘中は意味を為さない。
改良すべき点は山ほどあるが、それを考えるのは後だ。
ゴブリンはまだまだ湧いてくる。
どこに潜んでいたのか不思議なくらいの量だ。
「……鍵の在処さえ教えてくれれば、戦わずに済むんだがな!」
ゴブリンを拘束していた鉄を剣と盾に作り直し、再び迎え撃つ。
剣で斬りつけ、盾で殴る。
一体の強さはそれほどでもないが、こうも集団でかかられると厄介だ。
消耗はするし、ダメージは蓄積していく。
それでも前に進み、鍵を探す。
倒したゴブリンが持っていないか。
鍵を保管していそうな部屋はないか。
しかし、どのゴブリンも鍵は持っていないし、どこまで行っても牢しかない。
その牢の中に見えるのは、痩せ細ったエルフ。
それだけじゃない、人間や獣人と思しき人影もあった。
共通しているのは、全員女性で痩せ細っていること。
種族は違うのに、何故か男の姿は一人たりとも見当たらない。
「──まさか」
嫌な予感が頭をよぎるが、即座に振り払う。
直後に斧が頭に振り下ろされるが、剣で受け止めて押し返す。
ゴブリンを薙ぎ倒しながら進んでいくと、一つの扉が見えた。
牢とは違う、別室へ繋がる木製の扉。
「どうか、鍵がありますように──!」
祈りながら扉のノブに手をかける。
案の定、扉は開かなかった。
小さなゴブリンが大挙して向かってくる。
もう数えるのもやめるくらい倒してきたのに、まだ湧いてくる。
「……だと思ったよ!」
「ふんっ──!」
全身に魔力を巡らせて、扉に思い切り肩から突っ込む。
蝶番が弾け、扉ごと身体をその先の空間に押し込む。
「錬成!」
破壊した扉を持って振り返り、元の位置に戻す。
そのまま鉄で扉を補強しつつ、再び破壊されて侵入されないように塞ぐ。
しばらくの間、ゴブリンの奇声と扉を殴打する音が続いたが、やがて諦めたのか止んでいった。
「……ふう」
「なんとかなったか……」
壁にもたれかけ、ズルズルとへたりこむ。
肩で荒く息を吐く。
腕も足も鉛のように重い。
あと数分も戦っていたら、危なかった。
辺りは真っ暗。
ここはついに灯りの一つも無くなった。
「……俺も夜目が効くようになる魔法とか使えればな」
壁伝いに立ち上がり、手で目の前を探りながらゆっくり歩く。
徐々に目が慣れてきて、少しずつ空間の輪郭が浮かび上がってくる。
脇道のない、一本道のようだ。
ここにも、さっきみたいな女性が囚われているのだろうか。
歩いているうちに、小さな光が見えた。
橙色の、ほのかに揺れる炎。
「あれは……」
灯りに向けて歩く速度を上げる。
炎は少しずつ大きくなり、目的地に近づいていることを教えてくれる。
たどり着いた炎の元には、小さな牢があった。
外の部屋の半分もないスペースの奥に、人影が見える。
両腕を天井から垂れる鎖で繋がれていて、ダラリと首を垂れている。
うっすら見える輪郭は、ちゃんと肉のついた人間のそれだ。
「……生きてるか?」
「俺の声が聞こえるか?」
俺の呼びかけに、わずかに反応を示す。
ゆっくりと、顔を上げる。
黄金色に輝く瞳が、暗闇に浮かぶ。
「……誰」
か細くも力強い、女性の声。
彼女の声に呼応するように、炎が揺れる。
わずかに照らされたその女は、美しいダークエルフだった。




